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8.魔女の相談事

講談社女性向けコミックアプリ『Palcy』にて毎週金曜日に好評連載中です

 来客が全員帰ると、魔女の一夜城はシンと静まり返る。ギラギラと照りつけていた太陽は攻撃力をちょっぴり弱めてオレンジ色になり、砂岩でできた壁を同じように染めていた。

 室内にはイザークやグルヤがプレゼントしてくれた上等なソファやテーブルがある。三人は余裕で座れるソファの上に膝を抱えて依織は座った。ちょっとお行儀が悪いがここは目を瞑っていてだきたい。


「ねぇシロ、やっぱこのことは言っちゃダメだよねぇ……」


 依織はぽよぽよと部屋の中をのんきに跳ね回るソルトスライムのシロに問いかけた。

 声をかけられたシロはと言えば「はて?」とでも言うようにプルリと震えてから依織の傍にきてくれた。その様子が「相談にのるよ」と言ってくれているようでちょっと嬉しい。

 シロは人間ではない。そして返事もない。だけどプルプルと震えて反応をくれるので安心して色々言えるのだ。シロは依織が転生してきたことも、神様と知り合いであることもとっくに言っている。

 どんな愚痴もぽよぽよと受け止めてくれるシロには頭があがらない。癒しのぽよである。


「たぶん、たぶんなんだけど。あの本に書いてあることって、この世界にとってオーバーテクノロジーってやつだと思うの。だってさぁ、私みたいなひ弱な癖に快適さに慣れてる日本人がぽーんって砂漠に放り込まれて長生きって普通は無理だよぉ」


 この塩の砂漠、見た目はキレイなのだがとにかく過酷だ。

 まず日中外に出ようものなら日差しが痛い。痛すぎる。太陽が元気百倍の時間帯はおとなしく日陰にいるか、どうしても外にでなければいけないのであれば一枚羽織らなければ火傷をしてしまう。

 また食糧事情もなかなかに過酷だ。いくら依織の胃袋が極貧生活で飼いならされていたとしても、数日食べなければ流石にツライ。

 そういった環境を改善する細々とした魔法を依織は本の中から見つけて使っていた。生活環境を改善する魔法を中心に会得し、その後は布織りにハマッたため実はあの本の大半は使いこなせていない。

 しかし、ちらっと読んだだけでも便利そうな技術がたくさんあった。

 現代日本人が少しでも快適に長生きできるように、という配慮だというのはわかる。


「でも、でもだよ、シロ。私、こっちの魔法技術がどのくらいかなんて知らなかったの! まさかあそこで生きるために必須の塩抜きの錬金術だけでこんなに有難がられると思わなかったんだもん!」


 あの本には特に目次はなかったものの、パラパラと目を通した感じでは最初の方に生きていくのに必須の魔法、後ろに行くにつれて必須ではないがあれば便利、という風になっていた。

 その本の一番最初にあったのが塩を抜くための錬金術。街の話も少しは聞いていたため依織はぼんやりと『この砂漠に生きる人にとってこの錬金術は必須スキルなんだろうな』と感じていた。一家に一台、冷蔵庫レベルのものだと思っていたのだ。それがまさかこんなに有難がられるなんて!

 ちなみに、風除けの石は次のページに記載があった。


「あんなの、この世界の常識って思うでしょお!!」


 わーーーん、と泣き声をあげてシロを抱きしめる。どれだけ泣きわめいてもシロは受け止めてはくれる。しかし、アドバイスはくれない。アドバイスが聞こえてきたら怖いのでこのままでいい。コミュ障的に怖い。

 そうやって気が済むまでシロに愚痴る。やはり何度考えても依織が口を噤むのがベストだというのが結論だった。


「私の頭じゃ考えつかないけど、悪用できるのもあるかもよね? 分厚い本なんだからそういうの一つや二つはありそうよね!? 私も困ったとき以外は使わないようにするとして……錬金術とかはもう見せちゃったし解析もしてるから、仕方ないよね」


