34.コミュ障と人々
あれから。
予言通り襲来した砂嵐は、依織が作った特大の風除け石、いや、風除け岩のおかげで都には直撃しなかった。岩自体が結構なサイズになってしまったが、そこは国の屈強な兵士達がなんとかしてくれた、らしい。詳細までは伝えられていないが、その節は大変申し訳ないことをした、とちょっと思う。
そんな彼らの尽力もあって、砂嵐は軌道を変えた。
その際に、依織が元々住んでいたオアシスは砂嵐に巻き込まれたらしい。
らしい、というのはまだ見に行けていないからだ。砂嵐の直撃は免れたとはいえ、強大な砂嵐は余波でも色んなものを吹き飛ばした。その最たるモノが、塩混じりの砂。どえらい量が飛んできたため王都のオアシス全般が一時、飲むには不適なくらいになってしまった。それだけで砂嵐の規模がどれほど大きかったかが窺える。
本来であれば依織が手を貸さない方が国の自立という点では良かったのかも知れない。だが、もうここまで関わってしまったことだし、呉越同舟ヤケクソ泥船って感じで浄化して回った。シロが分裂して手伝ってくれたことも相まって、王都のオアシスの復興は割と早かったように思う。
そんな感じで忙しかったため、まだあのオアシスにはいけていない。あそこまでいくにはラクダを乗りこなさなければならないという問題もあったので仕方が無いことだ。
もともとあのオアシスは手入れをしなければ保てなかった小さなものだったので、依織ももしもの覚悟は決めていたし、納得している。
納得できないのは、現状の方だ。
「…パレードイヤって言いました」
「うーん…いや、俺もやめようっていったんだけどねぇ」
「イヤって言いました」
「正確にはパレードじゃないし、ね?」
「イヤって言いました」
依織は壊れたレコードの様に、同じ言葉を繰り返している。それ以外に言うべき言葉が見当たらない。
今、依織はこの国の衣装に身を包んで王宮の一角にいた。ほんの少しだけ憧れた、この国の女性用の正装は、予想通りかなり華やかだった。露出の少ない某魔法のランプのヒロイン、とでも言えば良いだろうか。思っていたよりも着心地が良く、この暑さでも熱気がこもらない様にあちこちに工夫が凝らされているのがわかる。
(この服に合いそうな布はどんなのかな…。
あ、そうそう。糸には魔力が通るんだからそれで布を織ろうと思ってたんだった…。あぁ、早く織機を触りたいな…)
「イオリー。現実逃避しててもいいけど5分くらい耐えてね」
「ねぇ…わたし、イヤって言った…」
部屋の外は、見なくてもわかるほどにたくさんの人々がいる気配がする。
ここは王宮の一角、王宮と王都の広場を繋ぐバルコニーの控え室だ。
今から依織は、あの砂嵐を回避した英雄として顔見せをしなければならないらしい。
どうしてこうなった。
「うん、パレードで練り歩くとかはイヤだろうなーと思って。
体力も使うしね」
「イヤって言った…」
「いやぁうん…力及ばずごめんね。
でも王族って民衆パワーには勝てないんだよ。クーデター起きちゃうから」
「うぅ…」
延々と駄々をこね続けている依織だが、本当はきちんと理解している。
王家はここで、砂嵐の災害に一区切りをつけたいのだ。魔女のお陰で立て直しのお膳立てはして貰った。あとは砂漠の民の総力を挙げて、より国を豊かにしていくのだ、と檄を飛ばしたいのだろう。実際これ以上依織にズルズルと頼られても困るので、それはいい。
それでも、顔出しすることになるとは思ってもみなかったけど。
「大勢がこっちを見る…こわい…しんでしまう」
「これでサンドワーム一撃で黙らせる実力者なんだから世の中ってわからないよねぇ」
「サンドワームはグロい。にんげんはこわい…こわい…」
「大丈夫大丈夫。ほんの数分だし、手でもフリフリしてくれればあとは俺がエスコートするから。
