23.魔女とコミュ障の弊害
次回更新は金曜朝予定です。漫画もパルシィとpixivで好評連載中ですので是非チェックしてみてくださいね!
ウダカの町は宿場町として栄えている。この町独自の産業はなく、強いて言うなら宿と旅人に提供する食事や休憩場所、そしてちょっとした娯楽で賑わっている。ちょっと道を外れるとカモを狙う賭博師に捕まって身ぐるみ剥がされる、なんてこともあるらしい。あな恐ろしや。
「イオリ殿はあちらの国の人間と間違われ、狙われる可能性もあります。もちろん守るつもりですが、絶対に離れないよう願います」
砂を踏みしめるラクダの上で、依織はイースからそんな注意を受けた。相変わらずラクダに一人で乗れない依織は、イースと二人乗りだ。前に依織とシロ、後ろにイースという形である。この並びだと町の様子がよく見えて、なかなか楽しいのが半分。もう半分は後ろにイケメンがいるという恐怖がある。これでも対イースだから半分で済んでいるのだ。後ろがキラキラの化身イザークだったらこうはならない。
ルフルの街と変わらない建築様式の中に、稀にではあるが異国要素の混じった家があるのが見える。
それと同じくらいの頻度で、依織と同じ様な肌の色の人を見かけることもあった。衣装もどちらかといえば前の世界の西洋風で、北の国の人であることが窺える。
そんな人がちょっと顔を赤くし何やら色っぽい衣装を纏ったお姉さんに腕をとられて裏道へと連れて行かれたのを見てしまった。
あのチラリズムはどういう布を使っているのか少々気になってしまうが、そんな状況ではない。
「わ、わかりました」
「シロ殿もよろしく頼む」
心の中で裏道に連れていかれた彼の無事を祈りつつ、イースの言葉にはブンブンと勢いよく首を縦に振った。シロも任せろといった雰囲気である。
今は塩抜きの帰り道だ。
会議で塩の壁の設置地点が決定し、その材料集めついでにオアシスも整備してしまおうという作戦である。ルフルほど逼迫していないとはいえ、ウダカの町も塩の侵食の影響はあるらしい。
シロは現在、体に思い切り塩を溜め込んでいる状態である。心なしか満腹満足のような波動を感じた。このポヨポヨのどこにあの量の塩が、と思う。つくづくスライムとは不思議な生き物だ。
あとはこの溜め込まれた塩を固めればお仕事は完了となる。その後は有力な情報を待つだけになってしまう。
「水の不安も、魔物の不安も、どちらも取り除ける良い案だったと思います」
「いぇ、あの、はい。……ありが、とう?」
何もしていないのが心苦しくて提案したのだが、役に立てているのであれば嬉しい。
「でも、やっぱり、いいのかな、とか思う、かも」
「……?」
今日も今日とて依織はイースの世話になっている。ラクダに乗れない依織のために彼を拘束しているのだ。
イースはかなり腕が立つらしい。イザークたちと話しているときにちらっと聞いた覚えがある。
現地の街道警備隊の偉い人と話しているときも、あちらが敬語を使っていたので地位も上なのだと思う。
そんな人を独占して、しかも足扱いしていていいのだろうか。
「その……イースさん、つよい、のに」
確かに依織が見知らぬウダカの町で独り歩きをしていれば迷子になるのは確定だし、先程の話の通り異国人と間違えられて身ぐるみ剥がされる可能性もある。依織は魔法は使えるけれど、極力人に対しては使いたくないのだ。ただし、ならず者を除く。
では、イース以外の人に護衛兼道案内を頼めるかといえばちょっと無理だ。依織のコミュ障の都合がある。慣れているイース相手でさえこの体たらくなのだ。初対面の人相手にコミュニケーションをとれるはずがない。こちとらコミュ障一筋で、一生涯を終えた年季の入りっぷりなのだ。
「水の確保はどの町であっても必要なことです。それに、自分の現在の最優先任務はあなたの護衛。遠慮は無用です」
「……壁作り、がんばる」
結局依織にできるのはそのくらいだ。情報収集や交渉事などは逆立ちしても出来っこないのでやれることをコツコツやるしかない。
