8.コミュ障な魔女の実力
「砂嵐だと? 方向はわかるか?」
隊長さんが血相を変えて話しかけてくる。無理もない。砂漠の行軍中に砂嵐の直撃を受けることは、最悪の場合死を意味する。全員の命を預かる立場の彼は、最善の判断を下さなければならないのだ。
依織だってむざむざ死にたくはない。協力できることはなんでもしなければ、という気持ちを持ってトリさんに問いかける。
「トリさん、どっちから来るかわかる?」
しかしながら、トリさんとの意思疏通はなかなか難航した。
焦る気持ちを抑えながら全員でああでもないこうでもないと議論を重ねる。といっても依織に出来ることはトリさんのジェスチャーや鳴き声の様子から、トリさんの伝えたいことをどうにか噛み砕いて全員に伝えることくらいだ。それでも今までのコミュ障具合から考えれば結構な進歩である。他のメンバーは簡易的な地図を砂の上に書いたり、走って逃げることを考えラクダの調子を整えたり、各自出来ることをやる。
事態をなんとか把握したのはそれから数分後だった。
「これだと下手に砂嵐の方向を動かすと、都に直撃してしまうな」
「イオリさんのオアシスにぶつかる可能性も出てきますから、直進させる方がいいでしょうね」
意外にも、と言ってしまうと失礼だが、ラスジャはこの一行の中では頭脳労働担当のようだ。頭の中に地図がしっかりと入っており、トリさんが伝えてくれた朧気な情報から砂嵐の進む方向もしっかり把握しているようだ。
「俺たちが逃げきる、あるいはやりすごすのが最善ですかね」
ラスジャはそう言うが、表情は明るくない。
どちらもかなり困難な方法だ。
「ラクダたちの様子を見てきたが…逃げきるのは無理だろうな。
行軍三日目。あいつらもかなり疲れが溜まっている」
ラクダの世話を担当していた年かさの無口な男性、イースが割って入ってきた。
自分達のことを言われているのがわかるのか、ラクダたちは長いまつげが生えた目をパチパチと瞬かせる。なんとなく「逃げきれる自信はないっすねー」と訴えているような気がした。それもそうだろう。行軍の疲れもそうだが、来るときにはなかった依織というお荷物も追加で運んでいたのだ。
前世の死の直前のガリガリな依織ならまだマシではあったかもしれない。それでも、今の生活で太ったとは思わない。砂漠での生活は健康的というか禁欲的なのだ。前世に比べれば大分改善されて健康的にはなった。それがアダとなった形だ。
「では、ここで砂嵐が去るのを待ちますか?」
幸い、今休んでいる場所は大岩の影だ。この大岩をうまく使うのが最善策だろう。
大岩自体は頑丈そうなので、岩ごと吹き飛ばされるようなことはまず起きないはずだ。
「…しかし、角度が悪いな。
砂嵐の進路が少しでもずれれば全員が吹き飛ばされかねん」
今、日光避けにしている大岩は、ゴツゴツとした横長の形だ。面積が広い方は、ラクダも含め全員が壁にくっつくことができる広さがある。対して、面積が狭い方は確実に誰かがはみ出てしまう。
大岩の広い面積側に対し、砂嵐が垂直に進んできてくれればコトはもう少し簡単だった。上手くすれば大岩に当たった衝撃で砂嵐が分散し、小さくなることすら見込める。しかしながら、運の悪いことに砂嵐は大岩に対し平行気味に進んできていた。これでは全員が大岩の恩恵を受けられない。更に、途中で少しでも進行方向が変われば全員吹き飛ばされかねない。
「とはいえ、それしか方法はないだろう。
進行方向がズレないことを祈るしかないな。
だとすれば、まずガルーダにその石を元の場所に返すよう頼んでもらえないか?」
依織がトリさんにお願いすると「心得た」とでも言うように一鳴きして、トリさんは飛び立った。本当にあの日出会えてよかったと思う。とても頼もしい味方だ。
「イオリさん、感謝します。
最悪あの石が砂嵐に巻き込まれて、縦横無尽に動き回る砂嵐が出来上がったりする可能性もありましたからね」
生き物のように予測不能の動きをする砂嵐なんて対処のしようがない。今更ながらに怖いものをつくってしまったことを実感して依織は少し怖くなった。
だが、事態はそんな依織の感情に関係なく進んでいく。
隊長が全員に指示をだし、全員が少しでも生き残れるように動く。
何かやれることを探さなければ、と思う依織の脳内に、この世界に来てからすぐの記憶が蘇る。切羽詰まった空気の中で、依織の声が響いた。
「待って! 待って下さい!!」
出会ってからずっとおどおどキョロキョロしている彼女の様子に、全員が一度動きを止める。だが、そんな時間の余裕は何処にもなかった。
「すまないが、事態は一刻を争う。君はそこで休んで…」
「守るから!!」
「…は?」
「皆、そこにいて!
シロ!」
依織の脳内に浮かぶのは、この世界に来た最初の頃の、やらかした記憶。
夜の散歩に出かけて家の方向を見失ったときのこと。運悪く砂嵐の直撃に当たってしまったのだ。夜の砂漠の真ん中で、使えるモノは己の体と知識、それから散歩についてきていたシロのみ。
今からやるのはその再現だ。
声をかけられたシロは、心得たとばかりに一度震えると一気に巨大化した。依織の背丈のゆうに三倍はある高さになる。
そして、周囲の塩分を一気に吸い上げる。いつも思うのだが、あの体のどこに大量の塩が収納されているのだろう。今はそんなことを考えている場合ではないのは承知だ。多分コレは、無意識の逃避行為だろう。
今やっていることに、ここに居る全員の命がかかってるなんて気付いてしまったら、プレッシャーで動けなくなってしまうから。
「うわっ!?」
「な、なんだぁ!?」
シロが塩を吸い上げたため、塩混じりの砂漠はあっという間に一段低い、ただの砂地になる。
そんな戸惑いの声をよそに、緊張で震えながら依織は覚えている錬成陣を構築する。神様がくれたオプションの一つだ。素材をイメージ通りの形に整える錬金術。
「シロ、お願い!」
依織の合図とともに、巨大化したシロが塩を吐き出す。
その吐き出した塩を、依織が固めて形を作っていく。自然界にはありえない形の、大きな塩の結晶だ。
「…おお」
「あーなるほど、死のオアシスの魔女」
完成したのは塩で出来た小さいドームだ。小さい、と言っても8頭のラクダと人間が9人、元の大きさに戻ったスライムが1匹入っても問題ない程度の広さがある。
先ほど身を寄せていた岩にくっつける形で作り上げた半円のドーム。塩で出来たかまくら、といえば良いだろうか。これなら砂嵐が去るまで籠城できるはずだ。
以前、砂漠のど真ん中で砂嵐が接近したきたときもコレで乗り切ったのだ。あのときは一人分のテントくらいの大きさのドームを作った。物凄い音がする中でひたすらシロを抱えて身を縮めて過ごした、あまり思い出したくない一夜だ。
「あ、えと…これで、多分しのげるはず、です。
嵐が本格的に近づいてきたらあそこの空気穴も塞い、で……???」
説明している途中で、依織の視界がクラリと歪んだ。
それを合図にしたかのように、吐き気やら悪寒やらも襲ってくる。足にも力が入らなくなり、そのまま砂の上に倒れ込む…と思った刹那、誰かが抱き上げてくれた。
「魔力切れだ!
全く、無茶をする。魔女と言えど限界があるだろう!」
そんなちょっと焦ったような、怒ったようなイザークの声を最後に、依織の意識はフツリと途切れた。
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