29.魔女と伝説の魔物①
次回更新は金曜日を予定しております。pixivコミックの方は本日お昼頃更新予定です。
砂漠は今日も雲一つない快晴。夜の帳がそろそろ上がろうとしている、不思議な色合いの空が中々美しい。
(ナニ日和って言えばいいかな? お出かけ日和? 決戦日和?)
太陽が顔を見せる前に色々やっちまえ、という国民性の砂漠の民はこんな時間でも元気だ。前世では一番静かな時間帯だったので、なんだか不思議な気分である。
今日まで依織にできることは何一つなかった。というより、魔力回復のためにあらゆることをせず、上げ膳据え膳の状況を整えられた。指揮はもちろん過保護の権化、キラキラ魔人のイザークである。
依織にとって一番の休憩はキラキラを浴びないことなのだが、そこはご理解いただけなかったようだ。当然である。そのキラキラが自分には害になるんです、なんていったらイケメン侮辱罪でしょっぴかれるかもと思うと伝えることはできない。伝えない方が良い情報も世の中にはあるのだ。
そんな凶悪なキラキラを振りまく男イザークは、トリさんと何やら雑談中のようだった。
「もし、万が一があったら、イオリを連れて逃げてほしい。頼む」
何をトリさんに吹き込んでいるのか、とちょっと胡乱な目線を送ってしまう。そんな憂いを帯びた目線で懇願する先が世の一般女子であったら秒でノックアウトされてしまうではないか。幸いなことにトリさんに彼の魅力は通じないみたいだけれど。
ただし、トリさんはちょっとチョロい部分がある。
「強くてかっこいい君にしか頼めないんだ」
「ギュエエ!」
そう、トリさんはおだてに少々、いやかなり弱い。頼られて嬉しい、褒められて嬉しい、よくわかってるじゃないかニンゲン、みたいなオーラがビシバシと感じられる。お得意の翼サムズアップまで披露していた。
(王族がアレで……いいの?)
そんな疑問に首を傾げていると、彼の傍にいたラスジャと目が合った。
「……あ、オレはなんも聞いてないッス。大丈夫ッス」
露骨に目線を逸らし、そんなことを呟いている。
それでいいのか二人とも。
腕の中にいるシロからは冷めた雰囲気が漂ってくる。シロ自体がちょっぴりひんやりしているのでこの砂漠では貴重な癒しだ。
ここ最近、なんとなくではあるがシロの機嫌がわかるような気がする。これは、もしかしたら友達度合いがアップしているのかもしれない。
依織自身、どうなんだトリさんと思わないこともない。だが、どうせなら気分よく出陣してほしいという気持ちは一緒だ。このままでも支障はないだろう。あとイケメンこわい。
「そろそろだが、イオリ殿、準備は?」
「あ、はい、あのダイジョブ、です」
イースに後ろから声をかけられて返事をする。今回も依織はイースと行動だ。
(あ、凄い。本格的な戦いの装束って感じ)
周囲の行軍メンバーも着ている戦闘衣装をイースも身に着けていた。今までは砂漠の移動の快適さを優先したスタイルだったようだ。しかし今回は戦うことが決定しており、その場所もある程度は絞れている。戦闘力を重視したスタイルのように見えた。ただし、依織の目に留まるのはその刺繍部分である。
(わーなんかあの模様って意味があるのかな? そういえばトリさんのリボンに魔法陣刺繍したやつ効果あったみたいだし、戦装束に相応しい刺繍とかもあるかもしれない。戦いとかは好きじゃないけど、そういうのを考えるのはちょっと楽しいかも。見た目と機能性を両立した刺繍、いいなぁ。時間があるときやりたいなぁ)
依織がほわほわと刺繍に思いを馳せている間に、イザークは行軍メンバーを激励していた。
「イース、何があってもイオリを守ってくれ」
「はっ」
軍人らしくピシッと礼をするイース。だがイザークの心配はそれでも尽きないようだ。伝説の魔物の元へ行く一団を見送る立場だから仕方がないかもしれないけれど。
「だいじょぶ、いってきます」
せめて安心させられるように、と依織は頑張って口角を上げてイザークに告げる。魔力不足という感じはしないし、皆が準備に忙しかった時間は存分にぐーたらさせてもらったので、体力も回復している。
少々イケメンのキラキラを浴びすぎたけれど、多分許容範囲内。イースとラクダ二人乗りによるいぶし銀の浴びすぎもあるけれど、恐らくなんとかなる。たぶん。きっと。
