20.魔女と砂漠強行軍
次回の更新は金曜日を予定しております。漫画も好評連載中ですのでそちらも是非よろしくお願いいたします。
まだ暑さの残る時間帯の王宮にて。
調査部隊の選抜メンバーが集まっていた。この調査隊の調査名目は、ガルーダを負傷させた謎の魔物の調査、及び、可能であれば討伐だ。街道警備とはあくまで別部隊であるらしい。そうじゃないと命令系統が混乱するのだとか。
ガルーダが負傷したというのは、この国の人にとって結構重要なポイントとなるようだ。依織の頭の中で、トリさんが満足そうに鳴いた。
部隊は依織を含めて8名。部隊長はイースで、依織は今回の調査のアドバイザー兼ガルーダの飼い主として同行する形だ。
メンバーの選抜は難航したらしい。まず第一に街道警備隊の主力メンバーは既に出陣していること。そしてなにより、主だった魔法が使えるメンバーはナーシルと共に南の鉱山へ向かっていたことが原因だ。
ガルーダが苦戦する何かがいる地なのだから魔法使いもいた方がいい派閥と、王都にも戦力を残しておかなければ危ない派閥がモメたらしい。
結局、王様の一言が決め手となった。
「魔女様がお出ましなのだから」
その言葉に一番噛み付いたのはイザークだった、とあとからラスジャに聞いた。
依織自身、どこまで役に立てるかわからないところはもちろんある。ありありのアリで最早オオアリクイだ。だが、神様が『簡単には死なないように』と授けてくれたチート能力があるのだから、イケるのではないかと思っている部分もやっぱりある。
(イザーク、過保護だよね。やっぱり私がコミュ障で、しかも頼りなさそうだからかなぁ。頼れるイケてる女性……だめだ、どう考えてもなれるビジョンが浮かばないや)
そんな過保護の塊は心配でたまらないとデカデカと顔面に書いているような表情をしていた。それでも眩しいのだから意味がわからない。
「絶対に無理はしちゃダメだよ」
今回のことでまた仕事が押してしまっただろうに、こうして見送りにまで来てくれている。
「あの、イザークも、無理、ダメだよ? ラスジャも」
人には徹夜を禁止する癖に、今のイザークは徹夜でもなんでもして追いかけてきそうな気がして釘をさした。
「オレの場合はイザーク様次第ッスね! なのでもっと言ってやってください」
「お前なぁ!」
そんないつもの掛け合い。いつもと違うのはイザークの表情が心配で埋め尽くされてることだけだ。
だから依織はどうにかサボり気味の表情筋を激励し、笑顔を浮かべる。
「いってきます」
「うん、いってらっしゃい。イース、イオリのこと頼んだぞ」
「承知いたしました」
調査隊は馬車一つと、それ以外は各々ラクダでの移動となった。馬車は依織専用でイースが御者としてついてくれるらしい。これは依織のコミュ障対策でもある。確かに全く知らない人と同席するのは緊張してしまうので、ありがたい配慮だ。
しかもその馬車は話を聞きつけたグルヤが『是非うちのものを』と貸してくれた高級品。耐久性と乗り心地を両立させた逸品だ。なんていうかもうグルヤには頭があがらない。
彼からも『くれぐれもお気をつけください』と念押しされた。
(たくさんワガママを言った分、役に立たなきゃ)
グッと拳を握り、決意を新たにした依織を乗せて、調査部隊は夕焼けの砂漠を行軍していく。
「イオリ殿、シロ殿には負担をおかけするが、道中で魔物が出た場合は対処をお願いしたい」
グルヤが貸してくれた馬車の屋形に依織はシロと乗り込んだ。フカフカのクッションに埋もれそうになる。だが、埋もれている場合ではない。シロも依織も役目があるのだ。気合を入れて手すりに掴まり立ち上がる。
「頑張る……!」
今回の依織の役目は道中の敵を排除することだ。今、街道は安全とはとても言い切れなくなっている。普段ならばいないはずの魔物が現れるのだ。それら全てを退治して進むのは相当時間がかかる。
故に、依織とシロで塩で固めておく。それで大概の魔物は死に至るはずだ。もし生命力が強い個体がいたとしても、塩で丸く固められては文字通り手も足もでない。あとからゆっくり街道警備隊が退治してもいい、と説明された。
シロもやる気十分のようで、ぷるんぷるんと震えている。依織が王宮に連行されて震えている間に、王宮中の塩を吸い取って掃除していたとあとから聞いた。何をしているんだと思ったし、その体のどこに塩を貯めてあるんだと改めて思った。
まぁでもプルプルは癒やしなので良しとする。
ラクダ二頭立ての馬車を中心に、周囲を他のメンバーが固める形で街道を進む。夕焼けの砂漠はまだ熱気があり、駆け抜けることで生まれる風が心地よかった。
ただし、馬車はそれなりに揺れる。クッションがたっぷり備え付けてある最高級品だとしてもだ。
(魔法使うときに呪文とか必要じゃなくてホントよかった。絶対噛む! シロにはポンポンしたら塩出してねって先にお願いしてたし、大丈夫、たぶん)
少し不安が押し寄せてきて、膝の上のシロを両手で抱きしめたい衝動に駆られる。が、片手は馬車の手すりのような場所をがっちり掴んでいるためできない。そうでもしないと猛スピードで進む馬車から転げ落ちそうなので。シロもコロコロと転がり落ちてしまわないか心配なのだが、彼は彼で器用にくっついているようだった。
