25.魔女と塩の壁
次回更新は水曜朝を予定しています。
お陰様でpixivコミック4月のTOP10に入ることができました。
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隊員に案内され、帰還した第3部隊の人達の様子を見に行く。もしかしたらコミュ障であっても何かできることがあるかもしれないと思うと、ついていかないという選択肢はなかった。
イースたちとともに通された部屋は、前世の保健室を思わせるような空気が漂っている。ほんの少しだけ、血の匂いがした。そのことが酷く不安を掻き立てる。
「う、うぁ……」
部屋の中には複数のベッドと、椅子があった。うめき声は、ベッドに寝かされている隊員から聞こえてくる。彼の様子はどこかおかしい。目立った外傷は見当たらないのに。
(……目の焦点、合って、ない? ど、どうしてそんなことに?)
もう一人は椅子に腰掛け、医師と思われる人に診察を受けている。疲れ切っているように見えるが、ベッドで寝ている彼と同じく目に見える外傷はなさそうだ。彼と比べればまだ無事なように見える。外傷がないのは良いことだが、そうなのであれば彼らに何が起こったというのか。
「隊長……第3部隊隊員、プラマナ、帰還いたしました。私だけが無事で申し訳ありません」
無事に見える隊員、プラマナが深々と頭を下げる。その表情はやるせなさに満ちていた。
「むり、だ…………く……れる……」
焦点の合っていない兵は、かすれ切った声で呟く。魘され、うわ言を言っているようだった。
「君が無事で良かった。何があったか、報告できるか?」
街道警備隊の隊長のその言葉には、気遣いがにじみ出ている。ただ、隊員はそんな言葉をかけられても、自身が納得できないようだった。握りしめた拳が震えているのがわかる。
「はい。我々第3部隊は夜中のうちに調査地点へ到達。プラマナ、シクシャ、アウディの三人それぞれがお互いを目視できる位置で不審な点がないか調査を行っていました。そして……」
そこで一旦プラマナは言葉を切った。悔しそうに唇を噛む。
「私には、何が起こったのかわかりませんでした。突然シクシャの叫び声が聞こえたのです。慌てて振り返ると、既にアウディの姿はありませんでした」
「周囲の様子は?」
隊長が質問を続ける。だが、プラマナは首を振った。
「今から思い返すと、砂漠蟻地獄でもいたかのような、砂が凹んでいる地点があった気がします。ですが、定かではありません。私はアウディを探すことよりも、シクシャをその場から離脱させることを選びました。その時から彼はもうあの状態になっており……」
3人組のうち、1人が行方不明。もう1人が正気を失っている。自分だけが無傷で、原因も突き止めず帰ってきたとなると、プラマナの心労は相当なものだろう。あれだけ憔悴しているのも頷けた。
(行方がわからないのがアウディさんで、今手当てを受けているのがシクシャさん、ってことかな。でも、どうしてあんな状態に……?)
依織がそんな疑問を持ちつつ、シクシャの方へ目線を向ける。すると、先程までシクシャの手当てをしていた医師が隊長に向き直った。
「すみません、私からもよろしいでしょうか」
「どうした?」
「彼はいわゆる恐慌状態に陥っています。戦い慣れていない一般市民が手に負えない魔物に出遭ってしまったとき、あるいは死の恐怖を感じたときなどになりうる状態です」
「馬鹿な、彼は街道警備隊の一員だぞ」
街道警備隊の任務は街道の安全を脅かす相手と戦うことだ。彼もその一員であり、何度もならず者や魔物と戦ってきたはずだ。そんな彼が普通の魔物相手に恐慌状態に陥るとは少々考えづらい。この場にいる全員が恐らくそう思っただろう。その思いを見透かすように医師は言葉を続けた。
「もちろん、普通の魔物であればこんな風になるはずがありません。ですが彼はこうも言っておりました」
『俺は見捨ててしまった』
『マンティコアだ、敵うわけがない』
医師の口から、シクシャが発した言葉が告げられる。
一気に場が静まり返った。ただし、依織の場合はわけがわからずオロオロしただけだったりする。
(ええと、マンティコア……って、なんか聞いたような。あ、そうだ。この国の成り立ちの話の時に出てきた魔物、だっけ? 前世のゲームとか物語でもそんなのいた気がするけど、どんなのか全然覚えてないよ~。でも、皆の顔を見ると、なんか……やばいの?)
