09.名誉魔導士の魔術師対策
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鉱山の町、トナンは依織が思っていたよりもずっと大きな集落のようだった。
と、いうのもこれは前世での偏った知識のせいでもある。ファンタジーの世界で鉱山というとどうしても『鉱山奴隷』という少々マイナスなワードが頭をよぎっていたのだ。砂漠で出会ったならず者みたいな人が強制的に働かされていて、それを監視する厳しい人達がいる、そんなイメージだ。
が、実際に訪れてみると昼間にも関わらず大変活気がある。
この国の王都以外の場所は、昼間はあまり人通りがないのが常だった。何故ならば、直射日光の下で働くなんて暑くてやってられないから。まるでオーブンで焼かれているような気分になるのだ。
けれど、このトナンの町の中央部では活気ある声が響いている。
「おやお前さん、今日は仕事上がりが早いじゃないか」
「そうなんだよ。何があったと思う? あぁ、とりあえずエールだエール」
「なんだい、ニヤけちゃって。ノロケなら別料金とるよ!」
通りに面した露店からは、お店の人と常連らしき鉱夫の賑やかな会話が聞こえてくる。似たようなざわめきが辺り一帯に満ちており、とても賑やかだ。
(イザークの手紙の通りだ。このくらいの時間に鉱夫さんのお仕事が終わって賑やかになるって)
王都であれば、外に出るのを極力避ける昼過ぎの暑い時間帯。今はまさにその時刻なのだが、この地域の人達はこの時間が仕事終わりのようだ。一時期は王都に合わせた時間帯で坑道の仕事をしていたのだが、体調不良者が続出したのだとか。
(確かビタミンDだとかが日光浴びないと生成できないんだっけ? そのせいなのかな? まぁ皆が健康にお仕事できるのが一番だよね)
仕事を終えた人々が続々と通りの屋台へと流れてきているのがわかる。
ところ変われば住民の生活も変わるのだなぁと、楽しそうな人々を眺めてこちらも笑顔になる依織だった。
「みなさーん! お疲れさまですー!」
そんな賑やかな場所を通過し、軍が駐在しているという鉱山のふもとの建物へと向かう一行。目的の建物の前で、ナーシルがブンブンと手を振って出迎えてくれた。
周囲にはハラハラした顔の魔術師風の格好をした人達。恐らくナーシルは「建物の中で待っていては?」という彼らの助言を振り切りここにいたと思われる。それくらい、待ちきれなかったようだ。依織と書いて『研究対象』と読む人物の到着が。
待ち構えられていた依織はといえば、その場でクルリと後ろを向き、脱兎のごとく逃げ出したくなっていた。今までの経験上、彼がそんな笑顔をしている時はオタク特有の早口攻撃を受けていたからだ。
が、馬車の中にいた依織に逃げ場所があるはずもない。
「お手をどうぞ、イオリさん!! 実はこの鉱山に何者かがいるのは確定しまして! つきましてはお力をお借りしたく。僕らはこちらにきてからずっと魔力追跡を試みていたんですが、あっ魔力追跡っていうのは辺りに漂う魔力の中から特定の魔力を抽出しそれがどこから発生しているかっていうのを調べる技術なんですけれどそれがまた砂漠の中から砂金を見つけてその出所を探せみたいな結構緻密な魔力操作を必要とする技術でしてそういえばイオリさんは魔力はたくさんあるけど操作に関してはあんまりでしたよねでも魔力が桁違いだから行ける気がするんですよねあとで試してみてくださいすごく興味深いですでなんの話してましたっけそうそう日夜魔術部隊が頑張った魔力追跡の結果なんですけれど――」
ナーシルに有無も言わせてもらえずエスコートされながら馬車を降りる間、とめどなく流れ続ける早口の詠唱。既にイオリは情報の多さと、久々に浴びるナーシルのキラキラしい顔面によって目を回していた。イケメン、怖い。早口のオタクも聞き取れなくて怖い。総評、イケメンオタク怖すぎて泣きたい。
