10.魔女と軍人
Palcyとpixivコミックにて佐藤里先生の漫画が好評連載中です!
「え、あれ、なんで……?」
依織は絶賛混乱していた。混乱すると同士打ちをしたり、行動が起こせなかったりするがそこは依織。バッチリ行動不能状態になっていた。
「今日はどうして固まっているんだと思う?」
「なんでしょうね? そろそろ俺らに慣れてくれたと思ったんスけどねぇ」
のんきに話すイザークとラスジャ。その少し後ろにイースがいた。
珍しい組み合わせに混乱する依織。そして、思い出すのは先日の会話だ。
『あの、これイースさんに! わた、わたひたくて……』
(……報告、連絡、即時退避!! 退避したかった! じゃなくて、ほうれんそうが、不十分だったってこと!? 私の言い方が悪かったばっかりにイースさんに呼び出しをかけた形に!?)
「すみませんでした!」
「うん、なんか定番化してきたね、このやり取り」
「そッスねー。とりあえずお邪魔しますよー。イオリさんお茶淹れにいきましょー」
「うぇ!? あ、はいぃ?」
「良いのだろうか……」
ラスジャに促されるままキッチンへといく。確かにいつもの流れかもしれない。だが、依織の頭の中は無礼を謝らなければという気持ちでいっぱいになっている。
「イオリさん! もう! よそ見危ないッスよ!」
お陰で上の空になりすぎて、危うく火傷をするところだった。ラスジャに注意されなければ本当に危うかった。動揺のあまりに頭から湯をかぶるところである。反省の気持ちは示せるかもしれないが誰も幸せにならない。
「たいへん、もうしわけありませんでした」
ラスジャにお茶を運んでもらって、開口一番深々と謝罪をする。気持ち的には地面にめり込みたい。砂岩はめり込んだら痛そうなのでやめておくけど。
「あの、呼びつけて、しまって……」
「あ、もしかしてイオリさんは呼び出ししたつもりじゃなかった、とかッスかね?」
「そういえば、前回は別れの直前バタバタしてたっけ。すまない。渡して詫びを伝えておいてくれって意味だったのか」
コクコクと頷けばイースが苦笑した。
「詫びなど必要ありませんが、気持ちはありがたく受け取ります」
「まぁ呼んじゃったし、色々説明するなら今やっちゃえばいいんじゃないッスか? なんか前から妙にイースさんと話したそうな素振り見せてましたし」
「何だと?」
「……は?」
「わわわっわっわあっわわ!!!!」
ラスジャの言葉に三者三様の反応を返す。
そして、あからさまに普段よりも挙動不審な依織に目線が集まる。
「ちっちがっ……ちがわなくも、ない? いやでも、今はなすようなことでも……」
混乱が極まりすぎて、つい素直にイースに話したいことがあったと認めてしまう。ただ、その言葉にこの場の全員が動揺した。
ただ依織は以前砂漠で魔力切れを起こしたときにかけてもらった言葉のお礼をしたかっただけなのだが。
「カマかけただけだったんスけどマジ? イースさんも隅におけないッスねー」
「イースあとでじっくり話を聞かせてもらおうか」
「はっ……」
俄然楽しそうに笑うラスジャに、イースに圧をかけるイザーク。そして、何故こうなったのかはわからないが王族には逆らえない宮仕えの悲哀を感じさせるイース。
ここでそこはかとなくブラック企業のような雰囲気を醸し出さないでほしい。前世を思い出してとても悲しくなるではないか。
自分のせいでイースが責められてる空気に耐えられず、依織は慌てて言葉を探した。
「おれい! おれいを! いいたかっただけですぅ!」
「お礼?」
「あの、前、倒れたとき、励ましてくれて! そ、それのお礼を、私、いってない、から……」
嘘ではない。励ましてくれたのも本当だし、お礼を言えていないのも本当だ。
お礼の前にトリさんの非礼を詫びたかっただけで。
「倒れた……あぁ、あのときか。交代で付き添いしてた、砂嵐の時の」
「へー。何言ったんすかイースさん」
「……大したことは言ってない」
イース本人は覚えていないのか、それともとぼけているのか。依織には判断がつかない。ただ、おかしな形にはなったものの、お礼を言えたことそのものには少し安堵していた。ラスジャがこんな風に爆弾を投げなければ言い出せたかも怪しい。
「それでも、あの、ありがとう、でした。それから、あの、トリさんの…あの、怪我が……」
「気にするほどのものではない」
「だそうですよ。よかったですねー。何もないみたいで」
「ラスジャ、お前面白がってるな?」
「そりゃもう。……あいてっ、暴力反対!」
ラスジャが小突かれたものの、その場の空気はなんとか元に戻った。気がする。空気が読めたらそれはもうコミュ障ではないのだ。
とりあえず今の話題を引きずらないためにも、イースに渡したかった布、治療用ガーゼとその説明をしたメモを見せる。
「ほう……」
メモは一枚しかないので回し読みとなる。一人ずつ読んでもらっている時間がなんとも落ち着かないが、さりとて何か良い言い訳を見つけて席を立つことも難しい。
「あの布はそういう用途に使うのか。薄くて透けるしなぁと思ってたんだけど」
「ですが、作るのが大変では? 素材はどちらも高価でしょう」
「えっ……?」
確かに伸縮性のある魔物産の糸は希少だ。だからこそ、それらをあまり使いすぎない配合を考えた。伸縮性と通気性を兼ね備えた自信作なのだが。
「この細い糸、イオリさんしか作れないスよね? 砂漠の魔女お手製ってなるとやっぱりお高くなるんじゃないかと」
「グルヤの店の一番良い場所にバーンと飾ってあったよ、イオリの作品。魔女様の一点物として展示してるけど、簡単には売らないって豪語してたね」
「ナーシルが解析して量産体制が整えばあるいは、といったところだろうか。正直軍としては備えさせてもらえると有難いが……」
「イオリ、さては自分の人件費のこと、頭からすっぽ抜けてたね?」
「うぅ……」
そういえばグルヤもそんなことを言っていた。依織の作る品は人気だと。だがあれは、針子さんたちにという話ではなかったのか。グルヤの店にディスプレイされているなんて知らない。確かにどれも自信作ではあるが、展示されるとなると話は別だ。恥ずかしい。
「今は大量生産は難しい、ってとこだね。今後に期待かな。だからそんな落ち込まないで」
縮こまってしまった依織が凹んでいると思ったのか、イザークが優しく声をかけてくれる。本当にいい人だ。キラキラ眩しいけど。
「自分としては手当てに関する事柄だけでも有難い。傷口を洗う水を用意するのが難点ではあるが」
「もう軽い怪我なら治癒魔法頼んだ方が良いんじゃないッスか?」
「ちゆまほう」
そういえば、あの本にも書いてあった。ただし、その中身はこの世界の常識から外れている可能性が大いにある。迂闊に漏らすわけにはいかない。
(でも、治癒できれば便利では? ガーゼいらなくなっちゃうけど)
「治癒魔法に興味ある? もしそうならナーシルに言ってみるといいよ。……多少暴走する可能性はあるけど」
「多少?」
「いや、いつも暴走しているわけでは……ない、はずだ」
イイ笑顔でツッコミをいれたラスジャに、詰まりながらもフォローをするイース。興味はあるが、前途は多難なようだ。
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