28.魔女と王族のお話合い
次回更新は水曜朝を予定しております!
「……どうしてもイオリが同行しなければダメか?」
「少なくとも、唯一の目撃者であるシクシャはマンティコアであると断言しています。そして、その状態を隊員たちも目撃しています。伝説の魔物が相手で、しかもシクシャが恐慌状態になったということで士気は著しく下がりました。持ち直したのは彼女と、シロ、トリさんたちがいたからこそ。今彼女たちを外せば被害は拡大します」
街道警備隊の隊長は、イザークに向かってそう断言した。
(うううう、そんなことないって言いたい。でも言えない。コミュ障でもそのくらいの空気は読めるよぉ)
依織は色々言いたいのをグッと飲み込む。依織の気持ちの上では、本当はそんな大人物なんかじゃないと言いたいけれど、周囲から見ると救国の魔女様なのだということは十分に身に染みていた。食堂のおばちゃんを筆頭に、皆が「流石魔女様!」と思い込んでいるからこそ、周りの人がこんなに優しくしてくれているのだ。
あと、練習していないセリフなので多分噛む。
「では、俺も……」
「ダメです」
おそらくイザークは自分も同行しようと言いたかったのだろう。だがそれを、かなり強い圧をかけたラスジャに止められた。ニッコリと笑う彼は今までに見たことがない迫力があった。
「しかし……」
「今回ばかりは許容できません。私の制止を振り切りたいのであれば、王族であることを捨てていただきます。あくまで私は王族の付き人ですので」
いつもの砕けた口調ではない。公的な場ではこれがラスジャの通常運転なのだろうか。人当たりの良い彼の知らなかった一面を見た気分だ。あと、単純に怖い。圧が重い。
(ラスジャも、絶対に怒らせないようにしよう……。こわいよ~……)
ただ、ラスジャの言うことは尤もなのだ。
伝説の魔物がいる場所に何故王族であるイザークがノコノコと出ていかねばならないのか、という話である。確かに彼は腕も立つらしいし、彼がいれば士気があがるという面もあるかもしれない。
しかし、お偉いさんが無駄に現場に立つことによって、ヒラの皆さまがプレッシャーを感じパフォーマンスが落ちる、なんていう話は前世でも聞いたことがある。成功例だって勿論あるが、それは綿密に計算や根回しをした場合だろう。
さっき到着したばかりのイザークが「魔女様がいくならじゃあ俺も」なんて物見遊山にすら見える状態では逆に士気は下がってしまいそうだ。
依織にもわかるくらいに、イザークが戦闘に参加する道理がない。
(空気が重くてこわい~ひぃ~……)
この状況で食事を続けられるわけもなく、ただただこの空気が解消されるのを祈るしかできない。
暫くの沈黙のあと、折れたのはイザークの方だった。
「仕方ない」
「それはこっちのセリフッスよ。まぁゴリカイ頂けてなによりッス」
ラスジャの口調がいつもどおりになり、場の緊張感がほどけていった。依織も知らずに入っていた肩の力を抜く。
だが、受難はまだまだ終わっていなかったようだ。
「イオリはこれから休憩だっけ? じゃあちょっとお話ししようか」
イザークは獲物を逃がさないハンターのような目で宣言した。そんな彼に依織が立ち向かえるわけがない。チラリとラスジャを見たが、彼は笑顔でこちらを見送る構えのようだ。イースや隊長の方にも視線を向けたが彼らは既にいなかった。トリさんたちに協力要請をしに部屋から出て行ったらしい。
キラキラしいイケメンの気遣いにより、食べかけの食事は部屋へ運ばれ、なんならデザートも追加された。
「すまなかった」
依織が寝起きしている部屋で二人きりになった途端、イザークはそう言った。本当は二人きりというのは良くないらしいのだが、護衛の人やラスジャは隣室待機となっている。
「……? え、えと?」
そして依織はといえばいきなりイザークに謝られて困惑していた。
何故、イザークが頭を下げるのか本気で理解できない。
「君を危険な目に遭わせるつもりはなかったのに、こんなことになって……」
