3.キラキラ軍団の事情
「イザーク殿、それは?」
とりあえず受け取った布を持って、一緒に行軍してきたメンバー達の元に戻る。するとやはり、困惑した表情で隊長に問いかけられてしまった。いや、わかるよ。俺もどうしたもんかと思ってる。
「布、だね。あの子から貰った」
随分と手触りが良く、軽い布だ。その癖日光はあまり通さない厚さがある。何処で手に入れたかはわからないが、市場に出せば良い値段で売れるだろう。
「布? 何故…」
「うーんと、多分だけど外暑いからじゃない? 天幕って言ってたし」
「……ここまでの行軍の間に使用したものがあるのですが」
たった2日程度とは言え、砂漠の行軍はきつい。当然ながら万全の準備をして挑む。ここに辿り着けたとしてもそれだけではだめだ。無事に王都まで帰らなければならないのだから。そのため、荷物は7日分を想定して各自持っている。
そういうことを思いつけない程度に彼女は世間知らずのようだ。
「いやぁ…うん。普通はそこまで思いつくよねぇ。
あ、あと水と食べ物わけてくれるって」
「…ここまでの行軍で手持ちの食料は準備してあるのですが…」
隊長の表情が更に困惑したように歪む。気持ちはまぁわかる。
なんというか、彼女は自分たちの認識とはどうもズレているらしい。
「そうなんだよねぇ。まぁ水は有り難いんじゃない?
俺らの目的ってそれだし」
イザークら一行の目的はこの小さなオアシス、通称『死のオアシス』の調査だ。
何故ここがそんな物騒な名前で呼ばれているからというと、ここの水を飲んだものは最終的に死に至るからだと言われている。砂漠でやっと見つけたオアシスなのにも関わらず、そこの水が飲めないという絶望からつけられた通称だ。
王都の西に位置する此処は、人が住むのに全く適していない土地と言われている。ここからさらに一週間ほどラクダを走らせれば海があるらしいが、そこまでして行く価値はない。別の土地では海の幸が重宝されるとは聞いている。しかしながらこの国の気候だと、都まで運ぶ間に灼熱の太陽に照らされて腐ってしまう。干せば別かもしれないが、干している間に自分たちが干からびてしまう。何せここから海岸部までの間に食料や水などを補給できる場所がないのだから。
故に王都の西側は放置され、小悪党達のいい隠れ蓑となっている。尤も、そういう輩も数日に一度は王都にくる。そうしないと乾いて死んでしまうからだ。
そうやって生活している小悪党、ならず者たちの中で、とある噂が広がった。
『西の死のオアシスに近づくな。凶悪な魔女が住み着いたぞ』
という話だ。
王都の西側を拠点とする彼らの中ではかなり有名になっていた。だが、それだけで終わってはいけないのが政に関わる人間達だ。
住めないはずのオアシスに人が住んでいる。それはどういったからくりなのか。それを調査するのがイザーク達と言うわけだ。
いずれも腕に覚えがあるものを揃えて勇んで出発してきたわけだが、フタをあけてみれば居るのはプルプル震える小動物のような女性一人。オアシスも『死のオアシス』なんて呼ばれているとは思えない。砂嵐がくれば砂で埋もれそうな池サイズのオアシスと、そのほとりにある小さな小屋。ただ、その周りには椰子やサボテンが成長し、家の脇には畑のようなものがあるのが見て取れた。死の、なんていう冠がつくには首をかしげる程、のどかな光景だ。
そしてそこに住んでいる魔女と呼ばれた人物も、魔女という言葉から連想される風体とはほど遠い。しわくちゃの老婆で、不気味な笑い声に垂れた鼻、というのがイザークの中の魔女像である。恐らく周りの人間に聞いてもほとんどが同意してくれるだろう。翻って先ほどあった女性はどうか。
国では珍しい色素の薄い栗色の髪に灰色の瞳、肌の色も砂漠に住んでいるのが信じられないほど白く全体的にぼんやりしている。化粧で塗りたくった肌とは違うことは見て取れた。真っ白な砂漠の中に立っていたら見失いそうな儚さがある。
黙っていれば美人と言えなくもないかもしれない。だが、ずっと怯えてプルプル震えているところしか見ていないためよくわからないのが実情だ。少なくとも、魔女というよりはその辺の小動物という感じだ。
「いやぁ…どこが凶悪な魔女なんだって感じだよね」
「警戒を怠ってはいけませんぞ、イザーク殿。油断を誘っているだけかもしれません」
「…ない、とは言い切れないけどさぁ。そもそも捕まえた連中から聞いた話だと10人くらいなら束になっても敵わないって言ってたじゃない?
本当にそういう実力の持ち主ならあんなプルプルしなくてもいいと思うんだよねぇ」
何せ怯えすぎてまともに会話が成立していない。
混乱しすぎて力が暴走することはあるかもしれないが、今のところそのような兆候もない。ただただ会話が成立しないだけだ。
「それは、まぁ…」
「あと何より…あんな震えてる女性に手をあげられるやつ、いる?」
泣きそうな顔で怯える姿を全員が見ている。イザークの問いかけに全員が言葉を返せなかった。
ここにいるメンバーはいずれも腕に覚えがある者で、どんなならず者であっても怯まない。必要であれば殺すことを躊躇しない奴らだ。
だが、あんなにビクビクしている小動物のような女性に手をあげられるか、と言われると微妙なところだ。良心が痛む。それでも仕事ならやらざるを得ない。
とはいえ、いまのところ、死のオアシスの魔女に攻撃を仕掛ける必要性はない。
「では、どういたします?」
「うーん…聞きたいのはこのオアシスがどういうからくりになってるか…ひいては王都の浸食をとめられるか、なんだけどねぇ」
王都は今深刻な問題に直面している。
クウォルフ国の王都、ルフルは元々この砂漠にあったオアシスを開発して作られた都だ。その都のオアシスが、周りの砂漠に浸食され始めているのだ。豊かな恵みを与えてくれていたはずのオアシスの水が、徐々に飲めなくなってきている。水路も白く濁り、一部の迷信深い者達は「滅びの前兆だ」と嘆く始末。
どうにかして水を確保しなくてはと頭を悩ませていたところで、死のオアシスに人が住んでいるという噂を聞きつけたのだ。
方法を聞ければそれだけでも良かったのだが、あの調子では必要なことを聞き出すまでにどれほど時間がかかるか見当もつかない。
「あの…」
頭を悩ませていると一行の中でも年若い青年がおずおずと会話に入ってきた。
「どうした?」
「彼女、文字は読めるんですかね?
その…デカイ男集団が怖くてしゃべれないって感じがしましたし、文字でこちらの要望を伝えればまだ意思の疎通がとれるかな、と」
「…そういえば、ちらっと見ただけだが書物があったような気もするな…」
「それは名案だ。
だが問題がある」
「そうなんですよね…」
なかなか良い作戦だが、その作戦には致命的な欠点があった。
「俺ら誰も紙とか持ってないんですよね。重いし、要るなんて思わなかったから」
「となると、彼女にあるか聞くしかないが…」
「ない可能性も大いにありますし、その前に『紙はあるか。あるなら貰ってもいいか』という会話が成立するかどうか…」
先ほどの様子を見るに、難航するのは目に見えるようだ。
「…せめて女性がいれば良かったんだがなぁ。戦闘になる可能性を考慮したのがまずかったか」
「まぁ…平和な悩みでよかった、と思うしかないな。
実際武力で解決も想定してたんだからさ」
そう言ってイザークはちょっと乾いた笑いを浮かべた。
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