閑話 王族の思い
ストックがなくなってきたので次からは週3更新になります。次回更新は月曜日の朝予定です。
「イザーク様、思ったよりも独占欲爆発しなかったッスねぇ」
「なんの話だ」
今日も今日とて王族とその付き人は、魔女の一夜城から王宮へと戻っていく。戻ればまた山積みの仕事が待っているため、その足取りはちょっと重い。といっても歩いているのはラクダだが。気持ちがちょっと重い。
話を振られたイザークはとぼけているといった風ではなく、本当に何を言っているのかわからないというような怪訝な表情をする。
「ナーシルがイオリさんの手をとってたとき、噴火するのかなーとちょっと面白……げふん、じゃない、心配してたんスよ」
イザークは依織に対してとても過保護だ。確かに彼女は庇護欲を誘いつつも、ちょっとつついてみたくなるような何かがある。つつきすぎると失神するか、国外まで逃亡する恐れがあるのでやりすぎは要注意だ。
国内には色々と依織を狙う輩がいる。救国の魔女様を己の陣営に引き込みたいのは何も王家だけではないのだ。むしろ王家以外の方が必死かもしれない。それをイザークがちぎっては投げちぎっては投げしてる。ちぎったはずなのに復活しているアンデッドじみた連中がいるため、面倒なことこの上ない。
最近の仕事は依織関係が3割を超えそうな勢いだ。
「わざとらしく言い直すな」
イザークはギロリと睨みつけるが、ラスジャはいつも通りヘラリと笑って意に介さない。イザークとラスジャは確かに主従ではあるが、数年来の友人でもある。この程度の軽口で不敬だなんだというやりとりはしない。
この砕け切った関係の始まりは、揃って隣国に留学したときからだとラスジャは記憶している。隣国は上下関係が厳しく、身分が上の者に意見するときは一族の首をかけて、というような空気があった。流石にそれを実行する者は少なかったが、身分差が絶対であったのは確かだ。それを見て以来、イザークの方から『公の場以外であれば不問』と言われている。身分が上だからと言って、間違わないわけではないのだからという主張にはラスジャも大きく頷いたものだ。
少々不問の域を越している時もあるのは気のせいということにしている。それか、彼が付き人の領分を超える仕事量を持ってくる件で相殺だと主張したい。
「独占欲も何も、最重要事項はイオリがこの国にいたいと思ってくれるかどうかだからな」
「あーまぁそうッスね」
イザークは王族だ。国を継ぐことはほぼないとは言え、王位継承権は微かにあるし、何より国のためを思って動いている。不便な土地であるにもかかわらず、クウォルフ国民は愛国心が強い。そんな国民の気持ちに応えるべく、暮らしを少しでも良くしようと王宮勤めの皆は頑張っている。
王族や、宮仕えの考えはそんなものだ。
「国にいてもらって、しかも身分を保証するなら結婚することが手っ取り早い。叔父上のお嫁さんなら一番身分は保証されるけど……」
「……無理ッスね」
たとえ何番目の嫁になろうとも、王宮での扱いはそう変わらない。王の身内として大切に大切に扱われる。たくさんの侍女に傅かれ、危険を排除するために四六時中護衛が身辺を警護する。
そんな状況にあの依織が耐えられるかと言われれば絶対にノーだ。
「年齢が釣り合って、身分もそこそこ保証できてって考えると俺が適任じゃない? イオリは性格も含めてかわいいなぁと思ってるし」
「でもそれって、イザーク様に限らずナーシルだってよくないです? あ、俺がお相手に立候補でもアリっすよね?」
「……そりゃあ」
ラスジャの現在の仕事のメインはイザークの補佐だ。補佐と聞くと軽んじる者も一定数いるが、当然ながら国の重役だ。もちろん王族に比べれば見劣りはするものの、国内での身分は高い部類に入る。家柄もよく、王が信頼している一族の出身で、自身も優秀だ。それこそイオリに会いに行くために無茶をするイザークの手綱をきっちり握って采配する腕は他にない。もめごとの緩衝係としても優秀である。その割にイザークをからかう場面が多いが、それは昔馴染みの気安さだろう。
ナーシルは言わずもがな、魔法の腕は国一番だ。研究熱心で現状に驕らず、探求熱心な研究者と評判である。その中身はアレでアレだが、少なくとも周囲からの評価は高い。家格はラスジャに劣るものの、その腕一本だけで食っていくことも可能だ。
二人とも、救国の魔女様を娶って守るだけのネームバリューはある。
だが、イザークは頷こうとして、一瞬言葉に詰まった。
「イオリの気持ちが一番だろう? 心地よく国にいてほしいわけだし」
「どんなに物理的に閉じ込めようとしてもサラっと逃げそうだから、自らこの国を気に入って根を下ろしてくれればいいなーっていうのは大賛成ッスよ。だから、イオリさんが選べばその人でオッケーと」
「彼女を守れないようであれば困るから相手は選ぶけどな」
「例えばイオリさんが惚れた相手が無位無官の平民だったら?」
イオリはそもそも人様と交流して恋心を育めるのか、というのはこの際置いておく。限りなくゼロに近いが、ゼロと言いきれないし。限りなく、ゼロに近いが。
「それはどうにか潰すかなぁ」
ゼロに近いけれど、起きれば容赦しない。笑顔だが、目は全く笑っていない。そんなことがあれば、確実にイザークは相手を消すだろうことが窺えた。
ラスジャはそれが彼らしくなくて、見えない角度で苦笑する。
「でも、取り込める相手であればそいつをイイ感じの家に養子にする手もあるッスよ。相手によりますけど、ウチはたぶん養子オッケー。そもそもイオリさんをどっかの養子にするだけでも地位としては随分守られるッスよね」
矛盾点を指摘すると、イザークは面食らった顔でラスジャを振り返った。やはりそちらの方法を考えついていなかったようだ。いや、わかっていたけど見ないふりをしていたのかもしれない。普段であれば聡明で冷徹な仕事の鬼の視野が少し狭まっている。
「それは……そうだな」
ラスジャの提案自体は正しい。依織を守るという目的だけを考えればそれなりの家の養子に入ってもらえばいい。惚れた男が無位無官であっても、同じことだ。
依織の気持ちが第一というのであれば、依織が惚れた男を消す必要はない。
「まぁでも、信用できるかどうかという話になるよね」
「そんなーこんな健気な忠臣のおうちを疑うんスかー?」
「お前の家ではなく、その、イオリが惚れた相手のことだ」
「ははぁ、なーるほどー」
これ以上からかうのは良くないと、ラスジャは戦略的撤退をする。そもそも、寝た子を起こす必要はないのだ。あとの楽しみが減ってしまう。
(王族としての責務みたいな顔してるけど、正直個人としても、じゃないッスかねぇ? 普段の仕事であれば判断鈍ってる感じはないから。まぁ十中八九原因はそーゆー事だと思うんだけどなぁ)
仕事に支障があれば思い切り釘を刺すことは考えていた。折角本人から直々に許可を貰っているのだから、やらない理由がない。
だが、今はこの程度のジャブでも十分だろう。
(こっちの常識が通用しない相手に、王族として接してるだけって言うにはちょっと無理があると思うんスよね。まぁこっちは言わなくてもいいか。面白いから)
「おい、ボーっとしてると仕事が終わらんぞ」
「えっそれオレのセリフでは!?」
そんな掛け合いをしながら、二人は王宮へと戻っていった。
【お願い】
このお話が少しでもお気に召しましたら、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
作者のモチベに繋がります。
ブックマークも是非よろしくおねがいいたします
漫画のはパルシィとpixivコミックにて好評連載中です!