02.名誉魔導士と訪問者たち
毎週金曜日20時更新予定です。
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ノリと勢いで一瞬で建てた挙句、トリさん仕様に改築までされている依織の住処。通称、魔女の一夜城。そこへ訪れたのは二人の男性だった。
一人は顔面がうるさいくらいキラキラしいイザーク。そしてもう一人はイザークのせいで霞がちだが十分にキラキラしいお付きのラスジャだ。
この場所を訪ねてくる者は、とても限られている。その中でも、王族内で『突然現れた魔女=依織』の担当となったらしいイザークと、その付き人であるラスジャの訪れは群を抜いていた。訪問の理由は様々だったが、いずれも異邦者である依織にできる限りの配慮をしてくれたと納得できたので、二人の訪れを受け入れられるようになってきた。ド級の人見知りである依織だが、彼らの訪問には慣れているので緊張する必要はない。本来なら。
「えーと、なんか緊張してる?」
「いえ、あの……なんでもない、です」
しかし、今日はちょっと事情が違う。先程までイザークとの関係についてグルグルと考えていたので、なんとなく後ろめたい気持ちがあったりなかったり。そんな感情が表に出ていたらしく、指摘されてしまった。内心冷や汗滝汗状態だ。
かといって考えていたことをツルリと漏らしてしまうのも、なんだかよくない気がした。そもそも彼と舌戦をしたところで全く勝てるビジョンが浮かばないのだから。
ここは多少怪しまれても逃げるが勝ち戦法をとらせていただきたい。
「うーん……」
「……」
沈黙が少々痛い。しかし、ここで口を開くわけにはいかないのだ。何せ依織自身自分の考えが全くまとまっていない。
今自分がどうしたいのか、それすらもわからない。
こんな状況で何かを言っても建設的な話になるはずがないのだ。これは依織の経験則である。
きちんと考えがまとまっていない内に言葉にすると、それはもう大惨事を引き起こす。過去にそれで何度やらかしたことか……。だから、その反省を踏まえて、今はまだ何も伝えられない。
そうして暫くの沈黙の後、依織が貝になったことを察したのか、イザークが苦笑しながら会話を続けてくれた。絶対に何かあるけれど、しつこく追及しないでくれる、または話し出すまで待ってくれるのは彼の好ましい点だ。
「申し訳ないけど、ちょっと長くなりそうだから入らせてもらってもいいかな?」
「あ、はい。あの、どうぞ……」
ごめん、と反射で謝りたくなってしまったけれど、そこをなんとかグッと飲み込む。そんな依織とイザークの様子をラスジャはおかしそうに見つめていた。少々だいぶかなり顔がいいからって。
せめて美味しいお茶を淹れようと、一度キッチンへと引っ込んだ。
二人から少し距離を置いて、キッチンで深呼吸をする。そうすることで、挙動不審なコミュ障からいつも通りのコミュ障に戻れるように。
いつもより少しばかり丁寧にお茶を淹れてから、依織は二人が待つ部屋へ向かった。
「本当にごめん! 名誉王宮魔導士なんて肩書だけだから気楽にって言った手前申し訳ないんだけど、力を借りたくってさ」
「……?」
お茶をテーブルに置いてからすぐに、拝むようにパンと両手を合わせたイザークが話し始めた。
「今、南の鉱山の方が面倒なことになってるらしくてね。ナーシルが行ってる場所なんだけど……この件についてはどこまで話してたっけ?」
「魔法がどう、とか……」
正直なところ、詳細はあまり覚えていない。
ただ、今回のマンティコアの件で、彼が、ナーシルがいたらと思わないでもなかった。
ナーシルはこの国において一番の魔法の使い手だ。そして、ものすごい魔法オタクでもある。依織が神様から貰った魔法に興味津々で、隙あらば解析しようとこの件で呼び出されるまでは足繁くこの一夜城に通っていた。既に国一番の使い手であると言われていても、新しい魔法への探求を怠らない、と言えばちょっと聞こえはいい気がする。
