6.魔女と友達のやらかし
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「あのっ、の、のみもの。あついし! あのっいれっいれ……」
大変テンパりながら頑張って伝えようと努力はする。そして努力の結果がこれである。今すぐ埋まってしまいたい。
ただ「暑い中頑張ってくれた人たちを労いたい。お茶を淹れてふるまいたい」と言えばいいだけなのだが、それがコミュ障には難しい。マヂ無理やはり埋まろう。
「うんうん。イースの部下たちに気を使ってくれてるんだね。でもイオリはこっち。荷物の確認お願いね」
「んじゃオレが飲み物準備しましょうか。そのままほっとくとイオリさんが気にするでしょうし」
そして不思議な事にこのコミュ強たちはあの奇怪な音声から必要な情報を抜き取って即座に動けるのだ。世の中理不尽である。何故人は生まれつきこうも能力に差があるのか。
彼らの爪の垢を煎じて飲めば依織にもコミュ力が少しでも備わるのか真剣に検討したいところである。検討の結果飲まないことになったが。何故なら爪の垢をねだる時点でハードルが高すぎる。コミュ障な上に変態認定されたら凹んで砂の中から戻ってこれなくなりそうだ。
「それじゃあ頼む。あと、ナーシルは……」
「肉体労働は戦力外なんで、今日はお茶飲んで帰りますね~! 勝手に片づけて帰りますのでおかまいなく!」
爽やかにそう宣言すると、お茶会をしていた部屋に引っ込んでいった。依織もナーシルと共に引っ込みたいという衝動にかられる。ナーシル一人分のキラキラならまだ耐えられそうな気がするから。
しかし現実は無情だ。そして諸行は無常だ。依織はイザークに優雅にエスコートされ、倉庫へと連れ出されてしまう。
ほどなくして倉庫にはイースを含めた屈強な男性陣がドカドカと荷物を運び込んできた。
「……あっ!」
運び込まれた荷物はどれも大変懐かしい品々だ。当然ながら全てに見覚えがある。ここに来る前の平穏な日々が走馬灯のように思い出される。イケメンを大量摂取しすぎたせいで見える白昼夢だ。
シロとトリさんがいて、人とは全く関わらず、好きなだけ布を織っていた日々。あの頃に戻れるものなら戻りたい。
しかしそれは流石に無理であることは、いくらコミュ障といえど、なんとなくわかっていた。
「流石に織り機は断念した。すまない」
「あ、ぇと、いえ……」
神様がくれたバカでかい織り機を引きずってくるのは確かに難しいだろう。何せ依織が住んでいたオアシスとこの王都間はラクダで二日かかる距離にある。いくら荷運びが得意なラクダであってもあんなもの引きずってくるのは相当くたびれてしまうはずだ。ラクダが可哀想なので断念してくれてよかったとすら思う。
「足りないものや、破損したものがないか確認してほしい」
「は、はい……わぁ……なつかしい」
作りかけのワンピースに、まだ実験途中の染物たち。酷い色に染まってしまった失敗作や、実験しすぎて作品になりそこなった半端モノたちまで丁寧に箱にしまわれている。
(あ、染料の配合比率のメモまである! 久しぶりに染物チャレンジするのもいいなぁ。グルヤさんに言えば材料貰えるかな……? グルヤさんならもう製品になってる染料とかくれるかも? あ、こっちは作りかけのお洋服だ。材料、おねだりしちゃってもいいかなぁ……)
過去の自分の創作物をみて、新たな創作意欲がムクムクと湧き上がる。材料が乏しい砂漠にいたせいで断念したものも数多くあったのだが、今ならグルヤにおねだりすれば完成させられるかもしれない。
ただし、きちんと言葉にできるかは別問題である。
品物を確認している際に、集中力が途切れてふと顔をあげる。
そこにはイースとその部下たち。彼らは大けがはしてないものの、あちこちにかすり傷があった。
先程のトリさんとのやりとりを思い出して青くなる。
「あ、あの。ご、ごめんなさい!」
唐突に謝りだす依織に全員の視線が集まる。謝罪するときはハッキリと発声しないと余計に怒りだす輩がいるというのは前世で経験済みだ。そのため、謝るときの依織の声は当社比で大きい。
そこまで広くない部屋の中で、何事かと注目を浴びてしまった。
「イオリ?」
ただ、彼らには依織が今どういう思考回路で謝るに至ったかはさっぱりわからない。なんだかんだですぐに理解してくれる上に通訳もしてくれるコミュ強のイザークですら困惑している様子だ。
たくさんの目線が依織に向かう。それがまたやらかしに思えてしまい、依織の思考回路はどんどんパニックに陥っていった。イケメンでもフツメンでも、人間の視線はたいへん怖い。
「あの、トリさんが、傷、攻撃して……。トリさん、友達、だから……その……」
(友達が攻撃しちゃったから代わりに謝るのってヘン!? で、でも怪我は痛いし、トリさん私のおねがいなら七割……五割くらいは聞いてくれるはず、だし。ど、どう言えば伝わるんだろう?)
