01.名誉魔導士の葛藤
本日より更新再開です。毎週金曜日20時更新予定。
また本日より小説が発売中!コミックスともどもよろしくお願いいたします!
砂漠の国クウォルフ。
ここはかつて魑魅魍魎……と、この世界で言うのかは知らないけれど、なんか強い魔物とかがはびこってた場所だったらしい。とにかく暑くて水がない過酷な土地で、つよつよな魔物を艱難辛苦の末に討伐した英雄が、この国を興した初代国王様なんだとか。その、初代国王が倒した強い魔物の代表例として挙げられているのが、マンティコア。
先日、この国でその伝説の魔物、マンティコアが再び現れた。多くの魔物がマンティコアから逃げるように大移動し、国民の生活が脅かされた。国の一大事、というやつである。
ところが、そのつよつよらしいマンティコアは、英雄ではなく名もなき人間の手によって退けられた。おかげで、国民は無事日常生活を取り戻しつつある。
まぁ、美談だ。その名もなき人間が現代日本から転生してきた機野依織という人物、つまり、自分であるということを除けば。
「砂嵐を退けた上マンティコアまで退治してくれたんだろう? 魔女様はすごいねぇ」
だなんて言葉を街なかで聞いてしまったときは、胃がねじ切れるかと思ったものだ。もともと人の多いところになんて滅多にいかないのに聞こえてきてしまったのは、多分不運なせい。皆が口を揃えて言っているわけではないだろう。たぶん、おそらく、めいびー。
だって、依織は本当にただの一般人だ。ただ、神様を自称する、ガチで色々眩しく輝いていた人物に無理やり転生させられたというだけで。なんなら一般の人よりも、ちょっと、だいぶ劣っている部分がある。
それは、コミュニケーション能力。
もちろん劣っているものは他にも多々多々ある。体力は恐らく人並以下だし、未だに砂の上を歩くことに慣れなくて転んでしまう。だがそれはまぁ、多少の欠点程度でとどめておけるはずだ。とどめておこう。
しかしながら、人と話すことは何よりも、誰よりも苦手だと自負している。そんな依織にとって、転生というセカンドチャンスはただただ恐怖でしかなかった。が、そこは神様とやらの都合で回避できないのだと言う。
望まぬ転生をする代わりに色々と貰った。
まず人と関わらなくてよい環境。それが、この砂漠。そしてその砂漠で生き抜くために、便利な能力も授けられた。所謂、魔法と呼ばれるもの。それでなんとか細々と生きることが出来た。
神様としては、依織には長生きしてほしいらしい。その希望通り、この世界でそれなりに長生きしたあとで、ひっそりと死んでいくはずだったのだ。予定では。
しかし現実には何故かキラキラしいイケメン集団が襲来し、あれよあれよという間にどーにかこうにかなって、今や国を救った偉大なる魔女様とか、そんな扱いだ。
その上、マンティコア退治でよくわからない『名誉王宮魔導士』なる称号まで贈られている。どうしてこうなった。
「……私、流されてない?」
時刻は夕方。この塩の砂漠において、やっと過ごしやすくなる時間帯でもある。
グルヤが午前中に届けてくれたパンをかじりながら依織は一人呟いた。
グルヤは依織の趣味である小物づくり、及び布づくりを手放しで褒めてくれる商人だ。個人的には、この世界で一番信用していいと思っている人である。ただ、布への情熱が迸りすぎてオタクモードになったときは注意が必要だけれど。
今回も出来上がった小物を引き取りにきてくれる傍ら、食の細い依織を心配して今食べているパンを差し入れてくれた。この他にも保存の効くものを少しずつくれたけれど、今日はめんどくさいのでこれで済ませてしまおうという魂胆だ。
このパンは前世のものとは違いなんとかイモから出来ていると聞いたが、食に興味の薄い依織にはよくわからない。ただ、塩分が強く、モチモチとした食感のため必然的に咀嚼回数が増える。すぐ満腹になってお得だな、となかなか気に入っている食べ物の一つだ。これにお茶があれば立派な夕食になる。
夕食と言いつつ本日初めての食事であることは秘密である。特に過保護が擬人化したようなイザークには。
この国の王様の甥っ子という立場の彼は、依織に何かと便宜を図ってくれる。後ろ盾もなにもない身としては大変ありがたいが、最近の悩みのタネでもあったりするのだ。
「流されてない、シロ?」
部屋の中でぽよぽよと跳ねていたシロに聞いてみる。
跳ねて愛らし、触れば癒し、転がる姿はそーきゅーと。
とにかく、依織の精神の支え及び良き相方であるソルトスライムのシロ。まだ錬金術を上手く使いこなせなかったときからの付き合いである。
シロはソルトスライムという魔物であるため、当然だが答えは返ってこない。返ってきたらコミュ障故に恐怖で泣いてしまうかもしれないので、それはいいのだが。
「国って……重くない? 重いよ。なのになんで私そんな、肩書? とか、そんな……」
