05.名誉魔導士と軍人
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真っ白な砂漠を夕日がオレンジ色に染める。
まだ太陽の熱を残した大地は少々暑いが、ラクダはその暑さをものともせず風を切って進んでいく。お陰様で、それなりに涼しい。これは夜になると少し冷え込むかもしれない。砂漠は寒暖差が激しいと聞いたことがあったが、転生してからそれは身をもって知った。
今回の予定では野宿はせずに、夜明け前に中継地点へ到着する見込みだ。
「夜は冷えるかもしれないから注意を。もし眠ければ馬車の中で休んでいても構わん」
イースがそう教えてくれた。しかし今回はきちんと準備をしており、強行軍でもない。そのためイース以外にも交代要員の兵士が二人ほど馬車内にいる。
人見知りかつコミュ障の依織は、彼らとともに馬車の中に引っ込むことはちょっとできそうになかった。
もちろん二人とも悪い人ではない、と思う。おかしな肩書やら称号が付いている依織相手でも気さくに話そうとしてくれている。一人はイースと同じ歳くらい、もう一人はそれよりはもっと若い感じだ。
(人の顔、本当に覚えられない……)
依織にわかるのは男女の区別と年代まで。あと、目が痛いくらいにキラキラしいかどうか。ちなみに二人は依織の住んでいた死のオアシスに突撃してきた部隊の皆さんに比べればまだ普通のキラキラ具合だ。
とは言え、イザークのキラキラにあてられすぎて少々麻痺してる感は否めない。
「大丈夫です」
つっけんどんに聞こえるかもしれないが、どうにかそれだけ伝えて周囲の様子を見る。
どこまでも続くかのように錯覚する砂漠の景色。
イースが相手の場合、沈黙が苦にならないので助かる。彼もまた依織程ではないが話すことが苦手と知れたのが大きい。
ぼんやりと、過ぎ去っていく景色を眺める。オレンジ色の砂漠は見晴らしがとても良い。魔物が近づいてきてもすぐわかるだろう。
例外は砂漠蟻地獄のような地中に住む魔物くらいだろうか。
「地中に住む魔物はあまり遭遇率は高くない。いないわけではないが、そういった魔物は注意して見ていればわかりやすい特徴がある」
「特徴?」
「あぁ、ちょうどアレはわかりやすい」
そう言ってイースが右手前方を示す。
言われて見てみると、そのあたりは妙に地面が凹んでいる気がする。
「不自然に低くなっている場所の中央らへんに突起があるのが見えるだろうか」
「……あ、もしかしてあれ、岩サボテン、じゃない?」
砂漠によくそびえたっている、サボテンのような岩の塊が岩サボテンと呼ばれるものだ。何度も目にするので、てっきり今イースが示したものもそれだと思ったのだがどうやら違うらしい。
「あれが砂漠蟻地獄だ。確かに岩サボテンにも見えるが、あれは触角なんだ。自分のテリトリーに入った瞬間に砂ごと引きずり込むための」
「わぁ……」
よく見れば触角に見えなくもない。折角教えてもらったのだが、依織はこの先気付けるかというと疑問が残る。
「貴方自身が気付かずとも、ラクダにのっていればラクダが気付く。砂が不自然に柔らかくなっているので。それに、シロ殿もわかるのではないか?」
問われてシロに目線を向ける。すると腕の中のシロはぽよんぽよんと縦に蠢いた。これは肯定するときの合図だ。
「シロ、すごいね」
そこで一度会話が止まる。
イースとの移動時間は無言が多い。口下手とド級のコミュ障の組み合わせなのだから、話が弾むはずがない、と開き直ってからは焦ることは少なくなった。最初は「何か会話をしなければ」と焦っては珍妙なうめき声をあげて過剰に心配されるというのを繰り返していたのだから、結構な進歩である。
沈黙は悪いことではない。
最近はそう自分に言い聞かせて、うめき声を止めることができるようになっているのだ。
(えらい、えらいよ私! イザーク以外なら平常心っぽく振舞える! 迷惑かけてない!)
