29.コミュ障と砂嵐対策
「イオリ、しんどくなったらいつでも言って」
「…っ! ……っっ!!」
喋りたくても揺れに揺れて返事が出来ない。
けれど大丈夫だ、ということを示したくて、依織はしがみついていた手でイザークをポンポンと叩いた。それで、イザークは安心したように手綱を再び握りしめる。
二人を乗せたラクダが、砂漠を走る。
日が沈んだ砂漠は、かなり肌寒かった。月の光が、塩混じりの白い砂漠を照らしている。そのお陰か、思っているよりは明るかった。
砂嵐が起きる、と隊長は言った。
この国には予言師なる人物がいるらしい。その人物は魔力を持って先を見通す力があるのだとか。
この辺りは魔法オタクのナーシルが以前解説してくれた覚えがある。今まですっかり忘れていたけれど。
ともかく、そういった人達がいるお陰で、砂嵐が来ても被害を最小限に抑えられるのだそうだ。依織の感覚からすると気象予報士のような感覚である。この世界に衛星はないし、あったとしても砂嵐の予測をするなんてできなさそうだけれど。
その予言師という人は、普段から色々な事象を予言するらしい。例えばその年の農業の出来映えだったり、水不足が深刻になりそうな場所だったり。今まで依織が塩抜きをしてきた場所の大半は予言で言われた場所なんだそうだ。
予言は全てが当たるわけではないし、人によって得意な分野・不得意な分野がある。そして、それらの予言を聞いて、最終的な判断を下すのがイザークの叔父である国王なのだそうだ。
お抱えの予言師は何人か居て、その人ごとに予言の精度や言うことはバラバラらしい。
だが、今回の予言は違う。
ほぼ全員が口を揃えて「七日後に、大きな砂嵐が来る」と言った。
「イオリ殿が作った、あの風除けの石…あれは今から作れるモノだろうか?」
大変申し訳なさそうに、隊長は言った。
砂嵐は自然災害だ。防ぎようがない。だから、皆蓄えて備える。しかし、今は時期が悪かった。
オアシスに住んでいる魔女という、いかにも怪しい存在に縋るほどに、今のクウォルフ国には余裕がない。今回はたまたま運良く、依織が役に立っただけだ。それにより、やっと日々の水は確保出来るようになったところなのだ。
ナーシル達が頑張って錬金術の解明をしたり、テイマーを雇っての塩抜き作業はかなり進んでいる。塩を外国に売る手はずなんかも整えられてきているのだ。
だが、それも全て発展途上のもの。
今クウォルフ国は日々の生活をなんとかすることはできても、災害にまで手が回らない状況なのだ。
(…そこまで困窮してたのが救われた、というのなら確かにパレードとかも言い出す、よね。
絶対イヤだけど)
今になって明かされた国の真実に、依織はこっそりため息を吐く。確かに全くの外部の者に国の弱い部分をさらけ出すなんてなかなか出来ないだろう。下手したら、困窮しているという情報を他国に売られ、攻め込まれる可能性すらある。
だからこそ、王は依織が国外逃亡しない証がほしかったのだ、と今ならわかる。イザークをけしかけたのもそのためだ。
イザーク本人が依織に惚れた、らしい、のは国王にとっては嬉しい誤算だっただろう。
ともかく、そんな事情で今、この国は砂嵐の直撃には耐えられない。普段ならば耐えられなくても耐えるしかなかった。
だが、一行は知っているのだ。依織が砂嵐の直撃をなんとかしてしまった一部始終を。
それに縋りたい、と思ってしまうのは人間として自然な感情だろう。
(…そこまで正直に言われたら、私だって何かしたいって思わないことはないし)
隊長に相談を持ちかけられてすぐ、依織はイザークに言った。
「風除けの石、持ってくる!」
ぶっちゃけ依織は今住んでいる王宮の離れがどの辺りに位置し、自分の住んでいたオアシスがどこなのかさっぱりわかっていない。けれど、自然と「風除けの石を持ってこなければ」と思った。そのくらい、この国に愛着が湧いてきているようだ。
