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第9話:食事①

 ☆


 帰りてえ……


 窓から差し込んできた朝日が俺の両目に直撃したもんだから、目を覚まさざるを得なかった。この部屋で朝を迎えるのも、もう5回目だった。

 目を覚ましていつものベッドの天蓋が見えたとき、俺はまずそう思った。帰りてえ、と。

 俺はベッドから立ち上がり、軽くストレッチした後窓際に立った。窓の外には眼下に街が広がっていた。その向こうには高い山々が連なっている。

 街に並ぶ家のほとんどは石造りで、ビルやマンションのような高層建造物は一つもない。山も険しく切り立った岩山で、現代日本の風景にはとても見えない。

「マジなんだよな……やっぱ……」

「▫︎▫︎▫︎!」

 突然後ろから声がした。振り返るとメレルが俺を睨んで立っている。

「▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎▫︎! 」

 メレルは何やら俺を責めているようだが、俺には彼女が何を言っているのかわからない。だから俺は慌てて枕元に置いてあったイヤリングを耳につけた。メレルもこれと同じ物を左耳に着けている。

「いつまで寝ているつもりだ! もうとっくに朝食の時間は過ぎたぞ!」

「わ、わかってるって、メレル」

「さっさと支度しろ!」

 さっきまで通じなかったメレルの言葉が、このイヤリングを装着した途端流暢な日本語に聞こえる。毎度のことだが驚嘆する。

 俺は急いで脱ぎ散らかしていたカッターシャツを着ると、メレルの後に続いて部屋を出た。

 廊下も部屋と同じく真っ赤な絨毯が敷かれ、学校のそれのように広く長い。俺は未だにこのお屋敷がどのくらい広いのか、全容を把握できていない。

「なあ、ミューレさんは?」

「今日は街で行われる祭りの祝辞を述べるお務めに行かれた。お前がよだれ垂らして寝ている間にな。お帰りになるのは夕方になる」

 俺の前を歩くメレルは、他の使用人と同じようにエプロンドレスのような服を着ている。そして、そのスカートの途中からは、メレルの長い尻尾が飛び出ており、歩くたびに微かに左右に揺れている。

 程なくして大広間に着いた。この大広間がまた豪華で、しかも教室ぐらい広い。中心には大きなテーブルが置かれている。食事をするための部屋だ。

 俺は席に着く。しばらくするとメレルが料理を乗せた皿を運んで来て、俺の前に乱暴に置いた。

「これ、冷めてない?」

 皿に乗っていたのは肉料理だったが、湯気が全く上がっておらず、見て分かるぐらいに冷めていた。

「お前が! 寝てたからだろうが!」

 メレルは顔を近づけ、文字通り噛みつかんばかりの勢いで俺を睨んだ。

「申し訳ありません……」

 完全に自分のせいなので、俺は素直にいただくことにする。ナイフで切って口に運んだ。やっぱり完全に冷えていて、やや固くなっていたが、それでもちゃんと美味しい。

 うん、美味しい。美味しい……美味しいんだけど。


 あ〜〜〜焼肉とか食いて〜〜〜


 このお屋敷で暮らし始めて今日で5日目。俺は完全にホームシックだった。

 一昨日までの俺はただはしゃいでいた。魔法に獣人、何もかもが新鮮なこの世界に、子供の頃初めて遊園地に行った時みたいにときめいていた。

 だが、だんだんと気づいてしまった。異世界も良いことばかりじゃない。

 まず、なんと言っても様々なところでカルチャーギャップが生じるのだ。例えば、化学調味料が一切ないから料理が全体的に薄味だ。それでも十分美味しいのだけど、濃い味付けに慣れきってしまった関東出身の俺にとっては今ひとつ物足りなかった。