そんな彼がいたら、マンティコア相手であってもどうにかなったのではないだろうか。
(ナーシルがいたら、あんな大きくて、かなり、だいぶ気持ちが悪い人面に遭わなくて済んだのかな……。いやでも、トリさん見捨てるなんてできないから、結局遭遇した、よね。で、遭遇したら結局ああなってただろうなぁ)
微妙に人語を操る、巨大な人面。それは依織にとって恐怖でしかない。依織の苦手な部分を集めて巨大化したようなものだ。
ただ、その恐怖のお陰で問答無用で魔法をぶちまけられたという点はある。
人間っぽさがあり、対話できる知性のある、例えば人魚のような魔物だったならいきなり攻撃はできなかったと思う。この世界にそんな魔物がいるのかは知らないけれど。
「そう。アイツがいたらイオリがマンティコアと対峙することもなかっ……いや、あったかなぁ」
「イオリさんがいなかった場合、一人の死傷者もいないなんて結果にはならなかったと思いますね」
イザークとイオリの「もしも」の話を切って捨てたのは、今まで会話の流れに黙って耳を傾けていたラスジャだった。
「結果的に良かったと思いますよ? 尊い人命が守られたんスから。そうそう、アウディやシクシャも無事回復して仕事に復帰してるんで安心してください」
「え、あ、はい……?」
「あ~~……名前までは覚えてないかぁ。マンティコアばっちり見てパニックになった奴と、食われそうになったところをトリさんが助けてくれた奴ですよ」
「あ! そっか、よかった」
大変申し訳ない謝罪案件ではあるのだが、依織は名前どころか顔も覚えていない。前世からずっとそうなのだが、依織は人の名前と顔を一致させることが大の苦手なのだ。
(二人とも大変な目に遭ったんだし、労災とかおりているといいな。この国にそんな制度があるかは知らないけど……。というか、もう働くのかぁ。皆勤勉だなぁ)
「っと、話が逸れましたね」
「あ、そう。鉱山」
前世の制度を思い起こしていた依織を、ラスジャが引き戻してくれた。
「そうそう。正直、魔法的な問題ってなったら今はナーシルに任せたらまぁなんとかなるでしょうって空気だったんだけどね。それがなんだか長引いているらしくって……。名誉職で仕事らしいものなんてないよ、と言った直後にお願いするのはホント心苦しいんだけど」
「ええと……」
話の流れ的に、依織にもその鉱山とやらの様子を見に行ってほしい、というお願いなのだろう。それはコミュ障にもわかった。
実際問題として、マンティコアを倒してからこちら、少々気になることがある。
(たぶんだけど、私見られてるんだよね)
マンティコアを討伐し、魔女の一夜城に戻ってきて数日。
ひと気のない郊外にあるはずのこの場所に、なんだか人がいる気配がするのだ。
依織が感じただけならば気のせいと言えるかもしれない。けれど、ここ最近トリさんが屋上に常駐している。これは今まであまりなかったことだ。
屋上を整備したお陰で居心地がいいのかと思ったのだが、滞在中の彼はずっとピリピリしている。まるで、何かを警戒するように。
(トリさんには、ならず者以外の人間を攻撃しないでーってお願いしてるけど……。あの人達が一夜城に突撃してきたら思いっきり吹き飛ばしちゃいそう。そんなことが起きないためにも一度ここを離れるのはいいことなのかも)
万が一、家を見張っている人が何らかの事情があるお偉いさんの部下だったりしたら……。
そんな人をトリさんが攻撃してしまったら……。
想像するだけで依織の胃はキュッと縮こまり、キリキリと痛みを訴える。この状況が長く続けば確実に胃がやられてしまうだろう。
なにより、ずっと「誰かが見ているような……」と感じる生活は非常に居心地が悪かった。
そんな状況から一時的にでも、脱出できるのであれば悪くないかも、と考え始めた依織だった。
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