「ストップ」
「はい?」
依織が全てから逃避し「鉱山のふもとから見る青空はキレイで宇宙と繋がっているのだなぁ」と宇宙の神秘を感じ始めた頃、渋い声がかかった。イースである。
「まずは旅の疲れを癒すのが先だろう。体調が万全でなくては何事も為せん」
「あ、そうですよね、すみません。ついつい気が逸っちゃって……。軍の施設の方にご案内します!」
ナーシルが一度引いてくれたことにホッと胸を撫でおろす。
「あ、あの、ありがとう」
「イザーク様にも言い含められている。気にすることはない」
どうにかこうにかイースに礼を言うと、彼は苦笑してそう言った。何をどう言い含められているのかはわからないが、どちらにしろ大変助かった。今のところは。
しかし、これから依織はナーシルの猛攻をしのぎ切らなければならない。残念ながら勝算が全く見えなかった。
(どうにかナーシルに筆談して貰うには……いや、でもナーシルなら分厚い資料を作った挙句読み終わるのを待たずに隣で解説とか始めそうで……。私がお返事書いてる最中に横からのぞき込んできそう……)
ナーシルに対する偏見に満ち満ちている気もするが、この予想が大きく外れているとは思わない。恐らく、それに近いことをやるはずだ。それでは筆談する意味がない。
「ど、どうしよう……」
暫くの間お世話になる軍の駐屯地を案内されながらも、依織の頭の中はナーシルでいっぱい。
気付けば与えられた個室で頭を抱えていた。
会議室だとか食堂の案内もして貰ったはずなのに、何一つ覚えていない。その上今後の有効な対策もさっぱり思い浮かばない。ないない尽くして途方に暮れてしまう。
「どうしようシロ……」
思わず部屋の探索をしていたシロに話しかけた。返事は当然ないけれど、ポヨンポヨンと跳ねて近寄ってきてくれた。少なくとも癒しはここにある。
「ナーシルへの対策と、あと、これからどうすれば……」
あの情報の濁流の中で、辛うじて聞き取れたのは「魔力追跡」という言葉。
ナーシルのことだから、恐らく一旦チャレンジしろ、と言い出すことは予測できる。それが失敗であれ成功であれ、依織の魔力の動きを観察できるいい機会なのだから。だが、依織からするとやり方もわからずいきなり実践というのはハードルが高い。高すぎて棒無し棒高跳びになる。
「やり方と、一人の練習時間があれば少しはマシじゃないかな」
そう思い立って部屋を見渡す。
与えられた部屋は現代日本人の感覚からするとかなり広い。ダブルより大きそうなベッドにサイドテーブル。その上には水差しも置かれており、水分を求めてさまよう事態は回避できそうだった。
身支度を整える用のドレッサーもあり、貴族が視察で訪れる部屋なのかも、と思わせた。そのなんだかお高そうなドレッサーの隣に、文机があった。
「紙! あった! ペンも!」
目当ての筆記用具は文机の上にあった。インク壺にはインクがたっぷり入っている。少しくらいなら書き損じてもなんとかなりそうだ。
依織は百人力の味方を得た気分になった。
(なるべく簡潔に、わかりやすく伝えないと)
道中の説明だと、ようするにゴーレムが現れるという問題を解決するのが目的のようだ。ただ、そのゴーレムは何者かに使役されている可能性が高い。そのために、その何者かをつきとめたい。
恐らく、ここでナーシルが言っていた「魔力追跡」なるものが必要になるのだろう。
「私がすることは、魔力追跡とやらで合っていますか? それはどうやってやりますか? あ、あとやるなら一人で練習する時間が欲しいな……あんなキラキラの顔面が近くにあったら緊張しちゃう」
うーんうーん、と唸りながらも紙に書いて整理をする。
書きながらやはり前世の筆記用具が恋しくなり、どうにか時間を見つけて改善しようと改めて誓う依織だった。
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