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22.空腹の魔女

次回の更新は水曜朝を予定しております。

「塩の壁、ですか……」


 イースは依織が書いたメモを見て呟いた。依織はコクコクと頷く。頬には持ってきてもらったサンドイッチの様な食べ物がパンパンに詰まっていた。しょうがない、だって、お腹が空いていたから。

 本日の食事はピタパンに様々な具材が挟まったサンドイッチだ。何かの肉とひよこ豆のペーストがメインの具材で、ヨーグルトソースの酸味がとても良く合う。


(すごい美味しい! ん、だけど、量が……)


 普段の依織であれば考えられないことなのだが、正直言って物足りない。お皿の上に上品に乗っていた二つのサンドイッチのうち、一つはもう頬袋からお腹の中へと消えていった。美味しかった。

 そして残るはあと一つなのだが、それだけでお腹が満たされる気が全然しなかった。


(な、なんで? 普段ならこれでお腹いっぱいになってるはず……)


「イオリ殿……?」


「あ、いえ。あの、はい。塩の壁、どうかなって」


 最後の一つとなってしまったサンドイッチを悲しそうに見ている依織を不審に思ったのだろう。声をかけてきたイースに依織は慌てて平然を装った。


「確かにあれば魔物への備えとして大変良いと思います。場所と、それから偵察部隊が通ってくる隙間等については現地の者も含めて相談しなければいけませんが」


「良かった。じゃあ、それ、頑張る」


 この町に世話になる間に出来ることを考えた結果が、町の東側に塩で壁を作る、ということだった。

 もちろん材料が塩なので強度に限界はあるが、トゲネズミの突進一発くらいなら耐えられるようにするつもりだ。材料はこの町のオアシスを侵食している塩をシロに吸い取ってもらえばいい。足りなければいくらでも現地調達が可能だろう。

 ホッして、サンドイッチにかぶりつく。とても美味しい。そして、食べれば当然だがそれはなくなってしまう。大きな一口で食べ進めればあっという間だ。


(おかしい。いくらなんでもおかしいよ、こんな、ちゃんと食べたのにまだ足りないだなんて……)


 思った傍からお腹が『まだ寄越せ』と鳴いた。

 部屋の中に妙な沈黙が流れる。そっと目線をイースに向けると露骨に目を逸らされた。


「……依織殿がよろしければ、会議中にも追加でつまめるものを頼みましょうか?」


 腹の虫の鳴き声はバッチリ聞こえていたことが確定した。穴があったら埋まりたい。なんなら掘ってもいいくらいだ。


「ナーシルから、魔法を行使したあとは腹が減る、と聞いたことがあります。昨日は魔法を使いっぱなしでした。気にすることはありません」


 イースにそんなフォローをされながら、追加の食事を頼むためにも二人で食堂へと向かったのだった。

 食堂では依織たちの到着を待っていたのか、視線が一気にこちらに向く。依織は必死にイースの影に隠れていたのでどうにか逃げ出さずにすんだ。


「魔女様、お疲れ様です」


「…………ぅぇす」


 気持ちの上では、お疲れ様ですと返した。気持ちの上では。発音できていなかったし、声が小さすぎたけれど。

 挨拶してくれた人々の顔を見ることができず、依織は縮こまったまま席についた。このまま小さくなってやり過ごしたい。多分無理だけど。

 イースが宿の人に依織用の追加の食事を頼んだ後、会議が開かれた。


「まず、ガルーダの目撃情報です。ガルーダらしき影が確認されています。この町から見て東北東へ進んで行った模様です」


 しょっぱなからトリさんの目撃情報が出てきて、小さくなっていた依織はガバリと顔をあげる。少なくともまだ突撃してはいないらしい。


「ただこれは、偵察部隊のうちの1人しか確認しておりませんので、少々曖昧な部分があるかもしれないことをご了承ください」


 しかし、追加で告げられた情報に依織はがっくりと肩を落とす。そんな依織を励ますようにシロが頭の上によじよじと登ってきた。

 心配してくれているらしい。大変申し訳ない。


「次に魔物の動向についてです。魔物はほぼ全てが東からこちらにきています。また北のアプの街からも同様の報告がありました。そのため現在国境警備隊を2班に分けて、アプの街の警護にも向かっています」


