1.魔女の平穏(?)な日々
連載再開です。そして書籍化・コミカライズが決定しました! 少しでも皆様に楽しんでいただければ幸いです
クウォルフ国の王都、ルフルの端っこには「魔女の一夜城」と呼ばれる建物がある。砂岩で作られたそれは名前の通り一夜で突如出現したもの。作成主は砂漠の魔女と呼ばれている依織である。
ルフルを救った魔女殿はあまり人が好きではないので押しかけたりしないように、との王命もあり、このあたりはそれなりに静かな土地だった。
「む、むり……」
「いえ、やればできます! さぁ、頑張って!」
ただし、一夜城の中はと言えば静かとは程遠い。
(どうしてこうなった……)
依織はゲッソリしながら相手を見つめる。
彼は依織に公開プロポーズのような真似を行ったこの国の王族イザーク、ではなく。
「僕ができるんですからイオリさんなら絶対にできますって! さぁ、もう一度! ゆっくり魔力を通してみてください!」
日夜依織の魔法の解析に明け暮れる魔法オタク、ナーシルだった。ちなみに歳が若い上に絶賛熱意が暴走しているものの、クウォルフ国の魔法の第一人者だったりするらしい。
(私はただ、人のいないところでハンドメイドしていたいだけだったのに……。オアシスの小屋に帰りたい……)
脳裏に浮かぶのはマイスイートホーム。この国の王都ルフルから西。ラクダで2日くらいの距離にある死のオアシスと呼ばれた場所。人里から離れ、たまに訪れるのはならず者と魔物だけというとても静かなオアシスだ。先日の砂嵐の影響により、今は見る影もなくなった、とは聞いている。
けれど、塩と砂で荒れ果てていても、依織の錬金術とソルトスライムのシロがいればオアシスの復興はできるはずだ。だから、帰してくれればあとはどうにでもなるとタカもガルーダもくくっていた。
だが、その案は様々な方面から反対された。なかでもイザークが猛反対。曰く
『俺がさみしいからダメ』
だそうだ。相変わらずキラキラしい顔面の暴力で依織を攻撃してきた。効果はばつぐんどころの騒ぎじゃない。イケメンのくせに捨てられた子犬みたいな顔をして同情をひこうだなんて卑怯にも程がある。あの表情をされて勝てるコミュ障がいたら見てみたいものだ。
『イオリはオアシスに戻りたい。俺は毎日でも会いたいから王城に住んでほしい。この一夜城に住んでもらうのが落としどころかなぁ、と』
そう言われればそうかもしれない、と思わせられてしまった。キラキラ顔面マジック、通称顔面詐欺と呼ばれるものだ。その通称が使われるのは主に依織の心の中だけである。
「イオリさん! 気絶しないでくださいー!」
「う、うう」
(神様から貰った本さえあれば! いやでもあれ渡しちゃったらテクノロジー崩壊とか文明開化とか起きちゃう気がする……そ、それはダメでは? そうなると特にナーシルに見せるのは絶対ダメでは!?)
依織が住んでいたオアシスの小屋には、転生時のオプションで貰ったアレコレがまだ置いてある。
神様が「ほぼ人通らないよ!」とお墨付きをくれた場所だから、誰かが読んでしまうという心配は少ない。万が一を考えると少し不安にはなるが、流石にそれが原因で夜も眠れないなんてことはない。眠らないと徹夜オシオキの刑が待ってるから。イケメンの添い寝、あまりにも怖い。これには幽霊も度肝をぬかれるに違いない。
イザークとの交渉(という名のイケメン圧力)の結果住み着いた王都の端っこ。
そこへ真っ先に飛んできたのはナーシルだった。依織の魔法解析はそれほどまでに急務らしい。イザークも日夜仕事をこなしては頻繁に顔を出してくれているものの、最近はナーシルとの逢瀬(?)の方が多いくらいだった。
「大丈夫です。ちゃちゃっとやっていただければ終わるんで! 頑張りましょう」
イザークの視界を覆いつくすようなキラキラに比べればまだマシではある。だがナーシルも顔面キラキラ族なのは間違いない。
そして、そのイケメンの圧に半泣きになっている依織の様子は、ナーシルには全く通じていないのがまた悲しいところだ。このままだと寿命は確実に短くなる気がする。何故ならオタクの熱意は留まることを知らず、その勢いでグイグイと距離を詰められるから。せめて顔をしまってから3週間後くらいに出直してほしい。
ナーシルについてきているお付きの人たちは、同情の目線をよこしてはくれるものの助けてはくれない。そりゃそうだろう、彼らにとってナーシルは上司なのだから。命は惜しいよね、わかるよ。
でも切実に、助けてほしい。
トントントンツーツーツートントントン。コミュ障でもモールス信号なら発信できる。しかし、相手に通じなければ意味がまるでなかった。
「イオリさーん?」
「だ、だって、ゆっくりってわからない……」
「う、うーん」
今ナーシルに強請られているのは、魔法陣にゆっくりと魔力を流すことだ。どのように魔法陣が反応しているのか解析できれば色々応用がきく、ということらしい。
だが、依織はこちらに転生してからずっとなんとなくで魔力を使っているので、言われていることがさっぱりわからない。そして、生来のコミュ障も相まって自分がどう魔法を使っているかなどの説明ができないのだ。
なので、解析は大変難航している。
「……これはイオリさんに魔法の基礎を覚えてもらう方が近道なんでしょうか? とにかく規格外すぎるんで一度規格を知ってもらったほうがスムーズなのでは?」
「えっ……むり……」
ナーシルの言葉に依織はプルプルと首をふる。意外にも依織は多忙なのだ。
一番多いのは塩の分離の依頼。この国の王様から依頼されているのでこれは絶対に断れない。少なくともコミュ障のノミの心臓では断るなんて無理に決まっている。
その割に「王宮の謁見の間で正式に依頼」という案件は断ったのは秘密である。略式でいいかーと大らかに笑ってくれたらしい王様に感謝だ。
「塩の分離の依頼は数日に一件くらいに落ち着いてきてますよね?」
(一日に何人もの人に会って話して仕事をこなせるコミュ強と一緒にしないでー!!)