「あまり気負わず。……正直なところ、イザーク様にはああ言われているが、ガルーダが苦戦するような魔物相手となるとあなたを頼るしかなくなるかもしれない」
「あの……トリさんて、そんな強い、の?」
これは前から疑問だったことだ。何せ依織とトリさんの出会いが出会いだったので。
「ふむ……イオリ殿がもし、彼と戦うとすれば、どのように戦いますか?」
「……固める?」
シロに塩を撒き散らしてもらって、トリさんを固める様子を想像する。物凄く怒りそうなので絶対にしないけれど。
「あぁ、そうか。あなたはその方法があるか。翼を固めれば飛べない。それはそうだ。だが、普通の人間にはできません。空中を自由に動く相手となると、弓か魔法を放つか。しかしそれも命中するかどうか……」
「あ、そっか」
トリさんはかなり素早い。空中での急旋回もお手の物だ。確かにあれに弓や魔法を当てるのは至難の技だろう。
「そして弓術も魔法も持たない者は、一か八か、ガルーダが直接攻撃してきたときを狙い、カウンターをしかけるしかありません。だが、ガルーダは直接攻撃をしかけなくてもかまいたちも扱えます」
「……強い、かも?」
「かも、ではなく確実に強い。だから、彼を負傷させた相手は相当強いと予測できる。少なくとも、空中へ向かって攻撃できる手段、強力な飛び道具があるはずです」
「飛び道具……。あ、あの毒のトゲ」
トリさんの翼に刺さっていたあの禍々しい毒のトゲを思い出す。
「!?」
「ひゃあ!?」
突然、ラクダが止まった。
動きについて行けず、そのまま前に転がり落ちそうになったところを、イースの手が阻止してくれた。
心臓をバクバクさせながら、どうしたのだろうと振り返ると険しい顔のイースと目があった。
「毒、と?」
「へ?」
「ガルーダの負傷は毒のトゲが原因なのか?」
「え? はい……あっ!!」
そこまで言って、依織は自分の迂闊さに気が付いた。
「……少し急ぐ。イオリ殿は宿の部屋にてその情報を詳しく書き出してほしい。その方が負担も少ないだろう」
「ご、ごめんなさ――」
謝罪の言葉を言い切らないうちに、イースはラクダを急がせた。それに振り落とされないように依織は必死でしがみつく。
(毒のトゲのこと、話しておけばよかった! ど、どうしよう。私のせいで……)
依織はトリさんを負傷させたあの禍々しいトゲを見ている。毒を無効化する魔法陣を使った結果、あのトゲがまるごと消えたので、トゲそのものが毒だったと知ることができた。
相手が毒のトゲを使ってくるという情報があれば、対策が変わるのも当然だろう。このあたりには毒を持つ大蛇や大サソリも多い。備えも多少はあるはずだ。
だが、その準備のための初動が遅れてしまった。依織が伝達を怠ったために。
確かに証拠のトゲが消えてしまったあとでは説明は難しかっただろう。少なくとも依織には、一度しっかり考えて紙に書きだす時間がいる。口頭で伝えるのであれば、その練習時間もだ。
(私が、話せていれば……)
確かに、証拠のトゲが消えてしまったあとでは、説明は難しかっただろう。治癒魔法が使えることを内緒にしたままならばなおさらだ。何より、依織がそれらを説明するのは困難極まりない。
(でも、諦めちゃダメだった。治癒で頼られるのはしんどいけど、でも、毒のことだけでも伝えるべきだった……)
体から血の気が引いていくのがわかる。自分のせいで、誰かが取り返しの付かない事態に陥るかもしれない。
コミュ障なのは紛れもない事実だ。人と話そうとするとパニクるし、噛むし、言いたいことの十分の一も伝えられる気がしない。
それでも話すこと、伝えること自体を諦めてはいけなかったのだ。
(せめて、せめて宿についたらきちんと伝えられるように書かなきゃ。配慮してくれてありがとう、ごめんなさい。あ、あと毒対策の魔法陣描いたらお守りになるかな……)
依織の頭を様々なことがせわしなく巡っていく。ただただ皆が無事である様に祈ることしかできなかった。
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