閑話 王族たちの後始末
次回、6/2朝投稿分にて2章完結となります! 漫画ともどもお楽しみに!
王宮内のとある一室。
庶民が想像する王宮の部屋とはかけ離れた殺風景な部屋の中で、二人の男が膝を突き合わせて相談していた。
一人はこの国を導く王。もう一人はその甥であるイザークだ。
王は自分の配偶者たちには金をかけるものの、本人はあまり贅沢嗜好ではない。もちろん対外的な場ではそれなりの威厳が必要なので豪奢な服の一つも着るが、プライベートな空間は落ち着くものを使わせろというのが彼の言である。
ただ、この部屋に限っては『モノがないと潜むこともできないだろう』と悪い顔をして言っていたのを覚えている。自分の伯父ながら、どこからどこまでが本気かわからない人物だ。
この場は非公式の会談、伯父と甥の個人的な交流となっている。表向きは。
「やはりイオリは嫌がるのでは……」
イザークは難しい顔を王に隠しもしない。
議題は今回のマンティコア討伐の件について。といっても、大半は決まっている。
まず今回主役となるのは街道警備隊だ。隊長をはじめとした、討伐に参加したメンバーにはそれなりの報奨金を。人によっては役職の位を上げた者もいる。そして討伐自体には参加しなかったものの、ウダカの町を護ったとしてそのほかの街道警備隊所属の兵士にも褒賞を与えることが決まっている。
難しいのが依織への褒美だ。
ちなみにトリさんには専用の肉食べ放題スペースを検討中である。シロは何を好むのかまるでわからないので保留だ。
「名ばかりの王宮魔導士という役職を与えるのに何か問題でも?」
今回、依織に褒美として『王宮魔導士』という新たに設けた役職を与える案がある。イザークが首を縦にふればそれで決定となるところだ。
「この国の住民であるという証のようなものだ。伝説の魔物であるマンティコアを討伐した立役者であるため、それなりの色は加えたがな。実態はただの名誉職だ」
新規に『王宮魔導士』を作り上げたところで、それを貰った依織に何かの権力が渡されるわけではない。政治的には何の効果もない、というのがこの役職のミソである。国にとってはなんの痛手もない。
むしろ、伝説の魔物を倒してくれたにもかかわらずその程度でいいのかという意見がかなりあったほどだ。イザークの懸念はそれだけではないようだが。
「しかし、このような役職を与えられて彼女が重荷に感じた場合は……」
「そこはお前の言いようだろう。得意ではないか、舌先三寸で丸め込むのは」
「丸め込めていたら既に国に取り込んでいますよ」
彼女を国に取り込む案はいくつもあがっていた。ただ、そのどれもが依織に通用するか怪しい。なにせ、彼女の常識は未だ前世のもののようだから。
下手にこちらの考えを押し付けてしまえば逃げ出しかねない。
実際、彼女はイザークの意見を聞かずに走り出そうとした。炎天下であるにも関わらず、最低限の装備すらも持たず無防備なままで。あの時の彼女にとっては、自分の意見よりトリさんの安否が重要だった。
そのことを思い出して、イザークの胸はチリと焼け焦げたような痛みを覚える。
「実力行使せよ、とは言っとらん。良いか、この役職のキモは『王家が国民である』と認めたことだ」
「えぇ。彼女が一時期気にしていた納税分等を、今回の討伐の功績により免除にする、という一文を加えるんでしたよね。これで彼女はたとえ何も生み出さずともこの国で生きていける」
そもそも二度も国を救った魔女に納税をしろ、というのは国としてみみっちすぎる。ここは国のメンツとして、太っ腹なところを見せなければならない。だが、王としてはそれはあくまでオマケである。
「そうだ。だが、それだけではない。今、彼女は無位無官の民草だ」
「えぇ、そうですね」
「だが、王宮魔導士という肩書を与えれば、少なくとも王宮内を歩いていても小うるさい連中は口を噤まざるを得まい。国家を揺るがす可能性のある緊急事態だというのに、ハエがたかっておったからな」
