31.コミュ障と天敵
「イオリ! 来るな!」
「…サンドワーム」
呆然と、イザークが対峙している魔物の名前を呟く。
それは依織が最も不得意とする部類の魔物だった。
できれば会いたくない魔物ナンバーワンである。何故なら、虫だから。ボコボコと隆起した表面。突起なのかなんなのかは分からないが、集合体恐怖症の人は思わず目をそらしたくなる感じ、といえば伝わるだろうか。色はクリーム色からドブ色のグラデーションである。気色悪い。
しかも、この食料の乏しい砂漠で「どうしてそんなに育ってしまったんだ!!」と言いたくなるサイズ感。これはサンドワームの中でも大物なのは間違いない。どのくらいかというと、サンドワームの口の大きさが、だいたいイザークの2倍をペロリくらい。
つまり、めちゃくちゃでかい虫。あと、グロい。そしてキモい。
それが、今まさに、イザークとラクダを飲み込もうとデカイ口を開けている。
「………っっ~~~!!」
依織は可愛らしく悲鳴を上げられるタイプではない。
何かあっても息を飲んでしまい、周囲に危険を知らせられる方ではなかった。
同様に、錬金術を使うときも声をあげない。ただし、ナーシルに見せるときだけは「行きます」「やります」と声をかける。けれど、普段は何も言わない。つまりは無詠唱。
なので、どうなるかというと。
「…ぉご?」
自分の身に何が起ったのかわかっていないサンドワームの間抜けな音が響いた。
先程まさにイザーク達を飲み込もうとしていた口には、巨大な塩の塊が詰め込まれていた。もちろん、依織の仕業である。
「なっ…!?」
一瞬驚きに固まるイザークだが、すぐに気を取り直してラクダを伴って依織の元へやってくる。だが、依織の混乱及び巨大な虫に対する嫌悪感は止まらなかった。
(キモいキモいキモいキモいむりむりむりむりむり。
イザークたちが危ない虫キモいむり!!)
生理的嫌悪感、とでも言えば良いのだろうか。スライムもガルーダも友達になれるくらいに平気だが、虫系だけは友達になれる気がしない。
あまりにも無理すぎて、目の前から消さないと安心が出来ない。そんな境地に達していた。
その気持ちに呼応するように、サンドワームの口の中に放り込まれた巨大な塩はどんどん巨大化していく。メリ、メリメリと嫌な音がし始めた。
「イオリ! イオリ!
ちょっとまって! 多分それを巨大化させて弾けさせる方がグロい!」
「へ、あ…あ…」
そこまで言われてやっと依織も事態を察した。
確かにこのまま塩の塊を大きくしていけば、大惨事が引き起こされる。それは今以上にグロい結果になることは火を見るより明らかだ。
「塩? だよね、あれ。
あれはそのまんま咥えさせとこう。サンドワームの攻撃はあの馬鹿でかい口での飲み込みと噛みつきくらいだから」
「は、はい。
あの、平気、ですか?」
ラクダは生命の危機を感じ少し興奮している様子だったが、怪我はないようだ。
イザークも一見して怪我などはないように見える。
「うん、怪我とかはしてないよ。突然の襲撃で少し驚いたけど。
そっちの首尾は?」
「あ、ありました」
掌を広げて、風除けの石を見せる。
注意深く風の流れを観察すれば、この石を中心に微風が吹いていることがわかるだろう。
「良かった。これで目的達成だね」
「休憩…しましょう」
そう言って、依織はおもむろに岩を触り始める。
前回は塩のドームを作ったが、今回はそれをすると日光で塩が焦げてしまう可能性がある。あまり塩の透明度をあげるつもりはないが、下手をすると凸レンズの役割を担って内部を焦がす可能性すらもあるので却下だ。蒸し焼きになるつもりはない。
ではどうするか。
考えた結果が、岩に穴をあけられないか、ということだ。
(岩を砂に分解とか、あとよく見る魔法だと爆破させて吹っ飛ばしてたし、とにかく私たちとラクダが休めればそれでいいから…)
とにかく日光がある間、休めればそれでいい。その一心でイメージを固める。
なんとなく行けそうな気がして、魔力を使おうとしたその瞬間。
「ぎゅえ!」
「っっ!?」
唐突に現れたトリさん。彼は悪くない。あとから確認したところ、きちんと目当ての風除けの石を全て回収してくれていたのだ。
ただ、タイミングが悪かった。
魔力を込めて魔法を形にしようとした、まさにその瞬間だったのだ。
つまり、どうなったかというと…。
「うん、見事なトンネルだね」
「ご、ごめんなさい…」
洞窟のようなものを作るはずが、どえらい爆音と共に見事に貫通させてしまった。
「いやぁ…なんか自然災害のような音もしたし、まともな神経してる魔物やならず者ならこっちこないんじゃないかな?
遠くから様子見ることはあるかもしれないけど…結果オーライじゃない?」
「う、うう」
こんなつもりではなかったのだ。穴があったら入りたいレベルだが、それはそれで時間が惜しい。まずはラクダとイザークを休ませないとだ。
ふと、トリさんを見るとなんだかキラキラした目でサンドワームを見ていた。
「…? トリさん?」
「あー…もしかしてガルーダ的にはサンドワームって美味しいのかな?
口の中に詰め物してるとはいえ脅威は脅威だし、食べてくれるならありがたい」
「ぎゅえっ♪」
「…え、食べる、の…?」
確かに鳥は虫を食べるものである。
が、ちょっと言っている意味が分からない。
「お食事シーンをイオリが見ると卒倒しそうだから、トンネルから見えない位置でよろしくね。
じゃあ俺たち休むから」
「ぎゅえー♪」
上機嫌そうなトリさんをその場に置いて、二人と一頭はトンネルの中へ入っていく。
中央部分であれば日光は届かなさそうだ。
「高さも十分だし、風向きによってはかなり涼しいし、休憩にはもってこいなんじゃないかな?」
「ミスなんです…」
「結果オーライだよ。とりあえず休もうか」
イザークはラクダと依織の世話を両方とも器用にこなす。王族なのだから世話をされる側の人間だろうに。
とはいっても、依織にはイザークの世話をすることも、ラクダの世話をすることもできない。なので、できることをする。
「…何してるの?」
「クッション、です。
岩に座ると、痛いから」
自作の丈夫な布に、砂を詰めて簡易クッションを作った。ビーズクッションのビーズより砂の方が粒が細かいため、ああいった快適触感にはならない。だが、むき出しの岩肌に転がるよりはマシだろう。
「ぶっ…ははははは」
「…?」
唐突に笑い出すイザークに、依織は困惑する。何かおかしなコトをしてしまっただろうか、と不安になるまえに、イザークが話し始めた。
「いやぁ…ほんと視点が違うんだな。発想もそうなんだけど」
「えと…?」
「好きだなぁってことだよ。
一緒に居ると新しい発見があって、俺が今まで持ってた常識がちょっと堅苦しかったんだなってわかる。
視野が広がるっていえばいいのかな」
「そんな…大層なこと、は…」
出来てない、と思う。
けれど、依織は異世界人だ。
確かにこの国に、この世界に生まれ育ったイザークから見れば、常識外れに映ることもあるかもしれない。変でも仕方が無い。そう思い直すと、少し気が楽になった。
けれど、何よりもそう思えるのは、常識外れでコミュ障な依織をそのまんま受け入れられる度量がイザークにあるからだ。
「ありがとう、ございます。
受け入れて、くれて…」
「こちらこそ」
夜通し駆けてきたのだから、依織だって少しは眠い。
けれど、なんだかドキドキしてうまく寝付けそうになかった。
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