16.魔女と商人の愚痴
次回の更新は水曜日朝予定です
煮出しすぎた苦いお茶にもリラックス効果は適用されたのか。それとも、イザークと話して少し落ち着いたおかげか。なんにせよ依織はぐっすりと眠ることができた。
魔女の一夜城はきっと今日一日静かだろう。
ナーシルは不在。鉱山の問題とやらが解決したら、きっとまたパワフルに暴走しにくるだろう。
街道で緊急事態が起きているせいで、イザークとラスジャも暫くは来れない気がする。一夜城に入り浸りすぎて忘れがちだが、彼らはこの国でも重要なポストにいるのだから。
(なんというか……この国不運続きだよね。幸運のお守りとかあればいいのに)
国全体に効くようなお守りはないだろうけれど、そんなものに頼りたくなるくらい、ちょっとツイていない。万年の水不足に、大型の砂嵐、そしてちょっとおかしな挙動の魔物。
「あんまり、頼りたくはない、ケド……」
呟きながら向かったのは先日拡張した倉庫。こんな気持ちのまま布を織っても、何かしら失敗してしまう気がした。それならば、この状況を打開できるような何かがないか、と例の神様の本の内容をよく読んでみようと思ったのだ。
じっくり読んでみると、確かに生活に役立ちそうな魔法がたくさん書いてある。探し物の魔法なんかは結構便利そうだったし、毒を分離させる錬金術はもうちょっと早く知りたかったような気もする。何せ砂漠暮らしのときはサソリも食べていた依織である。致死量の毒は神様パワーが働いたが、お腹を壊す程度の弱毒には適用されなかったのだ。
他にも興味深いものは多かったが、今の状況をどうにかできそうなものは見当たらない。
「そう上手くはいかないよね」
そもそもどうすれば解決なのか、という時点で躓いているのだ。
例えば前世の人工衛星のように、空から魔物の動きを観察し、天気予報ならぬ魔物予報が出来ればとも考えてみた。テレビのアナウンサーが「本日はお昼過ぎにトゲネズミ、ところによってサンドワームが出るでしょう」なんて言っている姿が思い浮かぶ。が、現実には難しいだろう。魔物の姿が見えたところでその動きを予測はできないし、魔物によっては地中に住んでいるものだっているのだから。
魔物の気配を探る方法でもあれば、とも考えた。だがそれは結局誰かが砂漠に向かわなければならないことになり、その人が困難を背負うことになる。
うーんうーん、と唸りながら本とにらめっこする。やっぱり名案は思い浮かばなかった。
一夜城の中はとても静かだ。それが今だけは少し寂しい気がする。
「……わがままだなぁ」
これまでなら人がいない環境は一番のご褒美だった。今でも、一人静かに織物やハンドメイドをしている時間が好きなのは変わらない。
でも、今はちょっとだけあの騒がしい空間が恋しいのかもしれない。自分の心の変化に少し笑ってしまう。
そんな依織の気持ちに応えるように、来客のベルが鳴った。
「……? あ、イザークが何か知らせに……? なにか悪いこと起きたとか!?」
脳内に考えうる限りの悪いことが浮かんでは消えていく。例えば他のキャラバンに被害がでたとか、調査隊の手に負えないくらい強い魔物が現れたとか――!?
