33.コミュ障の魔法と魔法オタク
結局、十分に英気を養ってから本番を迎えた方が良い、とのことで丸一日以上じっくりと休むように言われてしまった。
正直、プレッシャーを感じることはさっさとやってしまいたいタチなのでこれは非常に困った。だが、現物を没収されていてはどうしようもない。依織に出来ることはきちんと休むこと、そして、魔力を消費しすぎない程度にこっそり色々なことを試すことだけだった。
ちなみに、魔力を消費して色々実験していたことはナーシルに速攻でバレた。流石、魔法オタクである。
色々話し合った結果「やることは逐一報告すること」と言う条件付きで許可をもらった。これは完全にナーシルが依織の魔法を見たいという私欲もある。ただし、次に勝手をすると王宮の一室で侍女フルコース(お着替えからお風呂からエステまでのフルコース)行きと脅されたため、あまり無茶はできなかった。
ちなみに魔力消費の主な使い道は、実は地盤を固められないかという実験だった。依織のちょっとした「砂から岩って作れないのかなぁ」という思いつきを魔力で形にしたのだ。結果、今依織がいる場所は砂ではなく固い岩の上だ。依織としてはちょっと軽い実験のつもりだったのだが、ナーシルには
「自然法則を無視した魔法を使うときは段階を踏んで下さい!
解析がめんどくさい!」
と、別方面なお叱りをうけた。。
そうして結構自由に過ごして迎えたのが、砂嵐が直撃すると予言された日の二日前。
その間に様々なことが精査され、準備されてきた。今、クウォルフ国の王都ルフルは依織の石作成の結果を基盤に動いている。
(…緊張で死ぬ…。
え? これ失敗したらわたし389回は死んでお詫びしないと…いや、それでお詫びしきれなくない?)
全てが自分の肩に掛かっていると気付いてしまったが最後、手足は震え冷や汗が止まらない。マナーモードで震えるスマホもビックリのような状況だ。
「イオリさーん、大丈夫です?」
「ひゃあい!
が、がんばりま、ます」
依織の隣にはイザークではなく、ナーシルがいた。
そりゃそうだ。王族たる彼はこんなとこにいてはいけない。バリバリと様々な仕事をしなくてはだめじゃないか。
そう理性は囁くものの、どこかで甘ったれた自分が「ちょっとは傍に居てくれてもいいじゃないかばーか」と言っている。随分依存したものだと、一人でちょっと笑ってしまった。
彼も戦っているのに、依織が一人で逃げるわけにはいかない。たぶんきっと、そうなはず。
「いや、全然大丈夫じゃないですね。
ちゃんと息すってー吐いてー。呼吸を整えるのは魔術の基本のキ、ですよ」
「そう、なんだ」
「うん、イオリさんの魔術の使い方ずーっと見させて貰ってますけど、ほんと規格外っていうかむちゃくちゃなんですよね。
でも、だからこそ、今みたいなときに基本から重ねていくのは悪くないと思いますよ」
「…むちゃくちゃなんだ」
依織も実はそうじゃないかと感じていた。
なんとなく魔力の流れがわかって、なんとなくイメージをしたら出来てしまう、だなんてチートもいいところじゃないか。多分これはこちらの世界に依織を無理矢理適合させるために、神様が適当ぶっこいたに違いない。
ただ、そうだとしても今はそれが有り難かったりする。
だって使い方が面倒とか、辛い修行が必要とかだったら、依織は絶対に生きることそのものを諦めていた。緩く、なんとなく続けられたからこそ、今がある。
自分には何もないと思っていたけど、イザークや他の人達と話していてそれが少しだけわかった。
今は、その恩返しをしたい、と思っている。だからこそ、どんなにプレッシャーが酷くて、胃液どころか胃そのものを出してしまいたいくらい緊張していても、逃げたくない。
「はい、むちゃくちゃです。
だから、今回もじっくり観察させてもらいますね」
「見られていると…緊張するんですけど」
「見られてないと思って下さい」
そんな無茶な、という依織の心の声はため息と一緒に溶けた。多分、言っても無駄である。
ナーシルは新しいオモチャを見つけた子供の様な瞳でこちらを見ていた。
それが、なんともいつも通りで逆に安心してしまう。ナーシルとしては砂嵐回避も大事ではあるんだろうが、目の前の無茶苦茶理論を地で行く依織が興味深くて仕方が無いのだろう。出会ったときからブレないその姿勢は、もはや尊敬に値するかもしれない。マネしたいとは一つも思わないけれど。
(美味しいお料理も食べた。寝床は思った以上に快適だった。
ついでに鋭気養うなら、私の癒やしセットである手芸道具が必要とか言って用意して貰った。お陰さまで、思う存分縫い物もした!)
その他にもイザークの寝かしつけ回避のためのすったもんだや、依織をリラックスさせ隊の侍女との攻防もあった。どちらも丁重にお断りをした。
そんな、騒がしい日常に思いを馳せる。
(うん、イザークの笑顔も侍女さんの笑顔も怖かった。
あの有無を言わせない感じ…本当に怖かった。
アレに比べれば、風除けの石の合体作業くらい全然なんでもない)
実際に、魔力操作といっても依織は特に魔力が抜け出ていくような感覚は今まで感じたことがない。だからきっと、今回もうまくイメージを繋げれば平気なはずだ。
笑顔のイザークや侍女から逃げおおせるのよりもなんと楽なことか!
(風が、きちんと通るようなイメージ)
手元には四つの石と、石を作るときに使った材料たち。
これは砂漠ではありふれたものだ。特別な素材などほとんどない。それならいくらでも使っていいとダース単位で外にも積まれている。正直そんなに要らない。
依織は目を閉じて、ゆっくりと意識を集中させた。
魔力の世界、とでも言えば良いのだろうか。
集中したその先の世界に入れば、あとはもう一瞬だった。
対話が苦手な依織が言うのも変な話だが、素材と魔力を説得して、力を合わせて貰うようなそんなイメージだ。ただ、言葉にしなくても良い分楽なのかもしれない。
少し抵抗を感じたり、逆に思ったよりもスムーズにいったり、そんなことを繰り返す。
そして、次に目を開けたときには、四つの石が一つになっていた。依織が持とうとするのはちょっと躊躇う大きさになっている。両手で踏ん張って、持ち上げられるか不安なサイズだ。
「成功、かな?」
「大成功ですよ!
すごい、ただ置いてあるだけなのに風を感じる…涼しい。
これ研究室に置けませんかね?」
「それは…下手すると研究室目がけて砂嵐来ちゃうんじゃ…」
「あ、それは困りますね。
それに書類なんかもじわじわ動いちゃいそうです…うーん残念。
でも、いつかどういう理屈なのかを解明して都を快適にしたいですねぇ」
もしかしたら、本来であればこのシーンは感動の一幕になっていたのかもしれない。
死のオアシスからやってきた魔女が、都を救うために懸命に砂嵐に抗うためのお守りを作ってくれたワンシーンだ。全くの外部の人間がこの場にいたのであれば、そう見えたかもしれない。
が、ここに居るのは人見知りの依織に配慮された人材だ。つまり、少なくとも依織が顔を見て「あのときの…」とわかる人間。そして中心にいるのは依織とナーシル。感動からは程遠い。神秘さよりも実用性の話にシフトしている。
それでも、都を救うための石は完成した。
「ところで、こんなにでっかくなっちゃったんですけど…運べます?」
「……それは肉体派の皆様に任せましょう」
不安そうな依織の声に、ナーシルは視線を逸らしながら返事をしたのだった。
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