35.コミュ障のちょっとした進歩
「いやまぁ…確かに此処の方が色々楽なんだとは思うんだけどね?」
王都の端。
風除けの石を合体させた場所には、現在そこそこ立派な屋敷が作られていた。地面はあのとき固めた砂岩、屋敷も砂岩を固めた石材で構成されている。
地元では「魔女の一夜城」と呼ばれているとかなんとか。
それもそのはずで、この屋敷は一夜というか、数時間の内に作られた。勿論、やったのは依織だ。
その依織の屋敷の中で、イザークが残念そうに呟く。
「…此処、人少ないし、トリさんも遊びにくるから」
イザークの言葉に良心をチクチクと刺激されつつも、依織は此処に住むという選択をとった。
王都の外れも外れ、オアシスが塩に浸食されて誰も住めなかった場所。砂嵐回避だとかオアシスの塩の除去だとかの褒美として、依織が正式に王から貰った場所だ。
依織が以前住んでいたオアシスはやはり塩と砂に飲み込まれ、小屋も倒壊していたらしい。残念ではあるが、王都に住む国民を守るための犠牲だったと思えば納得はできる。
「まぁ王宮に毎回トリさん現れてたら大騒ぎだよねぇ…。
わかるけど…」
一応、イザークとのお付き合い(仮)は続いている。
というか、続けざるを得ない。
砂嵐回避のお祝いの場で、依織は人の視線の多さに耐えきれずぶっ倒れた。それだけならまだ依織の醜態、というだけですむ。問題はそのあと。イザークは依織をお姫様だっこで退場した。
その様はまるで王子のよう…。
王族だからまぁ、大外れではない。が、問題はそこではなく。結婚適齢期の王族が救国の魔女(という過大な評価を受けている依織)を抱き上げて戻るシーン。それを王都のほとんどの民が目撃したのである。
そりゃあもう、噂があっちこっちで飛び交った。
とある絵師はその様を絵画にし、とある作家は依織が為してきた一連の行動を物凄い脚色とともに本にした。そんな人々が合作して、子供向けの絵本を制作中という話もあるらしい。
頼むからやめてくれ、と全員に懇願して回りたい。だが、コミュ障がそんなことを出来るわけもない。依織は泣く泣く過度に脚色された噂が広がっていく様を見ていた。
要するに、今依織とイザークのお付き合いは国民全員が周知の事実になっているのだ。
どうしてこうなった。
「もうここまできたらお別れするのって難しいよね。
あ、でもイヤならちゃんと言ってね」
と、有無を言わさない例の笑顔で言われたのは記憶に新しい。
そして、そこで即座にイヤと言えないくらいにはイザークのことを受け入れていることに気付いてしまった。イザーク曰く、却下するときは速攻な依織が返答に詰まったというのは、まぁそういうことなのだろう。
イザーク本人がそのことを一番理解していて、良い笑顔を浮かべているのが大変癪だけれど。
ただし、なんだかんだなぁなぁで受け入れてしまうことの多い依織だが、住まいのことだけは譲れなかった。
最初は「警護も楽だし王宮で」と言われた。
が、依織はそれを速攻で拒否。
もう侍女がずっと傍で待機している生活は無理だった。
で、色んな案が出た。依織をなんとしても他国に渡したくない王家。磨けば光る素材として磨きまくりたい王家に仕える侍女たち。できる限り傍にいたいイザーク。そして、何がなんでも一人の時間を持ちたい依織。様々な思惑が絡まりあった。
実際問題として、依織に警護はいらないということは誰しもわかっている。隊長を吹っ飛ばした一件にプラスして、大型のサンドワームも黙らせた実力の持ち主だ。ついでに言えば、先程言った通りトリさんことガルーダが懐いていてよく遊びに来る。これ以上ない護衛だろう。
トリさんが頻繁にくることを考えると、皆ぐぬぬとなりつつも王宮には住めないという結論になった。ではどこにするか。依織本人としては、もっと人里離れていても良かったのだが、イザークが大反対した。そのため、王都の外れというこの場所が、折衷案として一番良いというコトになったのだ。
