12.魔女と魔術師
Palcyとpixivコミックにて佐藤里先生の漫画が好評連載中です!
「あ、これは無理」
ナーシルによる治癒魔法の講義が終わった日の夜。依織は神様から貰った本を手に取った。目当ては治癒魔法について書かれた記述だ。
この場合だったらこうしよう、あの場合だったらああしよう、と様々なパターンを想定していた。けれど、それは全て無駄に終わった。それを如実に表すのが冒頭の依織のつぶやきである。
なぜなら神様の本にはこう記述されていたのである。
『治癒魔法を正確に行うためにはまず対象物に触れて―――』
おわかりいただけただろうか。おわかりいただきたい。わかって。
この一文だけでコミュ障にはどうあがいても無理である、と。依織が遠い目をしてぼんやり呟いたのも無理からぬことだろう。
そもそも依織は話すことが苦手だ。そしてそれ以上に人と触れ合う経験は未体験ゾーンに等しい。顔に水をつけるのも戦々恐々としている人間を飛び込み台から突き落とすのにも似た非道な行いだ。無理無茶無謀のお得な三点セットと言ってもいい。
もちろん、砂漠からの移動時などは、一人でラクダに乗れないため、イザークを始めとした様々な人たちと相乗りをした。しかし、それはそうしないとラクダから滑り落ちて余計に迷惑をかけてしまうからだ。何も自ら望んで触れに行ったわけではない。前世では、うっかりイケメンに話しかけられただけでいじめが加速したこともあった。それと同じことが起きやしないかとヒヤヒヤする。
「もっとこう、遠隔的な感じでできるかと思っていたんだけどこれは無理。命に関わる。私の」
この方法は全て封印することに決めた。
ナーシルに教えれば有効活用できたのかもしれないけれど、その説明をするのが既にハードルが高い。ハードル超えて棒高跳びのそれだ。無論棒無しでのチャレンジとなる。
依織は治癒魔法を使ったことがないからこそナーシルに尋ねたはずなのに、なぜ「接触が必要」と知っているのかという話になってしまう。そのあたりを上手く辻褄合わせできる技量もなければ、説明能力もない。ギリギリ文章でのやりとりならば行けるかもしれないが、質疑応答タイムに入った段階でアウトだ。ナーシルから「素人質問で恐縮ですが」なんて言われたら泣き出してしまうかもしれない。
少しはこの国の役に立てたかもしれなかったのに、と依織はとぼとぼとベッドルームへ向かう。睡眠不足は不安を増大させてしまうと経験則からわかっていた。休めるときは休む。詰まったときも休む。それができる今の環境がとてもありがたかった。
「イオリさんすみません。せっかく治癒魔法に興味を持ってもらったのに、この国の治癒魔法を使える人を連れてくることができませんでした」
翌朝、魔女の一夜城に突撃してきたナーシルは開口一番にそんなことを告げる。正直なところ、連れてこられても大変困るのでよかった。万が一ナーシルの作戦が成功していたらコミュ障が爆発し、依織はチリになったかもしれない。
依織はなんとかその素直な気持ちを飲み込んだ。流石にストレートに口にするのは失礼だとコミュ障でもわかる。ただ、うっかり表情には出てしまったかもしれない。
変顔をした依織の様子をナーシルはどう思ったのか。ナーシルは突然ぎゅっと依織の手を取り握りしめた。
「ひぇっ」
イケメン接触禁止法違反の罪で有罪。
そんな言葉が依織の脳内で駆け巡る。当然ではあるが、そんな法律は存在しない。しないはずだ、たぶん。
「大変申し訳ないのですが、僕はしばらくこちらに来れないかもしれません。ちょっと調査に行かなければならないみたいなんです。鉱山で異変があったとかで」
「えっと……みなみ、の?」
この国は国土はそれなりにひろいものの、人が住める場所は極端に少ない。居住地が南北に長く伸びており、鉱山があるのは南の端だという話をイザークたちに聞いている。
だってそこでは宝石がとれると話していたから。クズ宝石とかわけてもらって加工できないかな、などと妄想していたので覚えているのだ。
そんなことよりその手を離していただきたい。
(手汗、手汗がヤバ!! 助けて! 私を転生させたアレ以外の神様!)
「よくご存じで。南にはうちの主産業の一つである宝石がとれる鉱山があるのですが、そっちの方でちょっと魔法学的に不自然なことが起きたとの情報が入ったんです」
「まほうがく……」
「はい。興味がありましたらまたの機会に教えますね。治癒魔法も含めて」
「いぇ、えと、あの」
手を離してください、という言い方は丁寧だろうか。失礼にあたらないか。そんなことばかりがグルグルと頭を回っていく。
そこに更に魔法学だの治癒魔法だのの話題をたたみかけられて、依織のキャパはすっかりオーバーしてしまっている。そもそも、手を握られた時点でキャパが弾けて跳んでいるかもしれない。
「正直行きたくはないんですが、あそこに何かあると本当にうちの国の経済が大打撃を食らうんで。気のせいだといいんですけどね」
「き、きを、つけて、あと、あの、手、手を……」
「はい。パッパと解決して絶対あなたの元へ戻ってきますから」
手を握られ、まるでプロポーズのようなセリフを吐かれる。
そこに、運がいいのか悪いのか。
今まで依織もナーシルも気付かなかったが、イザークが来客のベルを鳴らしていたらしい。ところが待っていても誰も出てこないものだから、心配性の塊イザークが中へと入ってきたところだった。
ようするに、この、誤解されても仕方がない場面をバッチリ目撃されたのである。
「……ナーシル、お前何を」
「ひぃっ!?」
今にも噴火しそうなイザークの声が響く。
あまりの怖さに依織は半泣きだ。ただ、ナーシルに手をとられている時点で涙目であったことは否定できない。
オロオロしながらイザークの後ろに立つラスジャに助けを求める目線を向けるも、露骨にそらされた。彼の背景にはデカデカと『巻き込まれたくありません。オレは空気です』と書かれている気がする。
空気に徹するラスジャ、噴火寸前火山状態のイザーク、まるで恋人のように手をとりとられの依織とナーシル。三すくみの戦いがまたも開幕しようとしていた。
「あ、お二人とも来ていたんですね」
しかし、戦いの火ぶたは切って落とされることはなかった。何故ならナーシルがナーシルだったから。二人に気づくとサラリと手を離し、何事もなかったかのように国一番の魔術師モードに入る。
「折角イオリさんが魔法に興味を持ってくれたんですけど、僕、鉱山の件で呼び出し食らっちゃったんですよ。それでちょっとの間来れないのでお別れの挨拶をしに」
「そ、そうか」
唐突に普段のお仕事モード(非暴走)に入ったナーシル。イザークはその温度差についていけなかったらしい。釣られるようにお仕事モードに入って強制的に毒気を抜かれてしまった。不完全燃焼のようにも見えるが、噴火せずにすんで何よりだ。依織の心臓にもいい。
「はい。では名残惜しいですが行ってきますね」
「あ、えと、が、がんばって……」
依織を含めた三人でナーシルを見送る。そしてその後、依織は対イケメン用コミュ力を全て使い果たし、バッタリと床に倒れこんだのだった。
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