ブツブツと一人で呟く言葉すらきちんとした文脈になっていない。そのくらい、考えがまとまらない。
確かに、依織は先日マンティコアとかいう凶悪な人面の魔物を倒すのに一役買った。だが、実際にトドメをさしたのはトリさんだ。
トリさんとは、依織とは協力関係(?)にあるガルーダという種族の大きな鳥型の魔物だ。周囲の軍の人達曰く『かなり強い魔物』に分類される彼が、かまいたちでズバッとしてくれたのである。依織はあまりにも巨大な人面が怖くて、塩で固めただけだ。その塩だって頼れるぽよぽよ、シロとの合作である。
なのに、依織だけが伝説の魔物であるマンティコアを退治した立役者として何故か国から地位を貰ってしまった。そりゃトリさんやシロが地位を貰っても喜ぶとは思えない。というか魔物に地位を渡すってなんだそりゃってなるのはわかる。
けれど、何故自分だけが槍玉に挙げられるのだ、と嘆きたくなってしまうのは仕方ないことだと思う。
イザークが言うには、ただの名誉職であり、権限なんかはないらしい。それでも、だ。なんだかドンドン外堀を埋められている気がするのは気のせいだろうか。いや、たぶん気のせいではない。
「そもそもあの……イザークと、えと……」
彼と依織は付き合っている(仮)らしい。確かにふとしたときに物凄く優しいし、とても心配してくれる。何度か甘ったるい言葉を囁かれたりもしているけど、最近この関係に違和感を覚えているのは確かだ。
(付き合うって……何!?)
当時はわけもわからずに、その場の流れで、うっかり頷いてしまった、気がする。というよりは、気絶から回復したらよくわからない場の流れが出来上がっていて、コミュ障に残された選択肢が頷くのみだった気さえする。
そもそもといえば、人付き合いに関する能力がマイナスに振り切れている依織に、恋愛としてのお付き合いがわかるはずもない。
そういうのは漫画等の物語の中で主人公達がするものであって、モブにさえなれなさそうな自分がその立場になるなど考えもしなかった。
(そもそも中のそもそもなんだけど、私がきちんとイザークとお付き合いしてるんなら、塩で彼を固めようとしたりしなくない!?)
思い出されるのは先日のこと。
依織はイザークを攻撃しようとした。正確に言えば、彼が依織の行く手を阻もうとしたので、ちょっと塩で足元固めて逃げようとした。
何故かというと、そんなことが起こる前日に、トリさんが怪我をして依織の元に転がり込んできたのだ。のちに、それはマンティコアと戦ったせいだとわかったのだが、当時はとても混乱した。かなり強いはずのトリさんが傷つけられたのだ。もしかしたら依織はこの時点で相当パニクってたのかも。
その後、トリさんはリベンジをしに文字通り飛んでいってしまった。それを追いかけようとしたところ、丁度イザーク達が現れたのだ。
イザーク達から見れば、なんの準備もなく砂漠へ飛び出そうとしたところを止めるのは当然のことだと思う。だが、依織はトリさんが心配すぎてそれどころではなかったのだ。咄嗟に魔法でイザーク達を足止めしようとしたのである。
あのときは完全に『トリさん>>超えられない壁>>イザーク』だった。
仮にも付き合っている相手にする所業ではないだろう。
前世のゲームやら漫画やらで搔き集めた乏しい知識によると、付き合うというのは恋愛感情を持った二人がするものなはずだ。
「で、恋物語の二人が付き合うには、なんやかんやの障害があるのよね。そして、それを乗り越えることによって二人の思いはより深まったり、とか、そういう。うん、確かそんな感じ。ね、シロ」
ぽよん、とシロが跳ねる。まるで、知らんがなとでもいうように。
だが、依織は気にしない。
「付き合ってる二人は障害に阻まれるものであって、付き合ってる二人がお互いの障害になるのは違うよね? ね?」
もし、依織がイザークに恋愛感情を抱いているのであれば、トリさんよりも彼を優先するような気がする。少なくとも魔法を放つことに対して、躊躇くらいはしただろう。どのゲームも漫画も、恋愛とは何よりも優先されるものという風に描かれていた。
(……これは、もしや大変不道徳なのでは!? 不道徳? 不純? なんだろう? 不健全? とにかく、このよくわからない関係も、流されてることも、よくない気がする! あとシロはやっぱり癒し)
ぴょんぴょんと跳ね回るシロの意図は汲み取れないものの、その様子を見るだけで心が和む。ただし、問題は何一つ解決していない。
もんもんと悩んでいると、来客を告げるベルが鳴った。
【お願い】
このお話が少しでもお気に召しましたら、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
作者のモチベに繋がります。
ブックマークも是非よろしくおねがいいたします
漫画のはパルシィとpixivコミックにて好評連載中
漫画・小説ともに好評発売中です!