ざわざわとした心のまま玄関に走る。足元への注意が散漫となり、ちょっと転びかけた。
「はい!」
大きな声を上げて、勢いよく扉を開ける。
そこにいたのはグルヤだった。
「イオリ様、ご機嫌麗しゅう。先日は我が商会の者を助けてくださり、誠にありがとうございました」
穏やかな笑顔で一礼するグルヤに、ホッと気が抜けた。想像していたような悪い知らせでなかったことに心底安心する。
同時に、納品するより先にグルヤの部下にその場の勢いで新作を渡してしまったことを思い出した。
「あ、あの、新作、わた、わたしちゃって!」
「あぁ、本日は納品のお願いではなく、お礼を申し上げに。ですが、もし同じものがあるのであれば是非拝見したいですねぇ」
グルヤはいつも通りの笑顔だ。しかし、目の下にはハッキリとクマが見てとれる。先日会ったときよりも疲労の色が明らかだ。街道に異変があれば彼の商会がダメージを受けるのは間違いない。
「お、お茶! いれ、いれます! あと、おなじ、あの、布も!」
依織がお茶を淹れたところで彼の息抜きになるかわからない。何せ依織はコミュ障なので、話し相手としては『もっと頑張りましょう』のハンコを押されるのは確定事項だ。前世でイヤというほど経験している。それでも、何かグルヤの役に立ちたい気持ちが勝った。
その必死さが伝わったらしく、グルヤは一瞬の悩んだ素振りを見せたあと頷いてくれた。
リビングへ通して、昨日商会の人に渡したものと同じものを差し出す。その後大急ぎでお茶の準備をした。
「おまたせ、しました」
コトンとお茶をテーブルに置く。ラスジャからリラックス効果があると聞いたお茶だ。グルヤは布から目を離し、こちらを向いた。
「いえいえ。楽しく拝見させていただきましたよ。こちらもとても良い布ですね」
布を触るグルヤはとても楽しそうだ。やはり商人だがその根っこは布マニアなのだろう。だが、そこからしばらく沈黙が続いた。グルヤも依織も話さない。何か言いたげな雰囲気は感じるのだが……。
依織はコミュ障故に、グルヤの舌を滑らかにするような術は持ち合わせていない。ただひたすらに待つ。
沈黙は確かに気まずい。今までなら謝ってそれで逃げていた。けれど、依織はグルヤの話を聞くと決めたのだ。
(この沈黙は、多分必要なんだと思う。私も言葉を選ぶのに時間かかっちゃうし……。イザークたちは助け舟だしたり、待ってくれたり、本当にすごいよね。同じようにできなくても、待つことくらいはできるはず……!)
そうやって待つこと数分。グルヤは口を開いた。
「……これは決して、イオリ様への要望ではありません。あくまで一介の商人の愚痴としてお聞きください」
そう前置きをした。グルヤの役に立てるならと勇み足しそうだった依織は思わず姿勢を正す。
その様子に笑みを浮かべるも、グルヤは深刻そうな表情に戻って話し始めた。
「実は……ここ最近、街道がおかしいのです」
「!? トゲネズミ、だけ、じゃなく?」
そう聞くとグルヤは大きく頷く。
「私の商会は、国内の流通もそうですが北のスグリト国との商売もやらせていただいております。そしてそのスグリト国との交流のための道は一つしかありません。我が国の北方の地理はご存知でしょうか?」
「……北も山がある、よね?」
「そのとおりでございます。山が一番低く通りやすいところが、スグリト国との唯一の道なのです。そしてその唯一の街道が、近頃おかしいのです」
フゥーと深いため息が漏れた。それだけ、グルヤの商会はダメージを負っているのだろう。
「どう、おかしいの?」
「普段であれば出ないような魔物が出没するのです」
「トゲネズミみたいな?」
「はい。あれも今まで集団で人間を襲うなど聞いたことがありません。群生していないものだと思われておりました。部下の話によれば、トゲネズミは大きい個体から小さい個体までいたとか。まるで一家で巣を捨ててきたように見えた、と」
「……」
やっぱり、と依織は以前考えたことを思い出す。魔物の生態はよくわからないが、小さな子供も含めて逃げ出すというのはやはり嫌な予感しかしない。天変地異の前触れなのだろうか。
「トゲネズミだけではなく、色々な魔物が東側から街道で見かけている、と情報が入っています。もちろんそれは報告済みなのですが……」
「他の魔物も? じゃあ、縄張り争いとか、でも、ない……?」
「あるいは、それら全てが縄張りを捨ててきたか、です。そのせいで街道は安全とは程遠い状態になっています。冒険者を護衛として雇ったとしても、彼らも商売ですからね。そんな強い魔物は想定しておらず、請け負う人が減ってきています。彼らも命が惜しいのは同じですので、気持ちは理解できますが……」
冒険者が護衛依頼を受けないほどの魔物であれば、商人が太刀打ちできるわけがない。このままでは流通が滞ってしまう。
グルヤが疲れた顔にもなるはずだ。彼はその状況をどうにか打破するために昼夜を問わず懸命に働いているのだろう。
「あの、私……」
そう言葉にした瞬間、やたらと明るいグルヤの声に遮られる。
「いやいや、年寄は愚痴っぽくていけませんな。ピンチはチャンスになりえます。このような事態も味方につけてこその商人ですのに」
「あ、あの……」
「老人の戯言だとお思いください。王にも奏上しておりますし、あと数日の辛抱ですよ、きっと」
その言葉はまるで自分に言い聞かせているようだった。
(何を言えばいいんだろう。でも、私にできることなんて……)
なにかしたい。けれど、何ができるかわからない。
そんな状況でグルグルと悩んでいると、突然重いものが落ちてくるようなドカンという音が響き渡った。
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