閑話 武人たちの嘆き
次回更新は水曜を予定しています。6月1日2章完結予定ですのでお楽しみいただけると嬉しいです。
「自分の中の何かが揺らいだ気がする……」
遠い目をしているのは街道警備隊の隊長だ。無理もない。あんなトンチキな戦闘シーンを見せられてはそんな気になってしまっても仕方ないだろう、とイースは思う。
イースと隊長の目の前には真っ二つにされたマンティコアの死体。この国における伝説の魔物だ。それが今はとても哀れな姿になっている。まるで狩られた獣のように四つ足が塩の結晶で一つにまとめられているが、胴体は真っ二つだ。マンティコアの特徴である不気味な人間の顔もまた塩の結晶で覆われている。こちらの結晶はマンティコアが暴れまわった際に細かなヒビが入り、すりガラスのようになっていた。毒のトゲを飛ばす尾も塩で固められている。とにかく、伝説が台無し、といった有様である。
ただし、切り裂かれたばかりのマンティコアは、まだピクピクと蠢いている。この状態で生きているとは思えないが、立場上きちんと生死を確認しなければならない。そのため、こうして近くまできたのだ。
「考えすぎるな」
その言葉は彼に届くだろうか、と心配になる。
何せ、イース自身が彼と同じことを思っているのだから。
イースは武一筋でここまできた。魔法をほとんど扱えないからだ。彼も同じようなものだと風の噂で聞いたことがある。
同じく武をもってこの国に仕えている身としては、かなり複雑な心境だろうことが窺える。依織の規格外な魔法があれば、自分たちの武などいらないのではないか、と思い込んでしまっても無理はない。
「しかし、イース殿……相手は伝説の魔物ですよ」
「そうだな」
言葉を発しつつも、警戒は怠っていないし、手も動かしている。
だから、彼が愚痴ること自体を咎めはしない。
「確かにマンティコアと聞いて恐怖はありました。部下たちの手前、私が取り乱すわけにはいかない。むしろこんな時だからこそ鼓舞せねばと務めましたとも。ですが……アレはないでしょう」
「……どれだ」
あまりにも心当たりが多すぎる。
マンティコアの顔が怖いからと塩で固め、ついでに呼吸を奪う。
ガルーダがかまいたちでマンティコアを真っ二つ。
他にも細かいことを上げればキリがない。
「全部ですよ、全部!」
「まぁ……そうだな」
「なんなんですか、彼女は! 悲鳴をあげたかと思えば、マンティコアを固めるだなんて。姿を見るまでは物見遊山にでもきたような表情だったのに。そのくせ彼女が作ったこの塊の硬度もなんなんですか」
生死確認ついでに、隊長が塩部分をバンバンと叩く。
二つに分けられたマンティコアは未だビクビクと痙攣するような動きをしている。だが先程からなんどか剣を突き刺して、既に死亡していることは確認済みだ。
今この時間は、隊長が隊員たちの前でもう一度『街道警備隊隊長』として振舞うためのクールタイムだとイースは思っている。
愚痴でも言わなければやってられない、というのは大変理解できてしまうから。
「まぁ、俺は以前も少し試させて貰ったから知っていたのでな」
初見であれば驚くのも無理はないといったニュアンスで彼をなだめる。
「マンティコアが全力を出しても壊れない塩ってなんなんですか? ヒビが入っただけで未だにビクともしないじゃないですか」
「砂嵐にも耐えたからな……」
「それにこのマンティコア、皮膚めちゃくちゃ硬いですよ。剣はコツがわからなければマトモに刺さらない。弓矢に至っては特殊な加工でもしない限り傷一つつけられそうにないでしょう。……なのに、これを一刀両断するってあのガルーダはなんなんですか!」
「まぁ……ガルーダだしな」
最弱の魔物と言われるスライムのシロに叱られているトリさんを見た後だと感覚がバグる。だが、ガルーダはこの砂漠の強者だ。伝説の魔物を一刀両断できたとしてもおかしくはない。彼女のトリさんという個体が特別強い、という可能性もあるが。