 他にも色々あるが、一番はトイレだ。

 詳しいことは省くけど、水洗トイレとウォシュレットを発明した人は偉大だとだけ言っておく。なくなって初めてそのありがたさに気づけた。

 まあそれらは慣れるしかないが、慣れそうにないこともある。

「おい! 食べ終わったら皿は自分で洗えよ!」

「はいはい」

 メレルに怒鳴られて、俺は皿を持って席を立つ。

 このように、メレルにも完全に嫌われてしまっていた。第一印象が最悪だったし、ミューレさんを絶対的に慕っているメレルにとって俺は、突然現れた身元不明の危険人物でしかない。


『ミューレ様の手前世話はしてやるが、私はお前を一切信用していないからな! 何か妙な動きをしたら即座に葬ってやるからそのつもりでいろ!』


 とのことだった。葬るて……

 俺は皿を洗うために屋敷の調理場に向かった。「自分の皿は自分で運びなさい」とは元の世界にいた時から言われてたけど、うちの台所はこんなにリビングから離れてない。

「▫︎▫︎▫︎▫︎!」

 不意に異世界(こっち)の言葉で声をかけられた。

 振り返っても顔が見えない。俺は視線を上げる。

「▫︎▫︎! ……おっと、すまん。耳飾り(これ)を付けんとな。やっと起きたか、ナギサ」

「おはようございます。ヒュンデさん」

 大柄で髭を蓄えた、中年の男性が立っていた。彼はヒュンデさんといって、この屋敷の門番だ。

「すっかり元気になったようで、良かったな」

「はい。おかげさまで」

 実は、5日前にこの屋敷の前で倒れている俺を最初に見つけたのが、このヒュンデさんだ。

「これからお仕事っすか?」

「おう! じゃあまたな」

 そう言ってヒュンデさんは行ってしまった。気のいいおじさんといった感じの人で、それでいて俺の父親とそう変わらない年齢のはずなのに、貫禄が段違いだった。


 −−−


 調理場で皿を洗い終えた俺はいつもの部屋に戻った。ベッドに仰向けに倒れ、しばらくぼんやりする。

「……」


 (ひんま)〜〜〜〜〜


 することがなさすぎる。これには慣れようがない。

 それも当然。なんせこの世界にはテレビもマンガもゲームもインターネットもない。本はあるけど当然字が読めない。ミューレさんの魔法で翻訳できるのは耳に聞こえる『声』だけだ。


 何より、この世界には湊がいない。


 俺が「なあ、めっちゃカッコいい必殺技考えたんだけど」と言ったら、「黙ってろ」と返してくれるあいつがいない。この世界には俺の話し相手になる人はいなかった。

 使用人たちはみんな忙しいし、年が近いメレルには完全に心を閉ざされている。年が近いと言えばミューレさんもそうだが、だからと言ってもちろん話はできない。貴族だと知ってから変に緊張して上手く喋れないし、ミューレさんに近づきすぎたらメレルが怖い。

 ふらふら外に遊びに行くのは不自然だし、勝手がわからないこの世界では危険だ。

 結果、俺は1日の大半をこの部屋でぼんやりと過ごしている。ラノベのタイトル風に言ったら『異世界来たけどひきこもってます』

 完全に元の世界にいた時の休日の過ごし方と同じだった。

「はあ……」

 俺はため息をつく。異世界と言ったらもっと冒険! バトル! みたいなのを想像していた。が、実際はこの体たらくだ。世界を救う宿命も、魔王と戦う運命も、スライムを倒す依頼すら与えられない。

 俺は忘れていた。自分がただの凡人だってことを。いや、この世界においては、魔法を使えない俺は凡人未満だ。

 世界が変わったからって、凡人がいきなり勇者になれるわけじゃない。

 だからこそ、俺を助けてくれたミューレさん達には感謝してもしきれなかった。ごちゃごちゃ文句を言うこと自体が間違いだ。

 九死に一生とはこのことだろう。この屋敷の前に倒れていなければ……


 ……なぜ、倒れていた?


 暇から逃れるにはこのことを考えるしかなかった。あの日、一体俺の身に何が起きたのか?

 考えても分かるわけがなかった。

「帰りたい……」

 口癖のように呟いた。

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