ちょっとだけ付き合って。
終わったらおじさんから褒美ぶんどろう、ね?」
「わたし、ただの、ふつうの、にんげんなのに…」
「いやぁ…それは絶対に通用しないから。
そこは諦めて」
諦めてこの顔見せが中止されるのであればいくらでも諦める。が、しかし。無情にもバルコニー入場の合図がこちらに出された。
「さ、頑張ろうね。
フェイスベールがあるから笑顔頑張らなくても大丈夫。ゆっくり顔を回しながら、出来るだけ手はふってあげてね」
「ねぇ…イヤって言った…」
往生際悪く言いつのれるのは、民衆とかなり距離があるからだ。
ここでどんな会話をしようと民には聞こえない。これだけでもイザーク達は依織に十分配慮してくれたのはわかる。
依織が顔見せする時間も、ほんの5分程度と短い。
砂嵐回避の祝いの宴開幕の式典、その余興のようなものなのだ。
それでも、大勢の視線がこちらに向くというだけで身が竦む。竦むモンは竦むし、怖いモンは怖い。
「はいはい。行こうね。
ちゃんとエスコートするし、倒れそうになっても支えるからさ」
イザークは大分依織のあしらい方を覚えたらしい。
依織の人見知りは治らないし、気を抜けばとんでもないことをしでかすし、プルプル震えるか弱そうな見かけに反して意外と殺意が高い。そういうのを全部ひっくるめて依織だ、と認識しているようだ。そして、それを支える役目は意外と楽しい、ということも。
何せ近くにいればそれだけぶっ飛んだことをやらかすのを、間近で見られるのだから。
一歩進むごとに、熱気が増していく。
暑さの厳しい真っ昼間を避けて、日が昇りきる前の涼しい時間に式典は行われている。それでも、人々が集まれば暑さは増すのは当然だ。
ジリジリと期待の籠もった目線がこちらを焼き尽くそうとしている錯覚を覚えてしまう。
バルコニーを進む。
進むごとに、広場に集まる人々が見えてきた。
同時に、大歓声が沸き起こる。何を言っているか考えたくもない。
正直、人が叫ぶ声というのは依織にとって恐怖でしかないのだ。
(身を翻してかえりたーい…)
「帰っちゃだめだよ」
「…うぅ」
「ほら、前向いてね。民一人一人見るのが怖いなら、ちょっと視線外してぼやかすといいよ。
手を振るの忘れないで」
イザークの指示通りに体を動かす。いっそ彼の指示だけを聞いていればいいのではないだろうか。
出来るだけ人々を視界にいれず、イザークの体の向きに合わせて顔の向きを変え、手を振る。
無の境地でそれらの作業をこなして数分ほど経っただろうか。唐突に足に限界がきた。
「へあ!?」
そのことに一番驚いたのは依織自身だ。
まさか緊張がピークに達して先に体が限界を迎えると思わなかった。視界から人々が外れ、青空が目に入る。
(あー倒れるー。おそら、きれい…)
無駄に景色がスローモーションに見えた。が、どうすることもできない。まぁ仕方が無い、頭を打たなければいいな、と覚悟を決めた。
が、その衝撃はいつまでもやってこなかった。
「いやぁ…まさかそうくるか。ほんとイオリは飽きないね。
とりあえずたくさん魔力を使いすぎたせいと、もともと病弱って設定でも付け加えておこうか。
そうすれば救国の聖女様に無理矢理顔見せを迫るバカも減るだろうしね」
いつもよりちょっぴり黒い笑みを浮かべているイザークが目の前にいた。
どうやら抱き留めてくれたようだ。痛い思いをせずに済んだのはありがたい。ついでとばかりにそのまま意識を手放す。
やはり依織にとってたくさんの人の視線というのはめちゃくちゃストレスになるようだ。
目を覚ました後、依織は大衆の面前でイザークにお姫様だっこをされた挙げ句、交際宣言をされたという事実を知ることになる。
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