「あ、うん。あの、気にしてない、よ?」
危険な目、と言うが依織基準ではそんなことはない。依織がこの世界にきて一番危険だったのは毒サソリの弱毒でお腹を壊したことだ。次いで、キラキラしいイケメン軍団に囲まれたことだろうか。キラキラしいイケメンはコミュ障の健康にはよくない。
それらに比べれば、たくさんの魔物を塩漬けにしたことは大したことではない。ただし、あくまで依織基準で。
「でも、魔力切れを起こしたんだろう?」
「それ、は……あの、加減がわからない、から」
魔力切れに関してはそろそろなんとかしたいと思っている。必死になるとどうしてもなりふり構わなくなり、結果全魔力を注ぎ込んでしまうのは良くない癖だ。
(加減がわからず倒れる度に誰かが私を運ばなきゃいけないわけで……。そんな申し訳ないことしないように気を付けないと! 魔力に安全装置みたいなのつけれたらいいのに)
「その上マンティコアだなんて……誤報であればいいんだが」
イザークは何やら思い詰めているように見えた。依織がこの場にいるのも自分で選んだことであるし、マンティコアをどうにかしたいというのも依織の意志なのだが。
「もし、少しでも嫌だと思うのなら言ってほしい。どうにかして君を派遣するのを阻止するから……そう言ってはくれないか?」
「え、でも……」
言われて考える。
そもそも依織はマンティコアという魔物に対する恐怖心が薄い。見たことがないから脳内であやふやな像を描いている状態だ。幼いこどもが「ぼくのかんがえたいちばんつよいまもの」を落書きしたような姿しか今のところ思い浮かべていない。
それに、依織が一番恐れていることはマンティコアと対峙することではないのだ。
「あの、あのね……」
どう伝えようかと悩む。練習していないセリフだし、リアルタイムで今考えていることを口にするのはどうしても苦手だ。
けれど、イースとも約束をした。伝える努力はやめないようにしたい。
「私、行く、よ?」
「しかし――」
「だ、だってね! 私と、シロと、トリさんなら、つよい、と思うの。た、たぶん」
イザークに反論されそうになって慌てて言葉を挟む。人の言葉を遮るだなんてどのくらいぶりのことだろうか。
嫌われないだろうか。なんだコイツって思われないだろうか。生意気だとか、嫌な感情を抱かれないだろうか。
そんな考えがグルグルする。
(でも、たぶん、だけど。イザークはそんな人じゃない、と思う。というより、そんなことくらいで嫌いになる人だって思う方が、たぶん失礼だから……)
喋るのは不安だ。気持ちを伝えるのは、いつだって緊張するし泣きたくなる。
でも、今はそっちの不安より、伝えられなかったことをあとから悔やむ方がずっと嫌だった。毒のトゲのことを伝えていなかった時の、血の気が引くような感覚は今思い返してもゾッとする。
「私が……その、できることをしなかったせいで、人が傷つくのは、やだな……って思う。だから、私、行く」
なんだかカタコトだし、文章のまとまりがない。それでも、伝えたいことは言えた気がする。依織のコミュ障人生において歴史的快挙の瞬間だ。いつかこれが普通になれば良いと願いつつ、イザークの反応を待つ。
「……参ったな。そう言われては無理強いできない。そもそも、俺がイオリに無理強いできるはずがないんだけどさ」
キラキラの押し売りは無理強いではないのだろうか。そんな疑問は浮かぶものの、心配性なイザークは最終的に折れてくれたようだ。
「絶対に、無理はしないでほしい。もし、危ないと思ったら絶対に自分の身を守って……これだけは約束して」
大変よい顔面がキラキラを大盤振る舞いしながら懇願してくる。
しかも、いつのまにか依織の手を握るという早業まで披露してきた。なんだその特技はやめろください。助けてください。
そのぬくもりと、キラキラの圧に負けて、依織は何を言われたのか理解するより先に頷いてしまったのだった。
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