依織は必死にマンティコアについての記憶を辿る。だが、大した情報は思い出せなかった。ぼんやりと、何か動物が融合されたような怪物だったかなぁ、という程度の認識だ。
そんな依織と対照的に、周囲の空気は重いものになっていた。
「……マンティコア、か。それならば無理もない」
隊長の口ぶりから察するに、歴戦の猛者であってもマンティコアに出遭ってしまえば恐慌状態になるのはありうることのようだ。話を聞いている隊員たちの大半が青ざめている。
イースはどうなのだろうとそちらを見ると、丁度目が合ってしまった。
「そうか、依織殿はマンティコアと言われてもピンとこないのか」
「うぇ、あ、はい……あの、物語に出てくる、のは、聞いた」
必死に全く知らないわけではないんだよ、とアピールしてみる。イザーク達が折角話してくれたことを無にするのは少々心苦しい。
依織の必死な様子にイースは頷いてくれた。通じたのかはわからないが、それだけでも少し安心した。
「建国記を話した、とはイザーク様から聞いている。マンティコアとはそこに出てくる伝説の魔物なのだ。始祖様が辛くも勝利した、と言われている」
日本の話で言うと、ヤマタノオロチのようなものだろうか。ヤマタノオロチは確か酔わせて退治したと記憶している。マンティコアにも弱点や、どのように倒したという記録はないのだろうか。
「あ、あの。じゃ、弱点、とか。どう、たおした、とか」
依織の言葉にイースは苦い顔で首を横に振った。
「そういった記述は見当たらない。始祖様が仲間と協力し、倒した、と」
「む、むりだ、マンティコアなんて!」
イースと話していると、悲鳴のような声が響く。年若い隊員が頭を抱えてブルブルと震えている。依織の目には、彼の恐怖が周囲に次々と伝染していくように見えた。
(ど、どうしよう。これ、絶対良くない雰囲気だよね。でも、私にこの場をどうにかするだなんてできっこないし……)
もし依織に弁舌の才でもあれば、皆を鼓舞できたかもしれない。少なくとも、救国の魔女という肩書きには多少の効力が見込めるはずだ。
だが、悲しいことに依織はド級のコミュ障である。そんなことができるはずもなく、広がっていく不安な空気を見つめていることしかできなかった。
「……お前たち」
隊長が皆に声をかけようとする。だが、続く言葉が見つからなかったようだ。もしかしたら隊長自身も恐怖を覚えていたのかもしれない。
そんな気まずい沈黙を破ったのは、外からの叫び声だった。
「た、隊長! 魔物が!! ガルーダが!!」
声は外で見張りをしていた兵からのようだ。そこに聞き捨てならない単語が混じっている。
「ガルーダ……トリさん!?」
「イオリ殿、落ち着いてください」
慌てて依織は宿の外へと向かう。ポヨポヨとシロが付いてきてくれている気配がちょっと頼もしかった。もちろん、護衛であるイースもついてきてくれている。依織の行動を止めはしないものの、無茶はしないよう声をかけてくれた。
「お前も落ち着いて報告しろ。何があった」
隊長の声に弾かれるように伝令が報告を続けた。
「はっ! 北東の空にガルーダらしき影が! それを追うように魔物の群れが見えます。ただ、ガルーダは何かを捕まえているようで……」
報告を聞き終えたイースの判断は素早かった。
「イオリ殿、すまないが私がラクダに乗せるので塩の壁を至急頼めるだろうか?」
「ひゃい!!」
依織は噛みつつも即答し、シロと共にイースのラクダに乗せてもらう。
何が起きているのかはサッパリわからない。けれど少なくともトリさんはまだ無事だったようで心底ホッとした。
「いた! アレか!」
トリさんにしては低空飛行でこちらへ飛んできているのがわかる。そして、それを追うように様々な魔物の群れが見えた。一体ずつであれば苦戦はしないだろうけれど、数がそれなりに多い。
「ガルーダが抱えているのは……人か!?」
(……もしかして、人を抱えてるからトリさん速く飛べないの? それともケガ? ううん、考えてる暇ない。追いつかれちゃう!)
「シロー!!」
反射的にシロの名前を呼んだ。それに呼応するように、たぷん、とシロが揺れる。ウダカの町のオアシス整備のために吸い取った大量の塩が吐き出された。
けれど、それだけでは足りないかもしれない。何せ、魔物の量が多い。
(あの魔物たちも巻き込んでながーい壁を……万里の長城みたいなやつ!)
イオリの脳裏に浮かんだのは、歴史の資料集で見たどこまでも続く長い壁だ。詳細はほとんど覚えていない。けれど、魔法の大元になる強いイメージとしては十分だった。それにあらん限りの魔力を込める。
「うわっ!?」
誰かの悲鳴が聞こえた。周囲の塩分がシロが吐き出した塩に吸い寄せられるように一体化したため、一部の地面がいきなり凹んだからだろう。思い切り塩を抜いたせいで、地面の色が変わったほどだ。だが、今の依織にはそんな状況は目に入らなかった。
ただただ、トリさんを助けたい。それだけだった。
「――――!!」
声にならない声をあげながら魔力を使い切った依織が最後に見たものは、どこまでも青い砂漠の空だった。
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