「皆、無事の帰還を願う」
「行ってまいります!」
イザークの見送りの言葉に、街道警備隊の隊長が応えた。出陣の時だ。
今回の行軍にあたり「やはりマンティコア相手なんて無理だ」と思う者には素直に抜けてもらっているらしい。そのため行軍メンバーはやや少な目。それは依織にとっては好都合だった。
(だって、顔と名前がさっぱり一致しない皆さまがたくさんいても困る、すごく困る。話しかけられてもテンパるだけだと思うし。何より、人がたくさんいたら塩の壁どこにつくっていいかわからなくなっちゃう)
目で追える範囲であれば、毒のトゲが飛んできても塩の壁で防げるはずだ。なので、事前に「あまり先行する人がいないようにしてほしい」とお願いしてある。本当は依織自身が隊長に言えれば良かったのだが、タイミングが掴めず結局イースに頼った。一応行軍メンバー全員には伝えてもらえたので結果オーライである。
故に隊列は依織を中心にやや横長な感じだ。
「もう少しで、シクシャの叫び声が聞こえた地点です」
先行しているのはプラマナだ。彼自身物凄く怖い思いをしただろうに、この役目を買って出てくれた。男のプライドってやつかもしれないけれど、有難いことに変わりはない。
「ギョエエ!!」
トリさんも周囲を警戒している。マンティコアとかいう魔物をキッチリ目撃しているのか彼であるため、大変心強い護衛だ。心配なのは彼が単身乗り込んでしまうことくらいだろうか。一生懸命言い含めたつもりではあるが、テンションがあがった彼を止められる気はあまりしない。
(……今更だけどトリさんに乗せてもらえばいぶし銀を浴びずに済んだのでは? あ、でもトリさんが攻撃するときに私とシロが乗ってたら重いか)
依織とシロはセットだ。いつでも塩を吐き出してもらえるように依織が抱えている。
明け方の砂漠は少し冷える。
今日は少々風があるため、ちらちらと塩砂が舞っていた。口に入らないように思わずマントを引き寄せた。細かな砂粒、塩粒が肌を叩く。
時折強く吹き付ける風がゴオオと音を立てて、一瞬それがマンティコアとやらの鳴き声なのかと思ったほどだ。
「周囲に魔物の姿は確認できません。ですが砂漠蟻地獄には注意してください」
不自然に地面が凹んでいれば、そこには砂漠蟻地獄がいる可能性がある。気付いた時にはずるずると引き込まれてあとは餌になるだけ。
という魔物らしいのだが、依織は遭遇したことがない。
かなり硬いアリ系の魔物をバリバリムシャムシャと食べてしまうらしいので、多分アゴが発達しているんだろうな、という認識だ。
(出遭ってしまったらまず顔周りを塩で固めよう。顔かな? 口かな? うーーん、とりあえずそのあたり全部)
依織がそんなことを考えている間も一行は歩みを進める。警戒しながらの行軍は、時間が進むにつれて疲労の色が見えてきてしまうものだ。ピンと張り詰めた空気が漂う。
「全く魔物に出遭いませんね」
ポツリと兵のうちの誰かが呟いた。
「油断は禁物だぞ」
「あ、いえ。それはそうなんです。でも、あのなんといいますか……静かすぎませんか?」
彼の声は砂漠の地に良く響いた。
言われてみればその通り。今までずっと向かってくる魔物の群れに手こずっていた。だが、それがパタリと止んでいる。
それは、何故か。
もう魔物の群れは移動する必要がなくなったか、あるいはナニモノかによって既に全滅させられているか。
「総員、警戒を怠るな!」
隊長が全員に檄を飛ばす。
もしかしたら、その声が引き金だったのかもしれない。
砂漠の一部が、まるで吸い込まれるように凹んでいった。砂漠蟻地獄がいるのだと言われたら納得できたかもしれない。
だが、その凹んでいる中央部分が、違う。
「ひっ……」
依織は思わず息をのんだ。そこにいたのは、いや、あったのは。
「マ、マンティコアだ!!!」
兵士の誰かの叫びが響いた。
そう、そこにあったのは人面だ。砂漠の中にぽっかりと浮かぶ人面。顔としては、整っているのかもしれない。だが、それはあまりにも巨大だった。その口が開けばラクダごと人間を飲み込めるほどに。
その口がニタァ、と笑みの形を作った。
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