11.魔女と治癒魔法
Palcyとpixivコミックにて佐藤里先生の漫画が好評連載中です!
治癒魔法は、この国でも普及している魔法だ。依織が使っている錬金術や塩魔法とは違う。
もし、魔力がかなり多いらしい自分がそれを使いこなせたのであれば、もう少し役に立てるのではないか。
そう考えて、早三日が経過した。
その間にナーシルは二日、この魔女の一夜城に来ている。もちろん、依織の魔法を解析するために。
だが、どちらの日も、依織は『治癒魔法について教えて』とは言い出せなかった。コミュ障故に。
(今日こそ、今日こそは!)
ナーシルは究極のマイペースだ。そして好きなことに対して爆発的に暴走する。そんな自分のペースで物事を進めるナーシルに『待った』をかけて口を挟むというミッション。コミュ障にとっては装備ナシでエベレスト登山くらい無理難題だ。
その難関をどうにか超えられたのが、この三日目のこと。偉業達成の瞬間である。脳内スタンディングオベーションだ。
「あの、あの! 待って! ナーシル、私、聞きたい、ことがっ!」
依織は自分の特性をよく理解している。練習していないセリフはスラスラ言えないし、突発的な事態にも大変弱い。スライムにも負ける。だから、あのナーシルに分かりやすく簡潔に伝えるためにセリフを何度も推敲し、練習した。それでも機会を二回ほど無駄にしているけれど。ともかく、今度こそ、三度目の正直でナーシルに目的を伝えるのだ。
「私、治癒魔法のこと、知りたいです!」
このたった一言をナーシルに伝えるまでに、本当に時間がかかった。とりあえず言えたことに対して、ホッと息を吐く。
さて、ここからナーシルがどう動くか。せめて暴走はしないでほしいと願いながら返答を待つ。
「治癒魔法、ですか? あれはなかなか難しいものなのですが。いやでも依織さんが興味を持った分野で魔法を勉強できるのが一番かな。やはり興味がないとどんな物事も頭に入っていきませんから」
一瞬、とても戸惑った表情を見せたものの、ナーシルは一人でブツブツ言ったあとに快諾してくれた。
そこからは、いつもの依織の魔法解析の時間ではなく、ナーシルによる治癒魔法講座が始まった。
「治癒魔法は、あらゆる魔法の中でも特別難しいものです」
ナーシルはそう前置きをする。
「以前話したことがあると思いますが、魔法は自分の知識と想像力、そして魔力の三つで成り立っていると考えられています。イオリさんの場合は、魔力がバカみたいに、非常識なほどに高くて、あらゆる面を力技ならぬ魔力技で解決しているというのが今までの解析からわかっています」
(そんな何回もバカみたいにとか非常識とか言わなくてもいいじゃない。神様のオプションだから不可抗力だよそんなの~)
内心ではそんな風に嘆きつつも、ウンウンと頷く。
「魔法には適性があります。とはいえ、魔法が扱える人はどの魔法も使える素養があるとも言えるんです。例えば火魔法が得意な人間がこの国には多いですが、それは風土によるものと考えられています」
暑い国で火魔法。考えるだけで暑い。砂漠の夜は冷えるのでそこは重宝しそうではあるが。
「ですが、我が国に水魔法の使い手がいないかと言うと、そうでもありません。ただ、土地に合わない魔法を無理やり使うと、術者にも不具合が跳ね返ってくることがあるのであまり常用はされません」
「はねかえる?」
「魔法を行使するために使った魔力が逆流してくる現象が一番多いですかね」
「……ぎゃくりゅう」
「魔力が体に流れてる感覚って、あります、よね??」
逆流という言葉がピンと来なかった依織に、ナーシルがおそるおそる問うてくる。
「まりょくがからだに……??」
「そこからでしたか」
ガックリとナーシルが膝をついた。一発KO、依織の勝利。と、言いたいが今は別に勝負をしているわけではなく。
「ええと、その話はおいおい。とりあえず、逆流するとものすごく痛みを感じる人もいますし、酔う人もいます。酷くなれば意識を失ったり、命を落とすこともあると覚えておいてください」
「ひえぇ」
慌ててコクコクと頷く。魔力の逆流、ダメ絶対。
「他にも即座に魔力が枯渇してしまったり……まず術者に害があると思って間違いありません。ウチの国だと水魔法を使った時にとても起こりやすいです。また適性がない場合も起こりやすいので……水魔法適性がない人間がうちの国で水を出そうとするとリスクは倍です」
「ひえ……」
無理やり水を出そうとしなくてよかったと、この時本当に思った。ナーシル曰く非常識なほどに多い魔力が逆流なんてしたらどうなるか、考えるだけで恐ろしい。
