第10話:食事②
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正気かよ。と思わず渚の口癖を呟いた。
「ん? どうした湊。食わねえのか?」
私の前に座る神門は、そう言って皿に盛られたフライドチキンの一つにかじりついた。その横では柘榴が壁に寄りかかってタバコをふかしている。まだ苛立っているようだった。臣は神門の隣に寝っ転がってまた携帯をいじっていた。
「俺の奢りなんだから遠慮するこたねえぞ」
「そういうことじゃなくて……なんでデリバリーなの? 宅配の人めっちゃ怯えてたし、ファミレスかなんかの方が良かったんじゃない?」
「お前なあ、俺らみたいなのが普通の店に入ったら目立ってしょうがねえだろ。店の方も困る」
……いや、正論だけど。
「あー、そうだ、自己紹介だったな。まず、知っての通り俺は神門。で、こっちのうるせえのが柘榴、このクソガキが臣だ。俺たちは……まあなんていうか、『なんでも屋』ってところかな。報酬に応じて依頼を遂行する」
神門はそう言った。やはりまともな職種の人間ではなかったようだ。
「んなこたどうでもいいんだよ。神門! いい加減キチッと説明しやがれ! このガキなんなんだよ!」
柘榴が怒鳴る。私への敵意と猜疑心を隠そうともしないその態度に、私は少しムッとした。
「柘榴。あんまり噛みつくと痛い目見るぞ。この嬢ちゃんはこう見えて『黒』の持ち主だからな」
神門は冗談まじりにそう言った。だが、柘榴は驚愕の表情を浮かべた。
「『黒』だと……!?」
私にはその理由がわからない。
神門は指についた油を舐めとりながら柘榴に話し始めた。
「今から一週間前、湊嬢の兄貴が突如行方不明になった。警察の捜査も虚しく、未だなんの進展もなし。そして……」
「待って」
私は神門の話を遮る。
「どうして消えたのが私の『兄』だって知ってるの?」
−−−
私は昨日、神門に『家族』が消えたとしか言ってない。私は神門に対する警戒心を強めた。
「……悪いな。お前の話を疑ったわけじゃねえんだが、用心深いタチでな。昨日の夜、優秀な情報屋に警察の資料を探らせた」
「……!」
「兄貴の名前は白崎渚。合ってるな?」
私は無言で頷くしかない。警察の中に内通者がいるのか? それとも『エア』で……?
神門が話を再開する。
「で、その渚くんがいなくなっちまってから一週間と一日後、つまり昨日の夜。今度は湊が謎の男に襲われたってわけだ。そこをたまたま通りかかった俺が華麗に助け出して、今に至るってわけだ」
その後、神門は昨日の夜起きたことをざっと柘榴に話した。
「……で、こいつが『黒持ち』だって?」
「ああ、だから……」
また『黒』だ。それも気になるが、私には聞きたいことがあった。
「待って。まず教えて欲しいことがある。エアって、一体なんなの?」
「あー……そうだな……」
神門はなかなか答えなかった。何かを悩んでいるようだった。
「いいか、湊。俺は酔ってねえし、ヤクもやらねえ」
「はあ?」
またなんの話をしてるんだこの男は。
「俺は今から少々素っ頓狂な話をする。だが全てが真実だ。そこんとこを理解して話を聞いてくれ」
「分かったからさっさと話して」
私は少しイライラしていた。
「オーケー。じゃあまず、根本的な話からだ。いいか? この世界は一つじゃない」
「……?」
「つまり、俺たちが暮らすこの世界とは別の世界があるってことだ。そっちでは、エアは当たり前のものとして存在している」
−−−
予想を遥かに超えるぶっ飛んだ話に、私は絶句する。
「この世界は、実は裏でその世界と繋がっている。エアの使い方、エアにまつわる知識は、その世界から持ち込まれたってわけだ」
「な、何を言ってるの……?」
「まあそうなるわな。……臣、ちょっとこっち来い」
神門がそういうと、臣はため息をついて携帯を置き、神門の脚の間にちょこんと座った。
「湊、よく見てろ」
臣が私から見て左を向く。神門は臣の鮮やかな水色の髪をかきあげた。
その髪の下に現れたものに、私は息を飲む。
「この世界の人間に、こんなもんはついてねえだろ?」
それは、角だった。臣の耳の上には、生えかけの乳歯のようではあるが、たしかに動物の角のような突起物が飛び出ていた。
「臣は異世界の人間とこの世界の人間のハーフだ。向こうにはこういう風に動物みてえな特徴を持った種族がいくらでもいる。この髪の色だって染めてるわけじゃねえ。地毛だ」
「もういい?」
臣は不機嫌そうにそう言った。
「おう。悪かったな」
臣は再びソファに寝転がる。
「……というわけだ。この世界とは別の世界があって、エアはそこから持ち込まれた技術だ。ここまではいいか?」
私は混乱する頭を抑えて、神門の言ったことを一つずつ理解した。
「……わかった」
「話が早くて助かる」
そういうと神門は、食後の一服と言った風に、煙草をくわえて火をつけ、煙を吐き出した。
「……で、だな。こっからが重要だが、お前の兄貴を攫った奴、そして昨日お前を襲った水鉄砲野郎も異世界の連中だ」
淡々と、神門はそう言った。私は体が微かに震えるのを感じた。
渚は今……異世界にいる?
「『もう一つの世界』にはどうやったら行けるの? 繋がってるんでしょ? 『入り口』みたいなのがあるんじゃないの?」
私は自然に早口になっていた。
「落ち着け、ここから『取り引き』をしたい」
「取り引き……?」
「ああ。お前の言う通り、この世界には『界裂』っつって、向こうの世界に繋がる『入り口』がある。この国にもいくつかあるが、俺たちみたいなヤクザが管理してる界裂の一つに、金さえ払えば誰でも通行できるものがある」
私は、まだ神門が何を言おうとしているのか掴めないでいる。
「俺たちがその界裂まで案内し、一緒に異世界に行って兄貴を探す。湊はその報酬として『黒エア』を俺たちによこす。これが『取り引き』だ」




