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30.魔女と伝説の魔物②

次回更新は月曜日を予定しております。あと数話にて二章完結となります、最後までお読みいただけると嬉しいです。

「ギョエエエ!!」


 突然トリさんの鋭い鳴き声が響き渡る。それと同時に、ブワリとその場に風が舞い踊った。


――ドスッドスッ


 鈍い音がして砂地に何かが刺さる。

 それは、見るからに禍々しい色をした、巨大なトゲだった。アレに比べたらトゲネズミのそれはなんと可愛らしいものだろうか。


「トリさん、すまない! 助かった」


 イースがトリさんに声をかけた。どうやらトリさんが風を操りマンティコアの毒のトゲを防いでくれたようだ。

 よく見ると砂の真ん中に不自然なモノが生えている。


「あそこだ! マンティコアは尻尾からトゲを飛ばしてくる! 警戒せよ!」


 隊長が皆に檄を飛ばす。

 その声を聞いてマンティコアは笑みを深めた。そして、砂の中からぬるりと姿を現す。

 人面に獅子の鬣。身体も獅子がベースなようだが毛皮が白い。この砂漠に隠れるにはもってこいの色をしていた。尾は先程砂漠から不自然に生えていたモノ。よく見ればサソリの尾と同種に見える。

 特筆すべきはやはり顔だろうか。それなりに整った容貌の人面だが、あちこちが歪だ。目には白目がなく淀んだ灰色。ニンマリと割けたように笑う口から見える歯は、牙と呼ぶのに相応しいほどに尖っていた。

 その歯に、ぼろ布が引っかかっている。


「……ならず者がやられたか」

「まずいな。人の味をもう知っている」


 依織の前世では、マンティコアは人喰いという言葉が由来だ。こちらでも人を喰う習性は変わらないようで、目の前のたくさんの餌を喜んでいるようだ。


『エ、サ……1,2,3…………タクサン』


 グルリと首を回して一同を数え、そんな言葉を発する。喋ると更に不気味さが増したのは、動いた口の隙間からは歯が3列はあるように見えたからだろうか。

 そのマンティコアが、ブンと大きく尻尾を振った。


「ギョエッ!」


 兵たちが身構え、トリさんが応戦しようとしたその刹那。

 悲鳴が響き渡った。


「いやあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 依織だ。

 パニックとか、恐慌状態とか、名前をつけるとしたらその辺り。


「イオリ殿!?」


 一番驚いたのは同乗していたイースだ。もともと依織の声はそこまで大きくなく、またコミュ障も相まって詰まりつつもボソボソと喋るのが関の山だった。こんな腹の底から大声を出した場面を、少なくともイースは見たことがない。


「聞いてないこんなの聞いてない人怖い顔でかいしゃべった無理無理無理」


 息継ぎも忘れて依織は一気にまくしたてる。

 依織はマンティコアが人面であることも、その上喋ることも全く知らなかった。人の形のギリギリ会話ができそうなバケモノ。それは、依織にとって恐怖の対象でしかなかった。キラキラの代わりにデロデロが溢れそうな、歪に整った顔面をしていたから、余計に。


「イオリ殿、落ち着いて」


 イースが懸命に声をかけてはいるものの、全く耳には入ってこなかった。

 頭の中にあるのは、このバケモノをどうやって視界の外から追い出し、黙らせるか、である。


「こっち見ないでぇーー!!」


 渾身の叫びとともに、魔力を集める。シロは名を呼ばれずとも依織の意を汲み取り、塩を吐き出した。まさに阿吽の呼吸。シロは呼吸をしているのかイマイチわからないところはあるけれど、ともかく息ぴったりだ。


「…………?」


 一瞬マンティコアは自分の身に何が起きたのかわからないようだった。

 だが、傍から見れば一目瞭然だ。今まで依織が固めてきた魔物と同じように、顔面をまるっと塩で固められている。ただ、今回は思い切り魔力を込めたせいか、それともマンティコアが巨大なせいか。塩の透明度が高く不気味な顔がクッキリと見えたままだった。


「ひぃっ」


 魔力をぶつけたのに、未だ顔が見える。それが依織にとっては何よりも怖い。慌てて追撃しようとしたが、恐怖に飲まれた頭では打開策が思い浮かんでこない。

 周囲の人間もあっけにとられており、警戒はしているものの下手に動けなかった。当然だろう。取り乱した魔女の魔力に巻き込まれて一緒に固められるのは誰だって御免だ。

 そうこうしているうちに、やっとマンティコアが異変に気付く。視界はクリアなのに音が聞こえない。しかも、呼吸が阻まれているし口も開けないのだ。むしろちょっと気付くのが鈍い。鈍感か。