「此処…王宮から遠いんだよね」
「ごめんなさい」
イザークの住む王宮までラクダにのって小一時間ほど。
といっても王宮までの道のりが人混みなので、ラクダの速度を生かせないせいもある。単純な直線距離であれば数十分で着くのではないだろうか。
それでも、王宮の正式な手続きを踏んでの面会を考えれば、手間が少ないのではないかと依織は踏んでいる。
「んーまぁ、いいんだけどね。
ここ不便はない?」
「大丈夫です」
今は基本的に一人暮らし。
魔女は人嫌い、というイメージも相まってか、わざわざこの屋敷に近づく人は少なかった。
これは王様が「窮地から救ってくれた魔女に、感謝の気持ちがあるのであれば放っておいてやれ」と言ってくれたお陰だ。そうでなければ、人々がその気になれば来られる場所に居を構えるつもりはなかった。
今は日に一度食料を届けてくれる係と、数日に一度布を引き取りに来てくれる人がくるだけだ。あと、トリさん。
そう、依織は今、布を織ったり小物を作ることで生計を立てている。無論、王宮からの要請を聞いて塩抜き作業も協力はしているし、そもそも今回のことをお金に換算すればかなりの額になる褒美を貰えることは予測できた。けれど、依織はそれを全て辞退したのだ。
そんな金をよこすくらいなら静かな環境をくれ、と遠回しに書いたお手紙を王様に届けた。前世に比べれば、自己主張できるようになった上に生計も立てられている、とちょっと感慨深い。
(前世ではダメだったけど…今は色んな人が協力してくれるからのたれ死ぬ確率はすごく低い。
あのオアシスに居た頃よりも生活は豊かになった。けど、趣味に没頭出来る時間は確保出来てる。これって凄いことだよね。
割と幸せって言っていいと思う)
人に関わるのは未だに苦手だし、話そうとすると詰まったりどもったり、というのは治っていない。それでも、前世に比べれば随分息がしやすくなった。
それは、神様がくれた能力のお陰でもあるし。
そのまんまの依織を認めてくれたイザークのお陰でもある。
イザークにポツリとそんなことを言ったら「今までの依織が頑張ったからだよ」なんて言ってくれたけれど。
以前であれば絶対に「そんなことはない」と受け取れなかった言葉。今は、その言葉の半分くらいは素直に受け止められるようになった。依織の中では大きな進歩だ。
たぶんこのコミュ障は、多少緩和することはあっても治らないし、卑屈な部分もまだまだなくなりはしないだろう。それでも、今依織は前世に比べてずっと幸せだ。
そんなことを毎日考えていて、自然と笑みがこぼれる。
が、そんなことを暢気に考えていられるのも、イザークの爆弾発言が飛び出すまでだった。
「あーでもほんとここ遠いなぁ…まぁこれも惚れた弱みだから通うけどさー…。
いっそ引っ越してきてもいい?」
「…えっ!?」
突然の問いかけに即答出来ずに固まる。様々なメリットデメリットが頭に浮かんでは消えていった。
この屋敷はちょっと調子にのって広く作ってしまった。織機を数個置きたかったし、紙作りの部屋だって作りたい、そんなことを考えていたせいなのだと思う。ただ、作ったはいいがまだ活用は仕切れていない。つまり、空き部屋があるにはある。
けれど、イザークが、このキラキラした顔面の男と一緒に暮らすのはどうだろう。確かに嫌いではない。一緒に過ごす時間も好きだ、と思う。けれどプライベートな時間が減るのは…。
そんなことを悶々と考えて黙ること数秒。
ハッとしてイザークの顔を見ると、悪い笑みが浮かんでいた。即答できなかった自分が正直ちょっと悔しい。
依織の苦難はどうやらまだ続くようだ。
それでもまぁ、コミュ障のままで生きづらくはあっても、そこそこ、結構、だいぶ、幸せなんだと思う。
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