依織をウダカの町へと向かわせる直前、彼女を王宮へ招いた。その方が砂漠越えの装備も整えられるし、情報も伝達しやすい。
だが、それに対してやかましい連中がいたのは事実だ。そんな輩は既に王から「事態の深刻さもわからぬ愚か者」と見られている。この国にも法はあるため、王の一存で簡単には処罰はできない。それにそういう連中にはそれ相応の使い道というものがあるため、今は泳がせている状況だ。そんな彼らが辿る末路は言うまでもないだろう。
「肩書があれば、ああいった連中も黙る、と」
「そういうことだ」
確かに対外的にはアリだ。むしろ、今後彼女の身を護るためにも必須といえる。
砂嵐に続き、伝説の魔物を退けた魔女。そんな彼女を身内に取り込もうという勢力が絶対にいる。下手な国内勢力に預けてしまえば、彼女を権力争いの道具にするのが目に見えている。彼女のためにも、国のためにも肩書きは悪い案ではないのだ。
「そのあたりの意図は彼女に話しても問題ありませんよね」
「上手く話せよ。王宮に召し抱えるつもりかと警戒されんようにな」
「もちろん」
「初手でしくじってしまったからなぁ。女心はわからんもんだ」
当時の依織の様子を思い出したのか王は笑いだす。
何をやっても不機嫌そうだと侍女から聞いていたので、まずは片っ端から女性が、主に妻たちが喜ぶことをやらせた。目が眩むほどの宝石やきらびやかな化粧品、果てはこの国ではぜいたく品にあたる湯殿まで。
実はそれら全てに脅え、表情を失くしていたのだ、とわかったときには流石に焦ったが。
「思った以上に思慮深い、とは思いますよ。自分が争いの火種になりそうだというのはうすうすわかっているようですから。それに、新しい魔法を披露するのにもかなり警戒しています」
「その割に防毒の魔法陣は無警戒だったと聞いたが。箝口令を敷いたがどこまで効くやら」
「そっちは誇張した噂も混ぜることで嘘くさくなるかもしれません。ちょっと大げさに噂を囀らせておきましょうか」
王家にはお抱えの裏を扱う職種の者たちがいる。今回はそれらに「魔女はたちどころに毒を消し去る魔法を使える」などと吹聴させておけば十分だろう。真実ではあるのだが、そこまで言われるとあまりにも胡散臭い。
「それと、彼女が防毒の魔法陣について無警戒だったのは、おそらく友のためですね」
「友、か。そもそもガルーダを友としている魔女、という時点で存在が眉唾っぽいな」
「民だけではなく他国も惑わせられて丁度良いのでは? 真偽を確かめに今来られても面倒です」
「スグリト国ももう少しでパーリアなのだから、大人しくしてくれておればよいのだがなぁ」
クウォルフ国と北のスグリト国は数年に一度、パーリアと呼ばれる交流の機会を設けている。他国に互いが友好国である、と示すためのものだがそれがなかなかどうして面倒くさい。特に今回はクウォルフが招き入れる側であるため、色々と体裁を整えなければならないのだ。
そんな状況下でこの砂嵐や伝説の魔物騒動。あちらからつつかれるのは目に見えている。
「砂嵐の時も、今回も、イオリは巻き込まれただけでしょう。そもそもなんでマンティコアなんていうのが現れたんだか……」
建国から数百年。そのような魔物が現れたという情報は今までなかった。ただ、イースたちからの報告を聞くと、依織相手では伝説になるほどの手ごわさが感じられなかったというのは事実である。
「そこに関しては調査は必要だな。よし、とりあえず褒賞の件はこれでいくものとするぞ」
「えぇ」
「そもそもこれは可愛い甥への援護射撃のつもりだったんだがなぁ。名誉職とはいえ地位は本物だ。王族へ嫁入りするとしても小うるさい連中が減るだろうに」
「それは……まぁ……」
「なんだ。いらぬのであれば俺が貰うぞ?」
「伯父上!?」
焦ったイザークの滅多に見ることのない年相応の顔に、王はいかにも楽し気に大笑いしたのだった。
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