とりあえず片手でシロの触感を堪能する。いつもの柔らかさに少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「二時の方角、影あり!」
その言葉に緊張が走る。ちょっとシロをにぎにぎする手に力が入ってしまったかもしれない。ごめんシロ。
「魔物です! アポビスが6!」
アポビスは砂漠蛇の一種だ。噛まれるとダメージが大きそうだが毒はないタイプで、結構脂ノリの良い砂漠の素敵なたんぱく源。トリさんがいたら目を輝かせていたに違いない。
魔物だと断言されると、少しだけホッとした。依織が一番怖いのは逃げ惑ってきた人を間違えて固めてしまうことだ。今まで塩の結晶を作ったことも、砕いたこともある。けれどその結晶の中にいる人間を壊さず分解した経験はないのだ。
(万が一、億が一、結晶もろとも分解とかしちゃったら……考えるだけで怖すぎる……! 魔物だけなら容赦しなくていいものね)
「接敵までわずかです!」
「ッシロ!」
声に出しながら、シロをポンポンする。すると、シロが了解したという様に震え、塩をビュッビュと吐き出した。
塩で目潰しされた形となったアポビス達の動きが止まった。そこに向かって魔力を飛ばす。
またたく間にアポビス達は塩をまとって、最後にはコロンとした塩の球体となった。日の落ちた砂漠に不自然な丸い塩の塊がゴロンとしているのは大変不気味である。
それを目にしたイースと部下たちはそろって微妙な顔をした。
「砂漠にどでかい塩の塊、か。好奇心に負けた者が近寄らなければ良いが……」
「いやぁ……でも多分絶命してると思うんで、してますよね?」
蛇といえばなんとなく生命力が強いイメージがある。酒につけられても暫く生きてるとかいう情報をどこかで見たような……。
あれだけ大きな蛇ならさぞかし生命力が強いのではないだろうか。
「わ、わからない、です。あの、アポビスはだいたいトリさんが、食べてた、ので……」
トリさんは大変優しいので、アポビスを倒した際にはお肉を依織にもわけてくれていた。ドン引かれたくはないので、依織も食べていたことは伏せておく。
ともかく、依織はアポビスをこんな風に倒したことはないので素直に自己申告した。
「砂漠の民の誇り高き自己責任ってことにしときましょう。ならず者だったらもう知ったこっちゃないですし」
「それもそうだな。今の優先事項は消耗を抑えてウダカの町への到達だ。急ぐぞ」
イースのその言葉により隊はまた先へ進む。
その道中で様々な魔物と出会った。最初はいちいち停車してくれていたが、シロの砂を吐く速度と依織の魔法展開が恐ろしく早かったため、途中からノンストップになった。
先行している人が魔物の数と方向を伝えて一旦下がり、依織とシロが固めて倒す。
一度流れが出来上がると、そこからは大変スムーズだった。
「……これ、本当に敵に回したくないですね~」
「対処法がわからないもんなぁ。お陰で今は楽させてもらっているけど」
(敵になんか回らないよぉ……いや、ちょっと気が急いてイザークとラスジャの足元固めようとはした、けど。アレは不可抗力だもの)
感嘆と呆れの混じった苦笑を漏らす隊員たちに心の中で抗弁する。あくまで、心の中で。今はコミュ障であることの上に、馬車の揺れが大きくて物理的に口が開けないから仕方がない。
「いいペースだな」
「荷物も最小限ですからね。思ったよりも早くつけそうです」
この街道を走るキャラバンは、壊れ物の荷物なども扱うため、それなりにゆっくりと進むらしい。所要時間はだいたい丸一日ほど。
しかし、依織達は全員最低限の荷物と装備だけだ。ラクダの負担も軽い。一番大事な荷物はある意味で依織とシロだとも言える。
「おそらく日の出の頃には到着できるかと」
「そうであればいいな。太陽が出るとどうしても体力が削られる」
砂漠はだいたいが快晴。暑さに強いラクダでもそれなりに消耗するし、何より乗り手が疲れてしまう。
(闇雲に歩いて行こうとしたの、無茶だよね。あのときはほんと気が急いてたから……)
オアシス暮らし時代に砂漠の散歩はしたことがある。けれどそれは夜の話だ。真っ昼間に太陽を浴びながら歩いたことはないため、どのくらい消耗するかは未知数だ。
あのときイザークが心配して止めてくれてよかったと思う。
ちょっと遠回りになるし、人付き合いも発生するけれどこちらの方が早いはずだ。人付き合いは、発生するけれど。
「魔物はやはりほとんどが北東の方角からきていますね」
「遭遇率の高さも異常です」
「ガルーダもそちらへ向かったと聞いていますし、そこが今回の騒動の原因だとは思うのですが」
「詳しい事情は先行した部隊に聞いてみる方が早いだろう」
イースが逸る隊員達に落ち着いた声でそう告げた。
(トリさんは心配だけど、今私にできることは、ラクダの歩みを止めないように魔物を退治することだけ!)
馬車から転げ落ちないように、再度ぎゅっと手すりを掴む。
空の端はほんのりと明るくなっていた。
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