17.魔女と友人のケガ
次回の更新は金曜日を予定しています。また、パルシィの漫画更新も金曜予定です。よろしくおねがいします。
外から聞こえた爆音に驚いて、依織は慌てて表に出る。
「ト、トリさん!?」
そこにはトリさんがいた。彼が先ほどの爆音の原因だったようだ。
何か様子がおかしい。いつもならシュタッとスタイリッシュに着地しているはずのトリさんが、走ってころんだときの依織の様な格好だ。着地失敗したのだろうかと駆け寄ると、鉄のような匂いが鼻をかすめた。
「ケガしてるの!?」
ギュエエと、トリさんは普段よりも力なく鳴いた。そんな声は出会ったとき以来である。
「ガルーダがケガを負わされるなど、一体何が……」
依織の後ろから、呆然としたグルヤの声が聞こえた。彼の言う通りトリさんは強い。
(空から攻撃できるトリさんが負けるなんて……)
このあたりでガルーダに空中戦を挑み、勝てるような魔物は記憶にない。空は彼の独壇場のはずだ。しかし現実に、トリさんはケガをしている。
「わっ、トリさんどうしたの……って、あぁ!?」
トリさんが何かを訴えるように翼をバサバサと動かす。その左翼には大きなトゲが突き刺さっていた。刺さったところから血がダラダラと流れている。
「トゲネズミの……じゃない、なに、これ……」
明らかにトゲネズミのトゲとはまるで違った。もっと大きくて色合いもなんだか禍々しい。しかも、トリさんの血以外の何かに塗れているような感じがする。
「ギュエ……グゥゥ」
「今、抜くから!」
「お待ちください、イオリ様。素手では大変なことになるのでは? ただトゲが刺さっただけでガルーダがここまで弱るとは思えません!」
すぐに引っこ抜こうとする依織をグルヤが止めた。確かに、よく考えればそうだ。トリさんの怪我を見てかなり動転していたらしい。
「そ、そっか。考えられるのは毒、とか?」
「はい。それにトゲを引き抜く際の出血も気を付けなければならないかと」
そういえば大昔見かけたテレビドラマで、そんなことを言っていた気もする。刺さっているナイフを引き抜く方が出血が酷くなって死んでしまう、とか。
それを思い出して依織の血の気が引く。
(どうにかしなきゃ、トリさんが死んじゃう!)
だが、マゴマゴしている間にも鳥さんの翼からは血が流れている。そんな状況で、唐突にナーシルの言葉が頭に浮かんだ。
『魔法は自分の知識と想像力、そして魔力の三つで成り立っていると考えられています』
依織の魔力量は多い。ナーシルがとても失礼な言い回しで保証してくれている。そして、知識も多少はある。現代日本の常識くらいのものであるが、それでもないよりはマシだ。
意を決して依織は立ち上がり、トリさんが伏せている地面の周りの砂に魔法陣を書き始める。
依織の指先が真っ白な砂の上を滑る。爪の間に砂が入る不快感はあったが、今は気にならなかった。頭の中は、今まで通り大空を舞うちょっと偉そうなトリさんの姿だけ。
描いているのは、神様の本に書いてあった毒を分離させる魔法陣だ。まさかこんなにも早く使うことになるとは思わなかった。
「トリさん、痛かったらごめんね」
そう宣言してから、依織は魔法陣に魔力を込める。周囲の空気が一瞬震え、魔法陣が淡く輝く。同時に、トリさんに突き刺さっていたトゲがボロボロと崩れて地面に落ちた。あのトゲそのものが毒の塊だったようで、魔法陣の効果でさっぱりと消え去った。神様印の解毒魔法陣、効果はテキメンである。
トリさん本人はといえば「マジかこいつ」と言いたげな顔をしていた。その表情を依織が気付いていなかったのは幸いなことである。立派な人外のトリさんにそんな顔をされたらちょっと立ち直れなかったかもしれない。
「おぉ……」
グルヤが思わず感嘆の息を漏らすが、まだ問題は残っている。トリさんの止血だ。トゲに塞がれていた傷口が開き、瞬く間に血があふれ出す。
依織はためらいなくトリさんに触れる。彼はトモダチだから、ヒトではないから、だから大丈夫。
初めて出会ったときに、依織はトリさんの手当てをしたことがある。だが、そのときよりは多分、上手くできるはずだ。
(トリさんの怪我が治りますように。傷がふさがりますように。体の中に入った悪いものもなくなりますように。筋肉とか神経も元通り、表面も元通り、なんならうっかり増強されるくらいでもいい! 今まで通りちょっと偉そうなトリさんが大空を跳べますように!)