 アプの街は北の国にいく際に通る、最後の街だと聞いている。あちらの国の行商はアプの街で引き返す人も多いらしく、実際に住んでいる人間よりも旅人や冒険者が多い大きな街だそうだ。

 独自の警備体制は勿論あるのだろうが、非常事態なので戦える人は多い方がいいだろう。


「砂漠の魔女様がいらっしゃったので、こちらの戦力は十分な気もいたします。北に増援を向けても大丈夫でしょうか?」


 威厳がありそうな髭の人がこちらにお伺いを立ててくる。依織としては問題ないのだが、チラリとイースに視線を向けた。


「……あまりよくはない。イザーク様からの厳命でイオリ殿は最前線に出すなと言われている」


 イースは眉を寄せている。怒っているというよりも困っているというのに近そうだ。依織は名目上調査のためにここにいるのだから、最前線に出なければおかしいだろう。それをイースもわかってはいるのだが、ラスジャ程口達者ではない彼は言いくるめられたのかもしれない。

 しかし、この場合依織はなんと言えばいいのか。なんとなく周りの兵たちが「だったら、何しに来たんだあいつ」という目線で見ているような気がしてならない。被害妄想だとは思うのだが、一度その思考に取りつかれてしまうとどうしても抜け出せなかった。


(声、出すの、こわい……)


 意見を言う。ただそれだけのことがこんなにも恐ろしい。

 トリさんを助けるためなら頑張ろう、その結果グルヤの助けになれるのであればもっと嬉しい。そう思っていたはずなのに、気持ちがみるみるうちにしぼんでいく。


「戦力としてイオリ殿をあてにされると困るが、代わりにイオリ殿からの提案がある。この街の東側に塩の壁を作ってくださるそうだ」


「壁、ですか?」


 イースの言葉で、場の空気が少し変わった気がした。


「イオリ殿は塩を用いた魔法が得意だ。それで壁を作る。俺も一度経験したが砂嵐に遭ってもビクともしなかった。強度は保証できる」


「それは凄いですね!」

「となると場所はどこがいいだろうか」

「調査隊の帰り道も考えなければなりませんね」

「一部分だけわざと隙間をあければ、魔物のルートを限定できますよ!」


 場が活気づき、色々な意見が出始める。その様子を見て依織はホッと息を吐いた。事前にイースに相談していて良かったとつくづく思う。

 皆が意見を出し合い、塩の壁の設置個所が決まっていった。


「そろそろ偵察部隊が戻ってくる頃合いだと思いますので、彼らにも情報伝達をした後に壁の設置をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 そう言われて一も二もなく頷いた。

 どうにか足を引っ張るだけの存在にはならなくて済んだようだ。


「ほい、魔女様お待たせいたしました。追加の料理だよ」


 イースたちが詳細な打ち合わせをしている最中、宿の女将さんらしき人がやってきた。依織の目の前にドンと大皿の料理が提供される。串焼きのお肉に、コロッケに似た揚げ物、それから平たいパン。恐らくこのパンにはさんで食べる料理なのだろう。スパイスが効いているようで、とても刺激的な良い香りが鼻をくすぐった。


「魔法ってのは使うと腹が減るんだろう? たんと食べておくれよ。味は保証するからねぇ」


「あ、ありがとう、ございます」


 人前での食事はちょっと緊張してしまうが、スパイスの香りを嗅ぐと食欲が勝ってしまった。幸い皆は打ち合わせに夢中なように見える。

 美味しそうな料理を前に、依織の口角は知らず上がってしまう。そのまま至福の表情で食べ始めた。

 ちなみに、その無防備な様を見てちょっと腰を浮かす若い隊員と、それを目で制す隊員といった攻防が密かに行われていたのだが、当然ながら依織は気付くことがなかった。

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