5.コミュ障と三すくみの戦い
依織が住む家の中は、出来るだけ日光を遮断するように作られているため薄暗い。風の通り道用にと作られた狭い穴から少しだけ冷やされた空気が通るため、中はあまり暑くならないのが救いだ。
そんな住居の中で、依織は頭を抱えていた。原因は、イザークが持ってきた紙だ。
この紙からの情報で知ったことだが、彼らはなんとこのオアシスが所属している国の兵士だという。道理で妙に良い装備をしていると思った。賊ではないと思っていたがまさかそんなお偉いさんだとは思わなかった。
「…無礼討ちとか、されないよね?」
会話が出来なさすぎて手打ちとか。
わざわざ筆談とかいう手間をとらせて手打ちとか。
そういうことはないだろうか、と心配になってしまう。そうでなくても、かなり無礼だったような気がしてきた。命は取られないまでも強制労働の刑とかになるかもしれない。
グルグルと頭の中を巡る悪い想像にブルブル震えて怯えながら、なんとかそうならないように返事を考える。
あちらの要求は大まかに言えば一つだけだ。
砂漠の浸食を止める方法を知っているか。
ただ、これについてはなんとも言いがたいところがある。
この小さなオアシスで、依織一人が暮らすだけであれば答えはイエスだ。このオアシスは一人で暮らすのであれば十分な量の水を与えてくれる。ただし、それはあくまで依織にだけだ。何故なら依織は神様から与えられた錬金術がある。その上ペットのソルトスライム、通称シロもいる。シロの主食はこの砂漠の塩だ。錬金術を上手く使いこなせないうちはシロにオアシスの水を濾過してもらったものだ。
塩と水を分離させる錬金術と塩のみを食べるスライム。この二つがなければここでは生きられない。
「逆に言えば私かシロが行けば多分なんとかなる…。
ただし、王都の砂漠も此処と同じような塩性砂漠であることが前提だけど」
そこは実物を見てみなければわからない。ただ、同じような塩に浸食された砂漠であれば、水だけでなく土地の浄化も必要だろう。塩が強い土地は作物が育ちづらい。現世で一時期雑草を枯らすのに塩を撒くというのが話題になったが、あれは土地を殺しているだけに過ぎない。もっとも都会の土地であれば死んでいる方が管理が楽なのかもしれないけれど。人がたくさん居る上に、作物まで育てている場所であれば塩は厄介でしかない。生きる上で必要な塩分だが、作物には有害なのだ。
シロはそれを分かってくれているようでオアシス周辺だけでなく、椰子の木や畑の周りもグルグル回っては塩を食べている。
ただ、そのシロが他人の言うことを聞くかは不明だ。というか、依織の言うことだって聞いているんだかわかったものではない。正直、この場所の餌を食べてほしい、というお願いを聞いてくれているだけのような気がする。
「実際今どこほっつき歩いてるのよ…足ない癖に」
シロは基本的にこのオアシス周辺にいることが多い。が、普段何をしているのかはわからない。気がつけば椰子の木や畑の周りをグルグル回って塩を食べているようだが、それ以外はよく分かっていないのだ。
例外は、砂嵐が近くで発生した日。野生の勘なのかわからないが、そのときは家の中でじっとしている。この家が安全だと分かっているようだ。
「シロがいうこと聞いてくれるかわからない以上私が行くしかない…?
いやいやいやでも、トリさんくるかもしれないし」
トリさん、というのは数日おきに現れる巨大なトリのことだ。たまたま夜の砂漠を散歩していたところ拾ったトリである。正直に言えば発見当初は「久しぶりに鶏肉が食べられる!?」と思ったものだ。
生きていて怪我をしていたためオアシスに連れ帰って手当をしたところ、なんだか懐かれてしまった。数日おきにこのオアシスに飛んできては、砂漠サソリや砂漠蛇などの動物性タンパク質をもってきてくれる貴重な存在だ。人間でも食べられる部分は依織が、それ以外の殻などの部分はトリさんが食べてくれるので無駄も出ない。
そんな協力関係にあるトリさんが来たときに依織がいなかったら彼(?)も心配するだろう。
なので依織はここを離れるわけにはいかないのだ。
「…でも、正直にそう書いたら無理矢理にでも連行させられるかも…?
ぶっちゃけ私税金も払ってない不法滞在者よね?」
国民が真面目に納税に励んでいるというのに、どこからともなく現れた女が住めないはずのオアシスに住み着いているのは国としてもまずいだろう。
怒られる、ではすまない。
「ううう、やはり勤労奉仕をして免れるしかない?
やだよぉ、人と接するのいや…知らない人ばかりのところ行くのいやぁ…」
どう返事をしたものかと真剣に悩む。
嘘を書いてもいいが、真実がバレたときに何が起こるかわからなくて怖い。さりとて本当のことを書いても自分にとっての不利益がきそうで怖い。
泣きそうになりながら悩んでいると、外から男達の騒ぐ声が聞こえた。
「空から襲撃。迎撃態勢に入れ!」
「陣形を乱すな。弓を用意しろ!」
隊長らしき人の号令に、応、という低い声が響く。
だが、今の関心事はそこではなく。
「空から…えっもしかして…」
慌てて家の外に出る。
太陽は相変わらず飽きもせずにこちらを照らし、白い砂漠は日光をこれでもかと反射させて眩しい。
乾いた風の音とともに、バサバサと、依織にとっては聞き慣れた羽ばたき音がした。
「トリさん!」
逆光であまり見えないけれど、それでもあの特徴的なシルエットはわかる。
角度によっては四枚に見える大きな羽根と、つつかれたら痛そうな鋭いクチバシ。足には蛇らしきものを捕まえているので、恐らくアレが今回の獲物だったのだろう。
そして地上を見れば、弓に矢をつがえる男達。
そういえば、トリさんの姿はデカイ上に結構怖い。敵と勘違いされても仕方がないかもしれない。だが、依織にとってトリさんは友達のようなものだ。
「待って、待って下さい! トリさんに攻撃しないで!!」
思っているよりも大きい声が出た。それから、足も勝手に動いた。
砂漠は砂に足をとられて走りづらい。それでも矢を射かけさせないように必死に走る。
が、そもそも運動不足。何せこの世界に来てからの運動らしい運動は夜の散歩のみ。走ったことなどほぼなく、思った以上に動きづらかった。
ズデン、と大きな音を立てて転ぶ。
体のあちこちに砂がついて不快な上に、熱い。
「いたっ、あつっ!?」
「っ!? 弓、一度待て!」
無様に転んだ依織の元にトリさんが降りてくる。
ポト、と蛇を置いて、こちらを労るようにギュエエと鳴いた。鳴き声は少々、いや大分可愛くないけれど、やはりトリさんだ。
トリさんは依織を一行から守るように翼を広げる。
そこでやっと、トリさんが勘違いしていることに気付いた。
「トトトトリさん、あの人達今のところ大丈夫! 敵じゃないから!
大丈夫だから、攻撃しないで? ね? 威嚇もやめてー!」
必死でトリさんをなだめていると、今度は別の場所から声があがった。
「うわっ」
「なんだ!? スライム?」
「ぺぺっ。しょっぱい!」
「シロ!? 暫く姿見てないと思ったら何やってんのあんたー!
ていうか、そんなことできたの!?」
依織を守るように立ちはだかるトリさん。一行に塩をぶっかけるシロ。
とりあえず攻撃していいものかと悩む国軍ご一行。
この中で一番事情がわかるコミュ障。
三すくみの戦いが今始まる!
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