ただ、その言葉を聞いて慌てたのがイザークと隊長だ。
特に隊長は、石の位置を教えてくれれば自分たちが行ってくると言うつもりだったらしい。が、それは多分無理だ。
トリさんがそれを許してくれないだろう。
彼には依織の居住区画を守るようにお願いした。トリさんは結構律儀な性格をしていると依織は思っている。しかしながら、トリさんが依織以外の人間を見分けられるかというと疑問が残るのだ。
下手をしたら盗人と思われて、隊長達とトリさんの全面対決になりかねない。
トリさんは意外と強いらしいと聞いているので、どちらもただではすまないだろう。
そんな戦いに割く時間はないのだ。
だから、依織が行くのが一番手っ取り早い。
「えーと…それ、ここでは作れないモノ?」
バタバタと出かける準備をしようとしている依織に、イザークは問いかけてきた。
確かにあれは依織が作ったモノだ。そして、依織があのオアシスにずっといた以上、材料だって取り立てて珍しいモノが必要だとは思えない、と推測できるだろう。
大当たりである。
風除けの石に特別な材料は特に必要ない。その辺りの石ころに呪いをして、魔力を通す。
だが、その魔力を通す作業がクセモノなのだ。
「作れる。でも、時間かかる。
これくらい一個で、一月」
人差し指と親指で輪っかを作って大きさを示す。
仕組みはよくわからないけれど、石には魔力が通りづらいのだ。
試してみたけれど、椰子の木などにはもっと通りづらかった。余談だが、布にはすんなり通ったため実は応用の仕方を考えていたりする。
ともかく、風除けの石の完成品を作るのに、小さなモノでも一月はかかってしまうのだ。
そして、風除けの石の力は大きさに比例する。
国の予言師達が揃って予言するほどの大きさの砂嵐だ。小さな石で大丈夫なのか不安が残る。
ただ、それに対する打開策が一つだけあった。
「石、合体できる、から」
最初から大きな石に魔力を通すよりも、いくつか小さな石を作っておいてつなぎ合わせる方が楽、と書いてあった。だからこそ、依織は一人でワタワタしながら石を回収しにいこうとしているのだ。
結局のところ、依織一人であのオアシスにたどり着けるはずもなく、イザークが同行を申し出てくれた。
曰く「折角恋人同士になったんだし、他の男に相乗りさせるつもりはないなぁ」だそうで。
王族としての仕事があるだろうに、ついてきてくれたのは大変ありがたい。依織としても、今更イザーク以外の人と相乗りするのは勇気がいる。
そして、現在に至るわけだが。
「……っ…っ!!」
コトは急を要する。
予言では七日後ということだが、それ以外の日数を予言している者もいないわけではない。それに、予言の精度も確実とまでは言い切れないのだ。急ぐに越したことはない。
と、いうことで、今まで体験したことのない速度でラクダが疾走している。
(喋ったら舌噛む…絶対噛む!)
そんなわけで、イザークと依織は恋人同士(仮)になったのだが、ラクダの上では碌に会話も出来ていない。かなりの強行軍だ。
ただひたすらイザークにしがみついて、お尻の痛みに耐える。
(これがあと3日は続くのよね…いやでも、かなりのハイペースだからもしかしたら少しは短縮できるかも。
…短縮して!!)
自分から言い出したこととは言え、この強行軍は結構辛い。尻も痛ければ、しがみついている腕も筋肉痛になりそうだ。
早く全部無事に終わってくれ、という依織の切なる願い。
それは、唐突に月明かりを遮った影のお陰で叶えられそうだった。
影の正体に気付いたイザークがラクダを止める。
揺れがおさまったラクダの上で、依織は影に向って叫んだ。
「トリさん!! お願い手伝って!!」
【お願い】
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