14.魔女の人助け
次回の更新は水曜日朝予定です。漫画も好評連載中ですのでよろしくお願いします!
助けを求める声と、魔物という単語からイースたちに緊張が走るのがわかった。
イースの背中の向こう側に、転がりながら走ってくる男。その更に向こう側に、巨大な栗のようなものが見えた。
「トゲネズミか!」
あれは依織も何度か見たことある。前世でいうハリネズミのような魔物なのだが、とにかく大きい。大きさの八割は背中に生えたトゲで、可食部はとても少ないやつだ。
そいつが助けを求めている男性に向かってゴロゴロと転がってきている。あのままでは串刺しだ。
「シロっ……!!」
人が目の前で死んでしまうかもしれない。
そう思った時にはもう叫んでいた。
その声に応えてシロが大きく跳ねる。
「ギィ……?」
回転していたトゲネズミは、異変を感じたのかトゲの隙間から顔を出した。そこに向かってシロが思い切り塩を浴びせかける。
瞬時に依織が魔法を展開した。シロが吐き出した塩がトゲネズミを取り囲み、みるみるうちに大きな塩の結晶になる。トゲネズミの氷漬けならぬ塩の結晶漬けが完成した。
「イ、イオリ殿?」
「助かった、のか?」
困惑した声が上がったのはほぼ同時。
片方はイースで、今まさに戦闘態勢に入ろうと剣を構えたところだった。
もう一人は助けを求めて駆けてきた男性だ。どうやら命が助かったらしいことはわかるものの、何が起きたのかはさっぱり、といった表情である。
「あ、あぅ、ご、ごめんなさい」
折角守ろうとしてくれていたのに、その好意を無下にしてしまった。そのことに気付いて依織は小さくなる。
(で、でも人命救助優先で、不可抗力ぅ……いやでも気持ちをないがしろにしたのはそうなわけで……ご、ごめんなさい~~)
「あぁ、いや。少し驚いただけだ。トゲネズミは色々と厄介なので助かった、ありがとう」
「助かったよ、あんたたち凄いな。……って、もしかして国軍の人か? すまない、大至急街道警備隊に伝えてほしいことがあるんだ!」
イースは一度依織の方を振り返る。彼の今の任務は依織の護衛だ。
「……申し訳ない。少しだけ時間をもらいたいのだが」
「いえ! だいじょぶ、です!」
何やら緊急事態のようだったし、依織もこの後何か絶対にやりたい用事があるわけでもない。帰ったらいつも通り何かを作るだけだ。それよりも、何やら大変そうな男性を助けてあげてほしかった。
こちらの話がまとまったことを察したのか、男が話し始める。
「俺たちはスグリト行きのキャラバンなんだ。今朝出発したばかりなんだが、暫く行ったら街道にトゲネズミが現れたんだ!」
「お前たちのキャラバンの護衛は?」
「護衛は勿論二人連れていたよ。でも魔物が手ごわくなるのはウダカの町を抜けたあとだろう? だから、そこで増員する手筈だったんだよ」
ウダカの町というのは王都ルフルの北にあると聞いている。スグリト国までの休憩地点として栄えているらしい。
「トゲネズミは確かに手ごわい部類だが……」
イースの顔が曇る。確かに依織もトゲネズミの相手はしづらい。何せあのトゲは本体ではないため、いくら攻撃をしても無駄なのだ。しかしあんな風に丸まって栗みたくなられては、まず先にトゲを落とすしかないわけで。
(トリさんもアレの相手めんどくさそうだったよね。一生懸命トゲの伐採しなきゃいけないから。私が塩で固めたの見たあとは大体私に任せるようになったっけ)
ガルーダというとっても強い種族 (らしい)トリさんが嫌がる魔物。とはいえ、この砂漠では割とポピュラーな魔物だと思うのだが。
イースもそう思っていたようで、言い淀んではいるが「トゲネズミを倒せないようでは護衛にならないのでは」という雰囲気がにじみ出ている。
男のそんな雰囲気を感じ取ったのだろう。慌てて言い募る。
「違うって! トゲネズミの一匹や二匹で尻尾巻いて逃げるようなら護衛じゃなくて給料泥棒じゃねぇか。そうじゃないんだ、トゲネズミが群れで行動してたんだよ!」