そんなことを思いながら思い切り魔力を込める。
「グギャ、ギャアアアア!!」
ここ一番のトリさんの鳴き声が響き渡る。
通常、治癒魔法で痛みを感じることはない。だが、依織は桁外れの魔力の持ち主である。そして、依織とトリさんは人間とガルーダであり、実は魔力の質もほんの少し違っている。それらの差異を無視して依織は治そうとしたのだ。
膨大な魔力任せの力業での治癒。それはトリさんに結構な痛みと不快感をもたらしたのだが、残念なことにトリさんにはそれを伝える術がなかった。もし伝えられたなら『トゲよりも毒よりもお前の治療が一番ヤバかったぞ』と言っていたことだろう。
「だ、大丈夫? ごめんね?」
「おぉ、流石イオリ様。傷口がふさがっておりますよ。少なくとも止血は成功しております」
恐る恐る確認すると、トリさんの傷があった場所には真新しい皮膚が張られていた。その部分だけ羽がなく、ハゲになっている。
確かめるようにトリさんは翼を動かした。トリさんは痛がる様子もなく、滑らかに動かせているように見える。
その様子を見て依織はペタンと座り込んでしまった。よかった、成功したのだ、という安堵からだ。
「あっつ!?」
当然ながら太陽に熱された地面は熱い。すぐに立ち上がることになるが、それでもとても安心した。
何をしとるんだと言いたげなトリさんの目線が刺さる。
「うぅ……頑張って治したのに……。と、ところでトリさん、何があったの?」
依織がそう尋ねると、トリさんは翼でとある方角を指し示した。
「あっち? なにかあるの?」
「……北東の方角、ですな。その、最近街道に現れる魔物たちはそちらから来ているようだ、と報告を受けております」
「も、もしかして、街道の異変の、原因……!?」
トリさんが怪我をさせられるほど強い魔物が現れたから、そのせいで普段棲みついていた魔物が逃げるハメになっている。そう考えるとつじつまがあう。
「いえ、そうとは、言いきれませんが……可能性はありますな」
グルヤもその可能性に思い至ったのだろう。不安そうな面持ちだ。
「ギュエッギュエッ!」
「えっちょっと待ってトリさん、今動いたらだめだよ! 病み上がり? 怪我上がり? だよ!!」
依織たちが考察している間に、トリさんはすぐに飛び立とうとしていた。つい先ほど止血したばかりなので、本調子ではないはずだ。
だが、そんなの関係ねぇ、とばかりにトリさんは吠える。
「も、もうすぐ夜だよ!」
依織は必死で説得する。トリさんは鳥類の魔物だ。例に漏れずトリ目であり、あまり夜間の行動は得意ではなかったはずだ。今現在、太陽はまだまだ元気である。結構暑い。しかし、移動距離によっては到着したときには日が沈んでいるかもしれない。
「あなた様さえよければ、我が商会からお肉を調達しましょうか? 腹が減っては戦はできぬ、と申しますし」
グルヤも説得に参加してくれた。お肉、という単語につられたのかもしれない。
少し宙に浮いていたトリさんはおとなしく着陸した。
「あの、それに、リボンとれそう。私、今から作るよ。お守り。だから、ちょっと待ってて、ね?」
戦いの影響なのだろうか。以前トリさんに結んであげたリボンは破れかけていた。トリさんは今それに気付いたようで、ちょっとバツが悪そうな顔をした。
とりあえずこれで今すぐ飛んでいくということはないだろう。
「では私は今からお肉の手配をさせていただきましょう。それにしても、イオリ様はすばらしいですね。ガルーダの傷も癒せるとは」
「あ、あの、あの。まだ、実験中で、その、ナイショで……」
この事が誰かに、主にナーシルの耳に入ったらなんだから大変なことになる気がする。慌てて口止めをするとグルヤはニッコリと微笑んだ。
「承りました。デキる商人は口も堅いものですからな」
その頼もしい笑顔に、依織は心の底から安堵したのだった。
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