閑話 奮闘する王族
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「……やっぱり『名誉魔導士』なんかより先にこっちの方あげたかったよなぁ」
王宮のとある執務室にて。王族の一員である男が大きなため息を吐きながら書類と向き合っていた。
憂いを帯びた表情はその辺の娘っ子であればキャーと黄色い歓声をあげていたに違いない。だが、さすがに王宮内で公務中に浮かれた声をあげる者はいない。配属されてまだ日が浅い数名の部下が内心で「顔がいいなこの人」とちょっぴり見とれていたのはナイショの話である。
「今更じゃないです? っていうか、どう考えてもそっちの功績のが大きかったから仕方ないじゃないッスか。あ、あとこれ追加です」
そんな憂い顔も絵になる男、イザークの机の上にドッサリと書類を持ってきたのは超ベテラン部下のラスジャだ。主の物憂げな様子をバッサリ切って仕事の追加を告げる。
そろそろ机の上の書類は雪崩が起きそうだ。
「追加はもういらないって……」
がっくりと崩れ落ちたいが、その動きで雪崩を誘発してしまうかもしれない。そんな恐れからどうにか堪えはするものの、内心では五体投地の上で転がって回りたい心境である。
こなしてもこなしても一向に減らない仕事はそれだけイザークを疲弊させていた。その上なによりの楽しみである依織との語らいはここ暫くお預けを食らっている。彼女は今、鉱山の問題を解決するべく都を離れているからだ。
「と言われましても……イオリさんにどうしても『認可技術師』の称号をあげたいって言ったのイザーク様じゃないッスか。通したいならやるしかないかと」
認可技術師、とはこのクウォルフ国が認める技術者という意味合いの称号だ。これがあるだけで国から様々な恩恵が受けられる上、「信用」という無形ながらも大きな財産を得ることができる。要するに、これがあるだけで一生食べていける、職人にとっては名誉と実益を兼ね備えた最高の資格と言われている。
それ故に、認められるためには何枚もの面倒な書類を揃え、資格に足る技術の証明を付けて提出する必要がある。
イザークは普段の仕事と並行して、依織にその称号を与えるための手続きに奔走しているのだ。
更に加えて。
「それにしてもこの仕事量はおかしいだろう……?」
依織の前では見せられないようなドス黒いオーラを纏うイザーク。しかし、またもラスジャに一刀両断される。
「あの方相手に隙を見せるからだと思いますよ」
「うっ……」
二人の脳裏に共通の人物が思い浮かんだ。
この国の王位継承権一位の男。要するに、この国の王子だ。現在国では技術師関連の仕事は彼の管轄となっている。そのため、依織を認可技術師に推薦したところあれよあれよと言う間に仕事を増やされてしまったのだ。
「……あいつ抹殺した方が早くないか?」
「オレは何もキイテマセーン、キイテマセーン!」
ラスジャはわざとらしいカタコトになりつつ、耳を塞ぐ真似をした。
確かに、ラスジャの立場では肯定するなんてできないだろう。というかイザーク自身もちょっと危うい発言かもしれない。だが、身分差がさほど厳しくないこの国、しかもイザークにとっては身内なのだからこのくらいの文句はご愛敬のうちに入るはずだ。
「あいつ、親族割引とかそういう気持ちはないのか? っていうか、マジでサボりの口実に俺を使いすぎだろ!? お願い一つに対し対価一つじゃないのか普通!」
怒りに任せてテーブルをドンと殴りたいところだが、やはり雪崩が起きそうなので以下同文。耐えた反動か、ヤツの憎々しい言いぐさが脳内で再生された。
『お前が頼み事なんて珍しいね。もちろん聞いてあげたいけれど、案件がちょっと立て込んでてさ。ちょっと手伝ってくれたら……そう? 助かるよ。うん、話は聞いてる。ずいぶんと大切にしてるらしいじゃない。会ってみたいなぁ。え? イヤイヤ、あくまで公務の範疇だよ。当然だろう? 父上じゃないんだから第八夫人まで欲しいなんて思ってないよ。そうだなぁ第三夫人くらいまでじゃない? っと、話がそれたね。ほら、技術師関連の責任者だし、面接って大事だよね……え? それも受け持ってくれるって? なんだか悪いなぁ。そうそう、それならついでに――』