イザーク以外であればなんとかなる。
彼の場合はあのキラキラしい顔面が問題だ。アレを前にすると未だに動悸めまいに息切れ過呼吸などの諸症状が発生する。たぶん、イケメンアレルギーだ。今後も彼だけは慣れることはない気がしてしまう。いつかアレルギーの特効薬なんかが作れないだろうか。
そんなことを考えている依織を乗せてラクダは走る。
景色自体はあまり代り映えがないけれど、ゆったりと夜の帳が降りていき、風景を変えていった。
風の音と、ラクダの駆ける音。それから、車輪が回る音。
それらの音に、不意にもう一つの音が加わった。
「あなたは……」
「?」
イースの低い声が、控えめに響く。
話しかけられると思っていなかった。しかも、途中で言葉を切られるとは思っていなかったためうっかり身構えてしまう。
いつもと少し様子が違うイースを不思議に思った。
「魔法は、好きだろうか?」
「えっ……??」
続けられた言葉は、依織にとっては考えたこともない突拍子もないものだった。
想定していないものは言葉にしづらい。うぇ、とか、あぅ、とかいううめき声だけが出てきてしまう。
それをイースも感じ取ったらしく、申し訳なさそうな声が響いた。
「すまない。……どう、聞けばよいのか……」
質問をした彼自身、何を尋ねたいのか戸惑っている風だった。
それでもラクダの手綱を握る手は迷いない。マルチタスクができてすごいなぁと思ってしまう。
そこから、暫くの沈黙。
考えをまとめてから口にしないと大変なことになるからだ。
「好きか嫌いか、考えたことなかったです。使わないと、死んじゃう場所でしたから」
依織にしてはかなりの長文だ。噛まずに言えたので、思わず心の中でガッツポーズをとってしまう。
依織の返事を受けて、また少しの沈黙。イースもまた何を言うべきか考えているようだ。
「すまない、ありがとう。……重ねて質問したいのだが、魔法を学べるとしたら学ぶだろうか? その、ナーシル相手ではあまり捗ってないように思えるのだが」
「学ぶ……」
魔法を学びたいかどうか。
そう聞かれると少し迷うところがある。依織はこの世界の魔法の知識は皆無だ。神様から貰った本を軽く読んで、生活に必要なものだけを使い込んできた。
何故なら、あまりに強い魔法を知ったとしても、使いこなせる自信がないから。
「知識は、あると、便利。……でも、今は、不便ではない。皆のおかげで」
平穏に、平凡に、ひっそり生きたい依織にとって強すぎる力は必要ない。
……と、思っていたのだ。先日のマンティコア騒動があるまでは。ちゃんと使いこなせるのであれば、知識はあってもいいのではないか。そう思い始めた自分がいる。
一方で、これ以上頼られても困ってしまう、という逃げ腰な自分もいて、いっそシロの様に分裂してしまいたい。
そんな気持ちをどう表現するべきか。大変迷う。
「何かの時に、もっと知識があったならって、思いたくはない、から。学ぶのは、イヤでは、ない、かも」
「そうか……」
(……なんかまずい受け答えしちゃった!?)
それきりイースは黙ってしまった。何か続きがあるのかと待ってみたがそういうわけではないらしい。では、今度は自分から会話を膨らませるターンなのだろうか。なんて疑問が浮かぶけれど、そんなことができたら盛大に『コミュ障の称号返上祭り』の開催決定である。三日三晩通してのお祭り騒ぎ間違いなしなのだが、そんなものは存在しない。
故に、依織は馬車の上で黙るしかないのだった。
(魔法のこと、だったよね。話題)
イースは確か、ほぼ魔法が使えなかったはずである。しかし、先程の話しぶりからすると、依織ほど無知というわけでもなさそうだ。
(魔法が使えなくても知識があるのって普通なのかな。それとも、イースが知識豊富なのか。もしそうなら、なんで?)
その後、話の続きはなかった。
途中で魔物の襲撃があったからだ。といっても、依織が軽く塩の結晶漬けにしたのであまり困った事態にはならなかったけれど。個人的に一番困った事態は交代時間が来て、依織のお守り役がイースから別の人に交代したことだろうか。
交代した人と上手く会話することができず、依織の思考は自然とこれから向かう鉱山にシフトした。
(鉱山の、魔法的な異変、か。この世界の魔法の知識がない私が行って、役に立てるのかな……)
思わず行くと言ってしまった鉱山視察だが、よく考えれば軽率だったのではないか。けれど、一度走り出した部隊は止まらない。
不安な気持ちを乗せたまま、依織達は中継地点の町へと到着した。
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