 独り言として呟いたのだが、シロは肯定するようにぽよぽよと跳ねた。


「ありがとう、シロ」


 ぽよぽよむにゅむにゅとシロは大変優しい肌触りだ。おそらく掴んで伸ばせば餅のように伸びるに違いない。


「うぅ、よい手触り……」


 こんなことになるなんて思わなかった。こんなに注目を浴びる予定だってなかった。

 最初は一人静かに生きようとしてた。少し予定は狂ったが、シロとトリさんの三人(人?)暮らしだってとても快適だったのに。

 誰あてでもない愚痴思考が後から後から沸いて出る。


「あ、そうだ。トリさんてば……」


 シロをむにむにぽよぽよしていて思い出したのはトリさんのこと。正確にはトリさんが負わせた傷だ。


「ワビを……ワビをいれなければ!」


 ちなみに依織は幼少期、強気な発言ができればと憧れて任侠漫画を愛読していた。ところどころおかしな言葉づかいだったり、発想が物騒なのはそのせいもある。かもしれない。

 トリさんは手加減してくれたとイースたちは証言してくれたけれど、怪我を負わせたのは間違いない事実。しかも、唾つけておけばーと言っていた人すらいる。それはこの国のスタンダードなのかもしれない。けれど、依織は傷口に唾液をつけるのは良くないことだと知っている。


「応急手当は水で流して、消毒して、ガーゼで覆って……ガーゼとか包帯作れないかな。伸びるやつ」


 依織が連想したのは伸縮性のあるガーゼと包帯。

 先日貰った魔物産の糸はかなり伸縮性があり心を踊らせたものだ。ベコベコに凹んでいた思考が、ぎゅいんとモノづくりの方にシフトする。ヘアピンカーブもビックリの急転回だ。


「あ、でも待って。あれ多分高いよね。使い捨てにするのモッタイナイ。お化けでちゃう」


 確か昼の会話でも最近養殖がはじまった、と言っていた気がする。軌道にのったばかりなのであれば、まだ希少品なのではないだろうか。それを消耗品に使うのはいささかもったいない。洗って繰り返し使えるかもしれないが、衛生面が少々気になる。何せここは砂漠であり水は貴重なのだ。


「使い捨てできる方がやっぱりいいよね。やっぱレーヨンとかの細い糸欲しいな。糸が細ければ他にも活用できるし。でもなーレーヨンみたいな化学繊維、化学が発達してないここで作るなんて……」


 本当にできないだろうか、と思ってしまう。

 だって、依織には錬金術がある。うろ覚えではあるが、たしかレーヨンは植物の主成分を取り出して糸状にしたものだったはずだ。それなら、錬金術でその主成分をとりだし、糸状に加工すれば……。


「えっ。できそう?」


 それはまさに悪魔の誘惑だった。

 先ほどまでシロに「神様からもらったオーバーテクノロジーだから内緒にしないとだよね」と愚痴っていた。その舌の根も乾かぬうちに、錬金術を駆使すれば小躍りするほど待ち望んでいた素材が山ほど作れるかもしれないと気づいてしまった。


「ど、どうしよう、シロ……」


 良心と欲望の狭間で揺れ動く依織。物理的に揺れ動くシロ。

 依織は全体的な物欲は薄い方だ。しかし、ハンドメイドにだけはナーシルの魔法に対する情熱に匹敵する執着心がある。ウソだ、そこまでではないと思いたい。少なくとも人に迷惑をかけては……コミュ障は迷惑に入りますか?

 ともかく、特に転生してこの砂漠に来てからは、無茶な注文もなく、自分の考えだけでのびのびと気の赴くままに製作に没頭できるようになった。ある意味でタガが外れた状態だ。


「い、いいよね。ちょっとだけ、ちょっと実験するだけだから。うまく完成したら人の役にたつかもだし、ね。シロもそう言ってくれてる」


 自分がいつそんなことを言ったと言いたげなシロを横目に、いそいそと製作の準備にとりかかった。まだまだ日は傾いたばかり。灯りのための燃料もたっぷりある。

 試作はとても楽しいものだ。成功すれば嬉しいし、失敗しても次につながる。ニマニマとした笑みを浮かべながら依織は作業に没頭する。

 そして、うっかり禁じられた行いをやらかしてしまった。

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