そのときのヤツの大変良い笑顔もキッチリ脳内再生してしまい、イザークの額に青筋が浮かび上がる。
サボり癖のある王に似て、仕事から逃げ出す手腕は天下一品だ。お陰様で執務室は今日も書類の山となっている。
「しょうがない部分もあるとは思いますよ。だってイオリさんの作品まだ少ないじゃないですか。規定に満たないんでしょう?」
思い切り核心を突かれ、イザークがウッと詰まる。
「し、しかしだな、イオリの技術は本当に素晴らしいんだぞ!」
「それ何回も聞きましたって。イオリさんの腕を疑ってはいませんよ。ただ、あちらの言うことも尤もかと」
認可技術師と認められるためには依織の作品数が少ないのも事実。だから今できるのは将来認可技術師足り得る存在であるというアピールと、今依織は国事に力を尽くしているため創作の時間が削られているという現状を訴えるくらいなのだ。
もし他に類を見ない依織独自の技術が提示できれば、作品数の少なさなど問題にもならない。だが、側で見る機会の多いイザークも今のところそこまでのものはまだ目にしてはいなかった。
「魔女様のお手製だからって特別扱いはできないっていうのは国として当然ですし。ていうか魔女様ブランドをゴリ押すなら、そっちよりグルヤさんとかに頼む方がはるかに簡単だったでしょうに」
「それはまぁ……そう、なんだがな……」
それはイザークだって考えた。
更に言うならグルヤの方でも諸手を挙げて歓迎するだろうことも、容易に想像がついた。
「でもそうなると俺が出資者になって変な輩に睨みをきかせたりできなくなるだろう?」
「グルヤさんがバックについてりゃ大抵のことは平気でしょうよ」
グルヤはあれで大商人だ。彼が本気で争う気を起こせば王族であってもただではすまない。そもそも、彼ほどの商人を敵に回すような者は王族に必要なしと見なされるだろうが。
ともかく、それほどまでにグルヤの影響力は大きい。
イザークがバックにつかなくても彼がいれば十分なのだ。
「いやしかし、彼女ほどの才能を野に放つのはだな……」
「放たないために、既に『名誉魔導士』って称号あるじゃないッスか」
依織は先のマンティコアとの戦いで才を認められ、国の名誉魔導士となっている。それを告げたとき彼女の顔にはでかでかと「そんなのいらない」と書いてあった。実際これは彼女をこの国に縛る鎖みたいなものだし、気持ちはわかる。
だから、今度こそ彼女が喜んでくれそうなものを渡したい。
「それはほら、なんだ。どうせ贈るなら彼女が喜ぶものの方がいいじゃないか」
「そもそも称号で喜ぶタイプですかね? 存分にほっといてもらえる環境貰った方が喜びそうじゃないですか?」
「それは、そうなんだが……」
ラスジャ相手に言葉を飾ったとしても論破されるのが関の山だ。長い付き合いでそれはわかっている。
「……俺が絡みたいんだ」
「まだ素直にそう言ってくれた方がやりがいもあるってもんです」
「お前なぁ……」
「書類は多いですけれど、これは鉱山に向かうために前倒ししてる分もあるんですよ。終わればあっちに向かうこともできますよ。その手配も済ませておきました」
ニヤァと笑うラスジャにもう言葉も出ない。
大変優秀すぎる部下である。ちょっと主を主と思ってない部分もあるが。
「はぁ、じゃあとっとと終わらせるか」
「そうですそうです。あと我々への特別手当の手配もよろしくおねがいしまーす」
「それとこれは話が別じゃないか!?」
依然として、仕事は減る気配がない。だが、イザークの表情は依織がこの場にいたら裸足で逃げ出すほどキラキラしく晴れやかなモノとなっていた。
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