9.魔力切れのコミュ障と軍人
横になっているはずなのに、グラグラと視界が揺れる。気持ちが悪い。
依織は今、自分が作った塩のドームの一角に寝かせて貰っていた。下には天幕に使っていた布が敷かれている。横には誰かが一人必ずついていてくれたらしい。この密閉された空間で吐き散らかされたら後始末やら匂いが大変だからだろう。依織は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(守る、とか何様…。
ブッ倒れて迷惑かけて、人手減らして…情けない…)
今隣にいてくれているのはイースだ。この集団では隊長と同じくらい年嵩で、無口なタイプの人だ。この状況で色々話されても相づちも打てやしない。元から会話は苦手なのはこの際棚に上げておく。ともかく、あまり話さず傍についていてくれる存在は有り難い。
思う存分反省することが出来る。
(ほんと、守るとか思いあがるのもいい加減にしろって話よね。
そもそも自分の限界を分からず力を行使しようとすること自体間違ってるし…。もしかしたら、皆別の方法ちゃんと考えているとこだったかもしれないのに話遮るとかありえない…。
本当に私ってバカ…)
「…具合はどうだ」
己を滅多打ちにして反省していたところ、静かな声が振ってきた。もちろん、声の主はイースだ。
「すみません…余計な手間をかけて…」
グルグルと考え込んでいたせいで、咄嗟に出てきた言葉は謝罪だった。具合を聞かれたのに謝罪するという見当違いな自分自身が一層情けなくなる。
「あの…だいじょうぶです」
なんとかそれだけを返して身を縮める。穴を掘ってでも埋まりたい、そんな気分だった。幸い砂の上なのでいくらでも掘りようはあるだろうが、肝心の体力魔力がもう残っていないのだが。
「俺は魔法の素養が皆無だ。だから魔力切れの辛さはわからない」
ポツリとそんなことを言い出すイース。
そこから話がどう繋がるのかがわからなくて、依織は黙って耳を傾けた。視線だけはなんとかイースに向ける。
「砂嵐は天災だ。だから、そのときのために備え、きてしまったら耐え忍ぶ。そういうものだ。
だが、行軍の時は違う。準備などできないのが普通だ。だから、行軍の際に出会ってしまったときはまず、優先順位をつける。生き延びるべき人間の、だ。
身分や未来がある若い人間、砂嵐が去ったあときちんと都へ導ける人間、そういうものの、序列を決める」
「……」
厳しいけれど、現実の話だ。
全員一緒に仲良く生きる、なんてことは自然災害の前で出来るはずもない。そして、立場ある人達は、その責任を果たすために最善を尽くさなければならないのだ。
誰を絶対に死なせてはならないのか、という取捨選択。その選択を、何度もしてきたのだろう。
「俺は魔力も学もなく、身分もない。ただ、運だけはあって、今まで生き延びてきた。
だからこそ、今回ばかりは俺の番だと…そう思った」
そこで、一呼吸を置く。
「だが、今回も俺は運がいいらしい。
ありがとう。君のお陰でまだ永らえそうだ」
「…でも、…」
守り切れるかはわからない。たしかに、昔よりも塩のドームは厚めに作った。けれど砂嵐に耐えきれるかはわからないし、何より大見得切ったくせに倒れて迷惑をかけてしまっている。
お礼を言って貰えるようなコトが出来たとは思えなかった。
「…君は、完璧主義だろうか?」
「え?」
不意の質問に素で返してしまう。
「少し、似たヤツを知っている。
理想が高く、まだまだだといつも自分を責めていた。
だからこそ、高みにいたが…その様は幸せそうにはけっして見えなかった」
依織は、自分が高みにいるとは全く思っていない。けれど、自分を責めている、というのは当たっている気がした。
会話が苦手な自分を、周りに迷惑をかけている自分を責めていた。
「最善の結果を生むことは大事だ。だが、同時に、そこに到達するための努力をしたことを認めてやってほしいと思う。自分のために」
話は終わった、とばかりにイースはそっぽをむく。話しすぎた、と思っているのかもしれない。
グラグラと未だ回る視界の中で、依織は今言われたことを反芻する。
(到達するための努力…って…努力は普通皆するモノなんじゃ…。
だって、私は人と話すことが苦手だから、人の何倍も努力が必要だし…。
努力が足りないって、いつも言われてたし…)
子供の頃はずっとそう言われていた。もっとお話しできるよう努力しようね、とか。それを諦められたころは、せめて勉強できるように努力しようね、とか。そっちは嫌いじゃなかったし、それなりにはした。けれど、一番になるのはほど遠かった。
一人になってからは、もっと努力することが増えた。ハンドメイドでモノを売る度に、これでもう少し安かったら言うことないといつも言われた。
努力して色んなモノを削って。
削って、削って、削って、削って。
それでも、足りなかった。
(だって、私は話せないから…)
話すのが苦手だから、もっと努力をするべき。
そう思っていたけれど、イースの言葉が何かひっかかる。上手く飲み込めない。
「いやーすごいねー、この建物すっごい頑丈みたい!