「群れ、だと?」
「あぁ、でかいのから小さいのまでヨリドリミドリだったぜ。あの量だとラクダの足をやられちまうかもしれないって、そう護衛に言われてよ。俺はラクダの扱いが上手いから、一足先に連絡してこいって言われて先行してきたんだ。そしたら無駄に素早いのがこっちにきちまって……」
「小さなトゲネズミの個体は逃げる獲物を追うこともあるからな」
「たぶんそんな個体に目をつけられちまったんだと思う。途中でラクダが足をやられちまってな。申し訳ないが囮になって貰おうとしたんだが、なんでかこっちについてきやがって……あとはあんたたちが見てた通りだ。頼むよ、街道警備隊に連絡してくれ」
イースの眉間にシワが寄る。彼はとても真面目な人だ。
街道がふさがってしまえば国の経済が大打撃を受けるだろう。しかしながらイースは今依織の護衛としてこの場所にいる。依織の塩抜きの依頼は完遂したのだが、一夜城に帰すまでがお仕事なはずだ。
このままキャラバンの男性の歎願通り王城へ向かえば、任務を途中放棄することになってしまう。
(ど、どうしよう。お城にいってイイですよって言いたい。でも、私たぶん、ううん、絶対一人で家まで帰れない!)
イースの部下と相乗りが一番ベターなのだろうが、依織としては避けたい。だって、少なくとも依織の中では初対面だから。道中どうすればいいのだろうか。緊張で死んでしまうかもしれない。
しかし、依織個人のワガママで国の一大事かもしれない連絡を遅延させるのは……。
イースも似たようなことを考えているのか、ちらちらと不安そうにこちらを見ている。どうしたものかという空気を破ったのは、件の逃げてきた男性だった。
「なぁさっきから思ってたんだけど、そちらの方はもしかして砂漠の魔女様か? 俺はグルヤ商会長のとこのモンなんだけど」
「グルヤ殿の?」
「良かったらうちの馬車で魔女様を家まで送ろうか? そろそろキャラバンの連中も……お、きたきた」
彼が言うのと同時に遠くに馬車の姿が見える。遠すぎてよく見えないが、商会の男性の様子を見ると全員無事なようだ。
その後ろから追いかけてくるトゲネズミの姿もない。どうにか撒けたのだろう。
「実際に見た人間の証言もあれば街道警備隊も動かしやすい。すまないが、依織殿を送る任務を引き受けてもらえないだろうか」
「もちろん。うちの商会にとっても救いの主様だからな」
「ありがとう。礼はあとで弾む。お前たちは引き続きイオリ殿の護衛を頼む。負傷者がいた場合はその手当ても。ただ、あくまで優先順位はイオリ殿の安全だ。俺は彼らと合流次第王宮へ向かう」
話がまとまるとイースはテキパキと部下に指示を出した。
どうにか収集がつきそうである。
依織の心情以外は。
(馬車、馬車か……。狭い馬車内でどう会話をすればいいの……。いやでも部下さんにしがみ付いての道中じゃないだけマシだよね。そうだよね)
「いやしかしあっちぃっすね。もうそんな時間か」
「確かに。日陰に入らせてもらうか」
馬車到着までの間を日陰に入ってしのぐ。
そういえば、グルヤの商会の人は大急ぎで逃げてきたせいか、日よけ布を纏っていなかった。
「あ、あの」
「はい、なんでしょう魔女様」
「これ……」
このあと依織は馬車に乗せてもらうのだから、日よけ布はなくてもいい。頑張って逃げてきた彼への労いの気持ちもある。
「えっいいんすか!? ラッキー! 家宝にします!!」
「え、いや、その……使って?」
「そんなもったいない!!」
そんなひと悶着がありつつも、依織は無事キャラバンの馬車で一夜城まで送ってもらうことになった。その後、その日よけ布を巡り激しいバトルが繰り広げられたというのは依織の知らぬことである。
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