9.徹夜ハイな魔女と王族と付き人
『Palcy』にて毎週金曜日、pixivコミックにて毎週水曜日、佐藤里先生の漫画が好評連載中です!
翌朝。というには大変遅い、ぶっちゃけもう昼という時間帯。
依織は仕事を終えて来訪したイザークとラスジャを、達成感いっぱいの顔で迎えていた。
普段であれば『こんなにしょっちゅう来て仕事は大丈夫なのか?』というのをコミュ障なりに頑張った表現でたどたどしく尋ねていた。が、本日の依織は一味違う。もしかしたら二味以上違ってそもそも別人レベルかもしれない。
「二人ともいらっしゃい! あのね!」
徹夜は人をハイにする。ハイにならない人もいるのかもしれないが、依織は大変なハイテンションになるタイプの人間だったようだ。判断力がなくなり、普段は心の中で文句の一つもつけているキラキラしい顔面も気にならない。ついでに思った通りの作品ができあがって舞い上がっている。
「あ、お茶、いれるね! 待ってて」
勢いよく迎えたかと思えばすぐに踵を返してキッチンへと向かう依織。そんな彼女の背中を二人は軽い頭痛を感じているような顔で見送った。
「……どう思う?」
「笑顔可愛いッスねーとか?」
「おい」
イザークはジロリとラスジャを睨む。が、ラスジャはどこ吹く風、砂漠を吹く風の如くサラリとその視線を躱す。
「いつも来ると『ひええ』って顔してるのに新鮮だなぁと。笑顔での出迎え、お初じゃないッスか? それはそれとして徹夜明けは確定っぽいなぁ、と。火傷でもされたら一大事なんで着いてっても?」
「頼む。俺は状況整理ができるよう努めておくよ」
「あと徹夜したからってあんまり酷く叱らないように心構えしといてくださいね」
やりすぎると魔女様に逃げられちまいますよ、と言い置いてラスジャは依織の後を追ってキッチンに向かう。
残されたイザークは、一つため息を吐いた。言われなければ思い切りお説教ののちに監視をつけているところだった。そのくらい、心配なのだ。
だが、その気持ちを押し付けても良い結果にはならないことは予想がつく。何せ依織はイザークとの距離が近いだけで怯えるのだ。気持ちのままに近づいたらどうなるだろうか。予想がつかないところが面白くもあり、怖くもある。
少なくとも彼女はイザークがよく見る王宮で暮らす女性のようなタイプではない。どんなにスライムのように震えて怯えていても、一人でこの砂漠を生き抜いてきた人なのだ。
もう一度ため息を吐きたくなるところをぐっと堪えて、勝手知ったる家の様子を少しだけ覗く。多少の罪悪感はなくもないが、今は現状把握が優先だ。
いつも茶をふるまってくれるリビングの隣。作業スペースとして使っている部屋を見る。この家は砂岩で作られており、各部屋を仕切るドアがまだない。セキュリティ的にもプライバシー的にもどうかと思うが、そのお陰で作業場の惨状がバッチリ見えた。
「大量の糸に、布、か。かなり薄そうに見えるが……糸が特殊なのか?」
まず目に入ったのは大量の布と糸。そのあたりは想定内だ。しかしその奥に魔法陣が見える。それが少し意外だった。
「魔法使うのちょっとためらってた感じだったんだけどな」
ナーシルの勢いが苦手なのは紛れもない事実だろう。彼に新しい魔法を見せようものなら延々と解説を求められるに違いない。喋るのが苦手な彼女は、そんな事態は避けたいはずだ。
だが、ナーシルを抜きにしても依織は魔法を使って見せるのを避けたがっている様子が感じられた。
「気が変わってくれたのなら、こちらとしては有り難い話なんだけど……」
意識をキッチンに向けるとラスジャと依織の話し声が聞こえる。そろそろ茶の準備ができそうだ。何事もなかったようにイザークはいつもの部屋のいつもの席へついた。
「あの、お待たせしました」
「そんなに待ってないよ。ところで、今日はすごく楽しそうだね」
「はい! あの、ガーゼができました!」
「ガーゼ?」
「伸びて、通気性よくて、あの、怪我したときとかにつかえる、やつで……。あ、あの、傷、舐めたらよくないので」
話の途中で徹夜ハイだった依織が我に返る。
(あ、そう。そうだ! はしゃいでる場合じゃなくって! これワビの品で……)
「ごめんなさい!」
唐突に、流れるような謝罪。謝罪の角度は深いほど良いと聞いたことがあるのでものすごく頭が下がっている。もういっそ土下座の方がいいのだろうか。
ハイテンション後、急降下したジェットコースター依織に対して面食らったのは男性陣だ。
「えっいや、突然どうしたんだい?」
「あーもうこれはイザーク様がからかいすぎたとかそういう……」
「まだ何もしてないだろう!?」
大慌てする男二人がなんとか依織に頭を上げさせる。
(もしかして、イオリは徹夜明けにハイテンションになるだけじゃなく気分が乱高下するタイプなのか?)