伝えられる言葉が見つけられず、言葉が続けられない依織。気まずい沈黙はどのくらいの時間続いたのか。体感ではとても長く感じたが、意外と短かったのかもしれない。
沈黙を真っ先に破ったのはイースだった。
「トリさんも手加減してくれていたのでお気遣いなく。それに、依頼主がきちんと話を通していれば、トリさんとの衝突もなかったはずです。そのあたりは別口で色々もらえるらしいですから」
チラリとイースに視線を向けられたイザークは苦笑いを浮かべた。
イースを皮切りに部下たちが口々にフォローしてくれる。
「確かにガルーダは怖かったんですけど、それ以外にも魔物はでましたので!」
「ガルーダはこちらを威嚇しつつ、アポビスなんかを食べてくれてましたよ! 腹減ってただけなのかもしれませんけど」
アポビスというのは大きな蛇の魔物だ。人間を丸のみできるくらい大きいので、砂漠のタンパク質としては非常に重宝するやつだ。確かにアレはトリさんの好物だった気がする。
「かすり傷なんでツバつけときゃなおりますって!」
イースの部下たちはそう口々にフォローしてくれた。それは大変ありがたい。けれどそのなかの一つが少々気になった。
(唾液は雑菌多いから、あんまりよくないんじゃ……? ガーゼとか使った方がいいのでは……)
依織の脳内に思い浮かぶのは前世でよく見かけた伸縮性のあるガーゼや包帯だ。今世で見かけたのはみっちりと目が詰まった布をあてる姿。あれだとこの暑い地域では蒸れて悪化してしまうような気がする。
(前世のあの伸縮性のあるガーゼとか包帯の材料って作れないかな? ガーゼの材料は……綿とかレーヨンだったはず。でもなぁ、この世界の綿糸ってちょっと太いからガーゼには不向きかも。じゃあレーヨン? ないよ!)
「皆もこう言ってることだし、そこまで気にしなくてもいいよイオリ。彼らには俺からお詫びも送っておくから」
「ひぇっ!? あ、はい?」
すっかりガーゼのことで頭がいっぱいになった依織にイザークが話しかけて、一連の流れはなんとか収集がついた。多分。
そこからはひたすら荷物の確認だ。
運ばれる荷物に対して廊下や倉庫の入り口がちょっと狭かったためさっくり拡張する。砂を固めた砂岩はこういうとき錬金術でいじりやすくて便利だ。
ちなみに何も言わずに実行したためナーシルに大変嘆かれたのは別の話である。わたわたしながらなんとか部屋に荷物を運び入れ、確認をする。見知らぬ人がそこそこいるので依織は結構テンパッていた。
そんな、許容量いっぱいいっぱいの依織に、イースの声がかかる。
「こちらの本なのだが……白紙なのは元からだろうか? 何らかの要因で劣化してしまったのか?」
一瞬、依織は何を言われたか、わからなかった。
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