 とりあえず顔面周りに何か張り付いているとわかり、マンティコアは無茶苦茶に暴れだした。四肢は自由なため、顔周りをひっかいたり飛び上がって顔面を砂に叩きつけたりしている。なんとなく猫科の動きに見えなくもないが、可愛さが全くない。あと、サソリの尻尾は相変わらず危険だ。皆暴れるマンティコアに手だしできずにいる。

 ただし、依織以外。


「あ、よかった……」


 マンティコアが暴れたことにより、塩にヒビが入った。そのせいでクリアな塩の結晶が曇りガラスのようになり、あのにやけた表情がわかりづらくなった。

 お陰で、依織は平静を取り戻す。

 顔が見えない、喋らないのであればもう依織にとっての怖い要素はなくなった。


「ええと、危ないから……シロ、塩まだある?」


 任せろ、と言うように腕の中のシロが震える。


「じゃ、お願いね」


 依織のお願いに応え、シロはまた塩を吐き出す。依織はその塩を魔力で固め、あっというまにマンティコアの手足の自由をまとめて奪った。

 その姿はさながら狩りで捕らえられた獣だ。ただし、大きさはそんな可愛らしいものではない。というか、完全に可愛くない。


「ギョエッギョエッ!」


 とりあえずこれでなんとかなるかと、一息ついた依織の耳に、トリさんの鳴き声が響いた。同時に、風が巻き起こる。


「うわわっトゲがっ」

「避けろっ!」


 マンティコアが唯一自由になる尻尾から無差別攻撃をしてきたようだ。当てずっぽうに飛ばされる毒のトゲを皆それぞれ避ける。依織の乗っているイースのラクダだけは、トリさんが風を起こして散らしてくれたようだ。


「トリさん、ありがと! アレも怖いから固めちゃおう、シロ」


 かくして、マンティコアは完全に封じられた。

 顔面にはひび割れた塩の塊。ヒビが入ってはいるものの、まだまだ完全に砕ける気配はない。

 手足もまとめて結晶で覆われている。鋭いツメも、まるっと塩で固められてはなんの意味も成していない。

 尾もガッチリと塩で固められている。なんなら飛ばそうとした毒のトゲが逆流したのか、苦しんでいる様子すら見受けられた。呼吸ができないせいか、それとも逆流したせいかはわからないが手足が封じられた状態でウゴウゴとうごめいている。

 伝説の魔物の、哀れかつ若干ユーモラスな姿の完成である。


「あの……どうしよう?」


 このまま死ぬのを待ってもいいが、伝説の魔物が窒息するまでどの位かかるだろうか。その間塩の結晶が硬度を保っていられるかはわからない。


(私は、絶対に、近寄りたくない!)


 恐らく皆も怖いだろうから、このまま窒息死するまで塩の重ね掛けでもしようかと考えていたところ、動く影があった。

 トリさんである。


「ギョエエ♪」


 トリさんはご機嫌な鳴き声をあげながらクルリとマンティコアの周りを一周した。


(……ねぇねぇ今どんな気持ち? って煽るあの有名なやつっぽい)


 初戦で毒のトゲにやられたことを相当根に持っていたようだ。そして今がリベンジチャンスというわけだろう。

 トリさんは得意のかまいたちで、依織が塩で固めていない部分、すなわち胴体を狙った。ビュオオとひと際大きな音をたてながら、風の斬撃がマンティコアを真っ二つにする。

 

「ひえ……」


 依織のちょっと引いた控えめな悲鳴とは対称的に、周囲からは感嘆の声があがった。


「さすがガルーダ」

「一刀両断とは、見習わねば」


 賞賛されてまんざらでもなさそうなトリさんが依織の傍に降り立つ。これはあれだ。褒めろ、と言っているらしい。


「トリさんありがとう。とってもかっこよかったよ」


「自分からも感謝を。素晴らしい腕前だ」


「ギョエッ♪」


 依織のみならずイースからも褒められトリさんは更にご機嫌になったようだ。

 さて、あとは事後処理の時間である。


「イオリ殿、少々お時間をいただけますか?」


「あ、はい」


 返事をすると、ラクダから降ろして貰えた。その後、トリさんや他の兵士さんに護衛される。

 隊長やイースは未だピクピクと蠢くマンティコアの生死確認をしにいったようだ。

 だが、それもじきに済むはずだ。

 夜明けの戦闘は終わり、砂漠に灼熱の日光が降り注ごうとしている。


(……今日も暑くなりそう。でも、これでまた日常に戻れる、よね)


 ポヨポヨ動き回っては塩を補充するシロと、兵たちに口々に褒められて得意げなトリさんを見ながら、依織は微笑んだのだった。

【お願い】


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[一言] トリさん最高‼️
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