イザークがそんな疑念を持つ。そしてそれは正解だったようだ。
「コレ、ワビの品。オオサメください。あとイースさんにも。で、これ、糸が、すごく細いのができて……しかも伸びる魔物産糸と組み合わせた、から……」
いきなりどんよりして謝ったかと思えば、ナーシルを彷彿とさせるようなテンションで語り始める。ただ、本来のコミュ障気質と相まって大変分かりづらい。
それでもなんとか、質問を交えたり、落ち込まれたりを繰り返して聞き取り調査を終えた。
その頃にはとっくに帰城予定時刻をすぎてしまっていた。今日はちょっと空き時間に顔を見て帰るつもりだったのに、とんだ誤算である。
「……今日ケリつけたかったのはわかりますが、明日身動きとれないと思いますよ」
ボソリとラスジャが言う。彼はイザークの仕事のスケジュール管理もしているのだ。イザーク自身も少々やりすぎたという自覚はあるが、彼にも言い分はある。
「しかし、今の状態の依織とナーシルを混ぜたら危ないだろう」
混ぜるな危険。現代日本でもこの世界でも、混ぜたらいけないモノは割とあるらしい。
「まぁ、そッスね。どんな反応になるかまるで予測つかない」
本日、ナーシルが術者会議に出席していて本当に良かったと胸をなでおろす二人。
そんな彼らを見て依織は恐縮してしまう。
今まであわあわと説明したり、謝っている間にだいぶ徹夜ハイは抜けた。
(ううう、徹夜するなら説明書も書いておけばよかったよぉ……)
数時間前の無謀な自分を呪う。もし時間を巻き戻せたら巻き戻したい気持ちはあるが、もしそんな魔法が神様の本に書いてあったらやるだろうか。いや、やらない(反語)
そもそも、あの本そのものが依織の心臓を脅かすビックリ箱っぽくて、あまり見たくない気持ちになってきた。
「さて、イオリ。まとめると、今日くれたこの布は、傷の手当て用の試作品ってことでいいんだよね? そして、イースへのお詫びでもある、と」
「ひゃい……」
詳しい応急処置の方法は口頭は諦めて、お手紙にした方がよさそうだ。彼らが帰ったら早速わかりやすくなるようにまとめよう。
そんな思考がバレたのか、イザークは笑みを深くした。
その気配を察知したのか、ラスジャはそっとテーブルに置いてあったお茶を下げに行く。
「君の気持ちはとっても有り難いよ。……ところで。ここに来た時から思ってたけど、目が真っ赤だね?」
「あっ……」
「食事もとってないね?」
「たいへんもうしわけありませんでしたぁ!」
圧が、すごい。
キラキラが怒涛のように襲い掛かってくるのに、空気が重たい感じがする。
「俺たちが来たからよかったものの、今日誰も来客がない日だったらもっと無理してたんじゃないかい?」
「そ、それは……」
絶対ない、と自信をもって言えない。というか、似たようなことがあれば絶対やる方の自信がある。そのため口ごもってしまう。
「とりあえず、ここに侍女を常駐してもらうことも検討しようね。本当は王宮に住んでもらうのが一番安心するんだけど」
「あうううう」
(王宮はいやだ、王宮はいやだ。あそこは身ぐるみを剝がされる恐ろしい場所……! 全身ひん剥かれたり着せられたりを繰り返したり風呂に沈められたり……ならず者もビックリだよ!!)
実際は単純に依織を飾り立てたい侍女があれこれとやってきて、着せ替え人形にしたがるのだ。それをうまく依織が断れないだけである。ならず者と同等に扱われているとは王宮の侍女たちも夢にも思うまい。というか、シンプルに失礼だ。
「まぁその辺りはおいおい、ね」
(おいおいって何!? 死刑宣告だけして死刑の日取りは教えてくれないんですか!?)
どうやら今回の徹夜の罰は詳細を教えない刑らしい。少なくとも依織はそう受け取った。確かに大変よく効く罰かもしれない。
「とりあえずまた来るね。もう徹夜しちゃだめだよ」
「ひゃい」
この過保護も心配してくれているからとわかっているから一応素直に従っておく。キラキラの圧が怖いせいというのもあるが。
ただ、これだけは伝えなければと頑張る。
「あの、これイースさんに! わた、わたひたくて……」
噛んだ。盛大に噛んだ。仕方ないよね、徹夜したし。という言い訳を今更ながらに使ってしまいたい。通用するかはさておいて。
そもそも、このガーゼを作るに至ったのはイースにお詫びをしたかったからだ。だから、試作品ではあるけれど、その手に渡ってほしくて言葉にする。
「うん、わかったよ」
ただし、依織が一生懸命頑張って伝えても、時には伝わらないこともあるのだ。それは、後日すぐわかることになる。
【お願い】
このお話が少しでもお気に召しましたら、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
作者のモチベに繋がります。
ブックマークも是非よろしくおねがいいたします
漫画のはパルシィとpixivコミックにて好評連載中です!