19.魔女の交渉術(?)
次回更新は水曜朝予定です。漫画も好評連載中ですので、是非よろしくお願いいたします!
「いやぁ……相変わらず無茶苦茶ッスね!」
自分たちの姿を見つけたと思ったら、いきなり錬金術を行使し家の形を変えてしまうニンゲン。確かに傍から見たら無茶苦茶だろう。とてもわかる。でも今は緊急事態なので見逃して欲しい。
そしてその事を伝えるための時間も惜しかった。大変悲しいが無茶苦茶の称号は甘んじて受け入れようと思う。
「イオリ無茶はやめよう。どうしたんだ?」
滑り降りてきた依織を心配そうに見るイザーク。相変わらず優しいな、顔面眩しいな、とは思うが今はその時間も惜しい。普段なら口ごもりつつお礼を言う場面で、依織は勢いに任せて言葉を発した。
「あのっトリさんがっ! ラクダで! ラクダかしてくだしゃい!」
思い切り噛んだ。しかも、文章の意味も全く繋がらない。
トリさんはラクダではない。
あまりの依織のコミュ障ぶりを心配したのか、シロがぴょんと跳んで依織の肩にのっかってくる。落ち着け落ち着けとプルプルしてくれた。
「トリさんって、今飛んでってるアレッスか? トリさんが来たって話はグルヤさんから聞いてますけど」
ラスジャが目を細めて遠くを見る。本日も砂漠の空は快晴で、先程飛び立ったトリさんの勇姿がよく見えた。
「北東の方角で怪我をしたらしいと聞いて見舞いに来たんだが、遅かったか。それで? どうしてラクダ?」
イザークは優しく声をかけてくれるものの、依織のパニックは収まらない。コミュ障が輪をかけて酷くなる。いつも通りではない、酷くなっているのだこれは。たぶん。
「わた、わたし、行かなきゃ!」
「えぇと。多分翻訳すると、トリさんを追いかけたいからラクダ貸してってことッスかね?」
空気の読めるイケメン代表ラスジャが推測を交えた翻訳を行ってくれる。それに依織は一も二もなくブンブンと首を大きく縦に振った。
「いやでもイオリ一人で乗れないよね?」
冷静なイザークのツッコミに依織はショックを受けた。
(そ、そうだった。そもそも私乗れない! しかも戦闘になるかもしれない場所にラクダを連れて行くなんてかわいそう。ごめん、ラクダ!)
「今気づいたって顔してる」
「それだけイオリさんにとっては緊急事態って感じッスかね~?」
「なんにせよわかってくれて良かった……ってイオリ!?」
ラクダには乗れないのだから、もう自分の足で歩くしかない。幸いトリさんの示した方角はわかっている。とりあえず水があればなんとかなるだろう。東の魔物は大型らしいのでサソリか蛇系のを倒せば飢えることはないはずだ。
そんな思いで、倉庫に戻る。オアシス時代のお散歩ルックを探すためだ。革袋に水を入れて、普段着にマントを羽織る。一見すると砂漠を舐めてるとしか思えない格好だが、依織は大真面目である。
「いってきましゅ! シロ、がんばろ!」
ポカーンとしているイザークとラスジャを横目に、舐め腐った砂漠散歩ルックで依織は走り出そうとした。シロはやる気満々といった雰囲気でポヨンポヨンといつもより高く飛び跳ねている。
「ちょ、まってまってまって!」
珍しく慌てたイザークの声が響く。流石に依織のように噛んだりはしないが、まって以外の言葉が出てこなかったようだ。とにかく突撃しようとする依織を止めるのに必死である。
「そんな軽装で無茶だ」
「だいじょぶ、です!」
「多分オレらと出会う前は、こんな感じで砂漠歩いてたんでしょうねぇ。そりゃ魔女様呼ばわりされますって。現実味なさすぎですもん」
「感心していないでお前も止めろ!」
「いやだってなぁ……イオリさんは、トリさんが心配なんすよね?」
問われて依織はコクコクと頷く。
「トリさんがなんで飛んでったかってイオリさんはわかってます?」
その問いにはちょっと詰まる。何せトリさんとは詳細な意思疎通はできないから。
ただ、依織はトリさんが怪我して一度撤退するような難敵にあったことはわかる。それからトリさんの性格も。気位の高い彼が負けっぱなしでいるとは思えないのだ。
「た、たぶん、だけど……リベンジ」
「トリさんがリベンジってことは、一旦ここには傷を治しにきてもらったとか、そういうことッスよね。少なくとも一発では仕留められないとか、長期戦になるとか、苦戦したわけじゃないッスか」
「状況的にそうなるな」
「ガルーダが苦戦する相手に、調査隊、勝ち目あると思います?」
「それは……だとしても、イオリが行かなくてもいい。そんな危険なことをしなくても……」
「イオリさんが心配ってのはわかります。オレも心配ッスよ。でも、じゃあ、誰がガルーダの援護できます? ガルーダが苦戦する何かが国内にいる。これだけでもだいぶ大事だと思いません?」
ラスジャに言われて、イザークは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。どうやらラスジャは依織の応援をしてくれているらしい。
(ありがとうラスジャがんばれラスジャ。私の代わりにイザークを説得して!)