「正直に言いますと、イオリさんが居なかったら、そのリスクを承知の上で水魔法使いに水を出してもらってたところなんです。その場合は僕も参加してたと思います。水魔法の適性はありませんが、これでも国一番を名乗ってますので」
「え、でも……水、出せるの?」
「無理やりなんとか。ですが、本当に焼け石に水程度の量で、しかも魔力逆流の危険性ありなので、そんな事態にならずに感謝しているんですよ、これでも」
感謝しているのであれば、グイグイくるのをやめてはくれないか。喉元まで出かかったがなんとか飲み込む。
(ナーシルが私の魔法解析に熱心な理由って魔法オタクなだけじゃないのかも。錬金術がきちんと解析できれば、みんなが使えるようになって、水に困らなくなるものね。将来、無理やり水を出して魔力逆流に苦しむ人もいなくなるし)
「とりあえずこんな感じで、土地に合わない魔法を使うリスクや適性のない魔法を使うリスクについてはわかっていただけました?」
ブンブンと首を縦に振る。魔力があるからと言って安易に水を出してはいけない。心にしっかりと刻み込んだ。
「では次に、治癒魔法についてですね。まず治癒魔法はウチの国に限らず適性を持ってる人がとても少ないです。そして、それは国の風土とは関係ない、というのが多数の見解なんですが……まぁ中には反発している国もありますけど」
本筋と関係ないから、と苦笑いで流された。
(治癒魔法はうちの国の名産品だよ、みたいなこと言ってる国があるのかもしれないなぁ。本当だったら凄いんだけどナーシルの反応からすると、うーん……。ま、いいか。関わらないだろうし)
「僕は治癒魔法の適性がありません。ですが、無理やり行使することはできます。その場合は薄皮が切れて血がにじんだのを治す程度になります。正直自然治癒を待った方が良いくらいですね」
「なる、ほど」
ナーシルはこの国でも一番の魔法の使い手だ。それでも治すことができるのは、ちょっとした切り傷くらいらしい。それがとても意外だった。
「そもそもの話、治癒魔法の使いどころは、えぇと、手足を吹っ飛ばされた時の応急処置というか……」
ナーシルは依織を思って少し表現をぼかしてくれた。要するに、このままでは失血死してしまうような傷を負った時に、止血するのが大半の使用状況なのだそうだ。ただ、それも完全ではないらしい。
「適性がない僕でもやろうと思えば、失った手や足を生やすことはできます。では何故やらないのかと言えば、そんな場面が滅多にないからです。まあこれはない方がいいですよね。もう一つは、そんな手や足が吹っ飛ばされるような状況で、のんびりと手や足を作っている暇がないってのもありますけど」
確かにそんな生死を分けるような戦いのさなかに集中して再生させるなんて難しそうだ。
「あと一番問題となるのが、再生した部分が、どうにも具合がよろしくなくなるんです」
意味がわからず首を傾げる。具合がよろしくないとはどういう意味だろうか。ナーシルは依織に伝わるように、そしてショックを受けないようにと言葉を探しているようだ。
「ええと、なんて言えばいいかな。魔法で作る新しい皮膚というのは、触れられても感覚がないそうなんです。止血のために皮膚に似た何かがはりつけられている、と言いますか」
ナーシルの説明に、依織は錬金術のことを思い出していた。
錬金術も仕組みがわからない人には上手く発動させられないらしい。
(もしかしたら、皮膚がタンパク質とか水分で出来てて、とか、神経や血管があって、みたいな知識がないから? とにかく死なせたくない、血を止めたいって気持ちでやったらそうなる、のかも?)
「あと治癒魔法で治したとしても、痛みが即座に消えるわけではありません。だいたい痛みが消えるのに、自然治癒したのと同じくらいの時間がかかります」
そう言われて依織も納得する。仮説は当たっていそうだ。もしかしたら医学が発展すれば治癒魔法もより便利になるかもしれない。
「さてお話はこのくらいにして実践……といきたいところですが、行きます? 訓練場に行けば怪我してる人くらいいるとは思いますが」
「ムリ!」
「ですよね」
たいへんキッパリと断る依織。
ナーシルは少々残念そうにしていたが、その返答も予想はしていたらしい。少なくとも今すぐ連れて行かれることはなさそうだ。
依織の方は大収穫である。この世界の治癒魔法の常識を知ることができた。
あとは、神様の本を見て相違点を確かめるだけである。
この国の常識を覆しそうなら心苦しいけれど見なかったふりをする。けれど、うまく改善できるのであれば伝えたい。コミュ障に伝えられるかどうかは別として。
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