16.名誉魔導士と寝不足の代償
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「なにとぞおゆるしくださいいぃぃ」
朝と言うには遅く、昼と言うには早い時間帯。
太陽はカンカンと辺りを照らすけれど、高地を吹き抜ける風のお陰で暑さはそこまででもない。鉱山の爽やかな空気の中で、冒頭の懇願する声が響き渡った。いや、響き渡るほどの声量はない。何故なら、声の主は腹から声を出したことなどなさそうなコミュ障だから。つまり、依織である。
「……すまない」
懇願されているのはイースである。彼は大変困った顔で依織に対応しているが、残念ながら依織の懇願は聞き入れる気がないようだった。
「あなたが無茶をしたらすぐに知らせよ、という……その、王族命令でな」
渋いイケメンボイスから、大変心苦しいというニュアンスがにじみ出ている。職務に忠実な彼が、上からの命令を断れるはずがない。依織だってそれは理解している。
「そこをなんとか……」
事の発端は、依織のハンドメイドオタク魂に火がついたせいである。
休養に充てるべき時間を、持ち帰ったビーズに関するあれこれに使ってしまった。イザークがいないから気が抜けていた、あるいはタカをくくっていたのだ。
彼の目が届く場所で自己管理を怠ると、それはもうアレな目に遭うのである。キラキラしい顔面とイケボを存分に発揮したオシオキが。イケメンイケボが好きなごく普通の女子であればご褒美になるであろうそれは、依織にとっては恐怖の時間になる。
それだけは避けたくて、今依織は懸命に懇願しているのだ。
「僕にも厳命が届いていたんですよね。万が一、イオリさんが無茶をしたら十分に休養をとらせるようにって。最優先事項だってデカデカと書いてありまして……」
イースに必死に縋っていたところ、別方向からも追撃を食らう。先程まで依織が書いた魔法陣の説明書を読んでいたナーシルだ。まさか彼からも寝不足を指摘されるとは思っていなくて、思わず口をあんぐりと開けてしまう。
まさか、人に興味がなさそうな魔法オタクにまでバレてしまうとは。
「む、むちゃ、シテナイ」
「そんな真っ赤な目で言われましても説得力ないですよ?」
「え゛っ!?」
「どのくらい睡眠時間を削ったかはわからんが、少なくとも見た目に変化が出ている以上……うむ。すまぬ」
「イースさん、そんなぁ……」
イースは言葉を濁すが、イザークへの報告は免れないだろう。がっくりと肩を落とす依織にナーシルが気遣わしげに声をかけてきた。
「寝不足は魔法にも影響を及ぼしますから今日はきちんと休みましょう。鉱山の方はまだ人的被害も出ていませんし、イースさん達が来てくれたから警備の人数も増えています。万が一ゴーレムが人里まで降りてきた場合は討伐をお願いするかもしれませんが、今のところそんな事例も起きていませんしね」
「ううう……」
今回依織に求められているのは魔法の力である。もともと魔力の調節が物凄く下手な依織に、寝不足のデバフが加わっているのだから確かに今日の調査は行くべきではない。足を引っ張るだけではなく、下手を打てば魔力を暴発させて大惨事、なんてこともあり得るのだ。だから、それはわかる。わかるのだが、自分の不用意な行動のせいで予定を狂わせてしまったのだと思うと、大変申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
本当に、少しだけのつもりだったのだ。ビーズを仕分けて、ちょっとした小物を作るだけのつもりだった。
それなのに気付けば新しい宝石を仕分ける魔法陣を構築していた。これはナーシルには絶対に言えない。言えばまた食いつかれるのがオチだから。
その魔法陣を構築しただけで満足していれば良かったものを、更にビーズ刺繍で魔法陣を創ったらどうなるかという思いつきが良くなかった。いや、思いつき自体は良かったのだ。それをメモする程度に留めておけば今回の惨事は免れたのである。幸いにして紙もインクも十分にあったのだから。
しかし、ついついその思いつきを実行してしまったのが運の尽き。
最後の一針を刺し終えて顔を上げてみれば、月がその姿を地平に隠すような時間帯。まだ太陽は昇っていなかったけれど、深夜と呼んで差し支えない時間になっていた。急いでベッドに潜り込んだものの、目を閉じれば新しい図案やアイデアが浮かび、その度にメモをとった。
こうして、目が真っ赤な寝不足の依織が完成したのである。
「安心してください、イオリさん」
「ナーシル……?」
イザークに寝不足を知られるイコール再会時にオシオキが待っている、という事実に打ちのめされていた依織。その肩を叩いて、ナーシルは励ますような笑みを浮かべてくれた。思わず、彼がどうにかイザークを言いくるめてくれるのかと期待に満ちた目をしてしまう。
「僕達魔法部隊は依織さんが書いてくれた魔法陣の解説書で楽しく研究してますから! 今日の寝不足分を補うべくたっぷり休んでくださいね。こちらのことは気にしなくて大丈夫です!」
グッとトリさんばりのサムズアップを見せてくれそうないい笑顔だった。
好きなものには一直線の魔法オタクにフォローという単語が思い浮かぶわけがないのである。再度がっくりと項垂れた依織だが、そうしていても寝不足が解消されるわけではない。促されるままトボトボと部屋へと戻っていった。
ちなみに昨夜の徹夜未遂から依織の一部始終を見守っていたシロは、しょうがないと言いたげにプルプルと揺れていた。彼は彼なりに依織に睡眠を促していたのである。ただただ依織が熱中しすぎて気付かなかっただけで。
「お部屋に戻ったところで寝るにはちょっと……」
現在時刻は昼食前。昼寝するには早すぎる上に、そのうち昼食に呼ばれるか、もしくは運んできてくれることが予想できる。
となれば、やることは一つである。
寝不足の原因となったビーズの魔法陣刺繍を完成させるのみ。
「そういえばカラフルな魔法陣って創ったことなかった」
トリさんの足につけたリボンの刺繍も、糸は一色で仕上げていた。あのときは急ぎだったので、糸を変えるなんてことは考えつかなかった。
糸を変えて、あるいは、ビーズを使ったカラフルな魔法陣にどんな効果があるか。その思いつきをすぐさまメモに残しておく。紙にジワリとインクが滲んだのを見て、紙の改良という文字も書き足した。少なくともこれで忘れることはないはずだ。
「ううう、いい笑顔のイザークの幻覚が見える。やだ、幻覚でも顔が良い、こわい……イケメンこわい」
ビーズ刺繍の集中力が切れると、ふとイザークの顔が思い浮かぶ。今後自分の身に降りかかるであろうキラキラ顔面を考えると大変憂鬱だ。
ただ、それでも他国へ逃げ出したりはせず、イヤイヤながらもオシオキを受け入れる気分になっている自分が不思議と言えば不思議だったが。
「ギョエエ!!」
そんな依織の憂鬱を知ってか知らずか。いつも通りの元気なトリさんがイザークからの返事を足にくくりつけてやってきた。すっかり伝書ガルーダである。
ただ、本人はまだまだそのことは不服らしく、ご機嫌はあまり麗しくない。
イースからの報告書は既にできあがっており(内容については考えたくない)依織は大急ぎで残りを仕上げることになる。
「ギョエ~……」
相変わらずのトリさんを労わりつつ、大急ぎで書き上げる手紙は心なしかちょっと簡素になってしまった気がする。
不本意であると主張するような一鳴きをして、トリさんはとんぼ返りしたのであった。
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