「ガルーダが国の敵に回るなんてことは……」
「イオリ殿がいるかぎりそれはないだろう。何せアウディを助けてくれたのだから」
「それは……そうですが……」
隊長がリスクを恐れるのは当然のことだ。上に立つ立場なのだから、やはり今後を見据えなければならない。
「それに今回、イオリ殿たちが居なければ、確実に被害は出た」
隊長の言う通りマンティコアの表皮は刃が簡単には通らないくらいに硬い。しかも、滑る。矢を射っても恐らくは刺さらないだろうことが窺えた。魔法に関しては門外漢なのでわからないが、それは我が国の精鋭たちが喜んで調べることだろう。
この皮を防具に使えば恐ろしく防御力の高い逸品になるのは容易に想像できる。むしろ、加工できるかが問題かもしれない。
今回マンティコアの攻撃はトリさんと依織が完封してくれた。
しかし、普通であればあの毒のトゲを避けながら本体と戦うことになったのだ。正直今のイースには勝ち筋が浮かばない。一度撤退し、魔法部隊に応援を頼んだことだろう。その間に、どれほど犠牲が出るかは考えたくもなかった。
「……魔法とはあれほどまでに強いものなのでしょうか」
「いや、それは違う。彼女が特別だ。正直ナーシル殿のような魔法の使い手がいたとしても苦戦は強いられたはずだ」
ナーシルは最近依織の館に入り浸って魔法研究をしまくっていたので、更に腕が上がっている可能性はある。それでも、今回のように被害が皆無というわけにはいかないだろう。
「だから、魔法が使えぬ己が身を責める必要はない」
「そう、でしょうか……」
隊長はすっかり自信をなくしているようだ。無理もない。
驚くほどキレイな断面を見てはため息を繰り返している。
「彼女には驚くべき力がある。それは、正直に言えば、俺も貴方も敵わない」
「デスヨネー……」
「そこで諦めるな。最後まで聞いてくれ」
伝える努力を諦めないように、と依織に言った覚えがある。それは、正直に言えばイース自身にも向けた言葉だ。言葉が足りない時が多々あるという自覚がある。彼女も努力しているのだから、自分もやらぬわけにはいくまい。
「彼女に力があっても、彼女は隊長にはなれない。わかるか? 兵をまとめる人間には、なれない」
「あぁ……」
彼女のコミュ障っぷりを思い出したのか、彼が深く納得した気配を感じる。
「貴方がするべきことは、自分の力のなさを嘆くことではない。伝説の魔物相手に被害がなかったことを大いに誇り、兵たちを鼓舞することだ。それは、彼女にはできない」
「それでいいのでしょうか」
「まずはそれでいいだろう。そしてそこから、彼女がいない状態でもマンティコアに勝つためにどうすべきかを考える。それは貴方一人でやることではない。他と連携し、有効な手立てを皆で考える。そのためにも初手の士気上げが重要だ」
実際、依織がいつまでこの国にいるかはわからない。
どこぞの王族がうまい具合にやってくれればいいが、彼女の行動は奇想天外なので。
「途方もないことをおっしゃる」
「だが、ほかならぬ街道警備隊隊長殿がやらねばならん」
「凹む暇もなしですね」
隊長は苦笑したが、それでも当初の落ち込みに比べればずっとマシだった。
「であれば、きちんとマンティコアのことを調べなければですね。やることが山積みだ」
「あぁ、頼んだぞ」
最後にもう一度マンティコアに剣を刺す。
イース自身もまた、再度マンティコアが襲来した時に備えていた。マンティコアの皮膚に対し、どの角度であれば斬撃が通りやすいか。トリさんの攻撃から学ぶべきこともあるかもしれない。
ただ、今真っ先にやらねばならないことは、見知らぬ人間に囲まれてそろそろ泡を吹きそうな依織の元へ戻ることだろう。
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