依織は脳内で他力本願寺を絶賛建設中である。頑張れ、ラスジャ。依織はイザークを説得できるような弁論術は持ちあわせてないのだ。コミュ障故に。
せめて、全部が終わったら説得してくれたラスジャにも、心配してくれたイザークにも何か贈ろうと思う。
「やはり許可できない」
「え……」
これは説得される流れではなかっただろうか。思わず口をあんぐりあけてしまう。
イザークは未だ厳しい顔のままだ。
(だ、だめか。じゃあもう強行突破しか……)
「イオリの単独行動は認められない。そんな危ない場所に行くならなおさらだ」
「んーまぁそれはそうッスね」
ラスジャもその点には同意してしまう。どうしてそこで諦めるのだ。君ならもっとできるはずだ。
「じゃ、じゃあ……」
強行突破ですね。
問題は、二人を傷つけずにトリさんを追いかけられる方法だ。塩で足元を軽く固めればいいだろうか、などと物騒極まりない思考に依織が陥りかけたとき、イザークが言葉を続けた。
「調査隊を増員する。依織はそこに同行してもらう」
苦虫をどんだけ噛みしめればそうなるのか、といった苦い顔。彼としては物凄くしたくない決断なのだろう。それをさせたのは依織なので、とても申し訳ない気持ちになった。
でも、譲れない。
「今から部隊を編成しつつ、調査隊増員の言い訳を考える」
「午後の仕事全体的に後回しにして調査部隊編成ッスね。なるはやでやるとしても、行軍の大変さ考えると出発は夕方のがいいかと」
「イオリが乗れるように馬車も用意しよう。その方が負担も少ないはずだ。歩いて行くよりは結局早く動けると思う」
「で、でも……そんな、メイワク、は……」
「君があんな軽装で砂漠を歩くよりは数倍マシだよ。だから、頼むから一人で行かないで欲しい」
こんな、切なげな顔をしたイケメンの懇願を断れる人間がいるだろうか。少なくともコミュ障には無理だ。
切なげなキラキラの圧で圧死しそう。
「わ、わかった。あの、ごめんなさい……」
無理させてごめんなさい。ワガママを言ってごめんなさい。
酷く申し訳ない気持ちになる。今すぐにでも撤回して、なかったことにしたい衝動にかられる。
少なくとも今までの人生だったらそうしていた。だって、自分の意見を折った方がはやいから。
(後悔してるし、これから無理させてるトコ見たらもっとすると思う。でも、やっぱり、トリさんが心配だから……)
「さて、そうと決まればイオリさんにも王宮来てもらった方が話は早いッスね」
「へっ!?」
ぐるぐると悩みだしそうだった依織に意外な言葉がふってきた。そのせいで、ぐるぐるのモヤモヤはふっとんだが、代わりに悩みで占拠されていた依織の脳内が!と?で埋め尽くされていく。一体全体どうしてそうなるのか。
「あぁそうか。魔女殿の予言がどうのって言ったほうが部隊編成が早そうだ。やるな、ラスジャ。ついでにイオリに旅装備も渡せるしいい考えだ。そうと決まればちょっと失礼するよ、イオリ」
「っ!? ひゃあああ!?」
イザークにヒョイと抱き抱えられ、あれよあれよという間にラクダに乗せられた。
「少しばかり急ぐから舌噛まないようにね!」
「スピードアップのためにシロは申し訳ないっすけどオレと相乗りで。じゃ、行きましょう」
抱えられたシロは不服そうに、ピャッピャと塩をラスジャにぶつける。だが、その勢いはかつて出会った時とは比べ物にならないくらい弱い。自分の定位置は依織の膝の上なんだがという抗議程度で、連れて行ってもらうこと自体には不服はないようだ。
そうして依織は悩む間もなく、そして心の準備もないままに王宮へと連行された。
その後も何事かを考える余裕などは与えてもらえなかった。それなりのスピードで疾走するラクダで、目を回してしまったからだ。
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