繰り返すが、依織はコミュ障である。
しかも、コミュ障を拗らせて死んだ前世持ちだ。生粋の、そして筋金もミスリルも入ったコミュ障なのだ。ミスリルがこの世界にあるかは知らんけど。
それが何故か神様とかいうモノに拾われ、また人間をやらなければいけない運命を背負わされてしまった。あまりの理不尽に神様相手に悪態をついたのが懐かしい。
どのくらいコミュニケーションに難があるかというと、ウン百人の人に見つめられただけで卒倒したレベルだ。
「むり……むり……」
どういう風に無理か、と説明できれば苦労はしない。うまく言葉にできないまま壊れた機械のように無理を連呼する。プルプル震える様はペットのソルトスライム、シロとそっくりだ。主従は似るのかもしれない。
「あの細かい刺繍とか、小物作りの方が人間業じゃない気がしますけどねぇ。布を織るスピードもすんごいって聞いてますよ?」
「それ、は……うん」
前世のブラックハンドメイド作家の為せる技である。無茶苦茶なオーダーや納期をこなさなければ生きていけなかったから。まぁ、こなしきれずに死んでしまったわけだけど。
「はっ!? もしや、モノ作りにも魔法を!?」
「してない!!」
思わず大きな声で否定する。そうじゃないと心安らぐハンドメイドタイムにまでナーシルが侵食してきそうだったので。
イザークほどではないとはいえ、カワイイ系の整った顔面を覆ってから出直していただきたい。今ですらキャパオーバー気味なのだ。
「冗談ですよー。とはいえ解析が進まないのは困ったなぁ」
そんな風に双方困り果てていると、来客を告げるベルが鳴った。これはイザークがプレゼントしてくれたものだ。
急いで玄関まで向かう。もう勝手知ったる他人の家なのだし、自由に入ってきて日陰で休んでいてもいいのだが、来客としてくる人たちはナーシルも含めてそんなことはしなかった。
「僕が行きますか?」
「ん、だいじょぶ」
急がなければ玄関で来客が日干しされてしまう。この国の直射日光はとにかく暑い。しかも真っ白な砂漠がその日光を反射するのだから体感温度は倍々ゲームだ。下手すると命バイバイになりかねないデスゲームである。
(この時間帯だと、多分グルヤさんだ)
グルヤは定期的に訪れては依織の作った作品をなんでも買い取ってくれる商人だ。服飾店の店主なだけかと思いきや、実はなかなかに大きな商会の主をやっているらしい。思った以上の大物で初めて明かされたときは恐縮したおしてしまった。
だが、そんな彼は依織の前ではただの布オタクだ。
商品の細かい注文もなく『好きなものを自由に作ってくださいの』と優しく言ってくれる。なお『どんなものでも売るのが優れた商人ですからね』と悪い顔をしたのは全力で見なかったことにしている。何も見なかった、いいね。
ちょうど昨日できた新作がある。ハギレをチクチクとパッチワークして作ったトートバッグとおそろいの小物入れだ。一旦作業場にしている部屋に寄って、それらを持ってから玄関へと向かう。
「おまたせしました」
もたもたと走って玄関に向かい、来客を迎え入れる。
「いえいえ、待ってなどおりませんよ」
「…………??」
そこにはいつも通りの穏やかな声音のグルヤがいた。だが、ふと依織は違和感を覚える。
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