ありがとうね、イオリさん」
グルグルと悩むイオリの元へどやどやと残りのメンバーが集まっていた。
どうやら様々な雑事が終わったようだ。
「え、あ…」
「いやほんと凄いですよ。今壊したら本末転倒ですけどあとで耐久力どのくらいか試してみたいんですけどいいですか?
ともかく助かりました。でも、魔力切れ起こすほど無茶しちゃダメですよ」
「水には弱そうですが、俺たちが避けたいのは砂嵐ですからね。
本当に助かりました」
「ありがとうございます。ラクダたちも屈んだりしなくていいから凄い楽そうですよ」
口々に礼を言われて目を白黒させる依織。
出来ることをしただけなのに、何故と思ってしまう。
「なんか凄い面食らわれてるけど…イースさん何か言いましたー?」
イザークがイオリの反応を面白そうに見ながら、イースに問いかける。
イースは眉間の皺を深めながら答えた。
「別に…。
ただ、完璧主義もいいが、自分の努力の過程も認めてやれ、という話をしただけだ」
「あ、ふーん。なるほどなるほど。
イオリさん、お礼言われてるんだから『どういたしましてー』でいいんだよ。
さん、はい」
「ど、どういたしまし、て?」
促された言葉を口にしてみる。
どうにも収まりが悪い。けれど、なぜかしっくりくるようなそんな感覚がした。
(そういえば…ありがとうって、いつぶりに言われたっけ?)
言われたことがないわけじゃない。でも、ここまで生きてきて記憶に残っているのはあまりない。だから、どういたしましてという言葉も言った記憶が残っていない。
「まだ魔力戻ってないだろうから安静にしてて。
あと野郎いっぱいでむさ苦しいでしょ。今残りの天幕使って仕切り作るから待っててね。
具合悪化したらまずいから近くに誰か一人はいるようにするけどさ」
「あ、そんな…気を遣わなくても…」
その気遣いが申し訳なくて、思わず身を起こして断ろうとする。
確かにその方が人の目線がなくて有り難いけれど、そんな労力をかけてまでして貰うことではない。
だが、イザークにやんわりと押しとどめられてしまった。
「ほら無理しちゃだめだって。
それとそういうときは別の言葉を言うべきだよ」
「え、あ…」
人から何かして貰ったときに言う言葉。
子供だってわかっている。むしろ、きちんと躾けられた子供の方が素直に言える言葉。
「ありがとう、ございます」
「はい、どういたしまして。
こんなに頑張ってくれたんだし、遠慮しないでいいからね。
ちょっとうるさいとは思うけど、出来るなら寝て体力回復して」
未だ視界はグルグルと回っている。けれど、何故だか少し心が軽くなった。
もうすぐ砂嵐がやってくる。強くなってくる風の音をBGMに依織の意識はゆっくりと遠ざかっていった。
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