26.コミュ障と告白
「読んだ」
「はい」
長いような短いような待ち時間が終わった。
このあと自分はどうなるのか。今さらだが国家を謀った罪、何て言われたらどうしよう。今までとても優しかったイザークではあるが、国に対して害があると判断される可能性が皆無ではない。
(逃げきれるかな? 攻撃魔法の練習なんかしてないし、転移魔法もあったような気がするけど転移先がわからないと危険って書いてあったような…)
あまりにも現実を直視したくないせいか、思考が明後日の方向にずれていく。
向かい合ったイザークは、厳しい顔をしていた。
「…結構、色々なことが書いてあって少し混乱しているんだけど…」
「ごめんなさい」
混乱させてごめんなさい。でも、顔も見たくないと言われる覚悟だけはきちんとしているつもりだ。
今すぐ夜逃げだってできる。昼だけど。
そんな依織の心配をよそに、イザークは呟いた。
「…まさか年上だったとは…。
どんなに口説いても靡いてもらえなかったのってそのせい?
もしかして、ほんとに叔父の第八夫人のがメがあるってこと!?」
「はぇ?」
「年下には魅力感じないタイプなのかな、と」
「あの…えっと…」
予想していたどれとも違う言葉を返されて、依織は面食らう。頭の中は?マークでいっぱいで、上手く処理しきれず無駄に手をグーパーと繰り返すだけだった。
そんな依織をよそにイザークは言葉を続ける。
「いや、俺もね、うぬぼれてたところはあるかもしんない。でもさぁ、結構いい顔面に生まれてしかもそこそこいい家に生まれちゃったわけじゃん? 勿論それに対する責任の重さやばいし半端ないけど、それなりにそつなくこなせちゃうからちょっと調子に乗ったのはあるんだよ。
でも、なんで全くなびいてくれないのかな? とか思ってたんだよ。
つまり、イオリは年下は範囲外?」
「え? いえ、そうではなく…」
「年下もオッケー? なら、俺頑張るね」
何だろう、この、噛み合わない感じ。
問題なのはそこなのだろうか。
「あの…そうじゃ、なくて…」
「ん? もしかしてその他にも色々書いてたけど…。
もしかしてソッチがイオリ的にはメインだった?」
メインというか、そこが国としては大事なのではないだろうか。
オアシスを救ったなどと言われていても、それは依織の手柄ではない。騙していたと言われても仕方が無い行為だ、と思っていたのだが。
「うーん…。
例えばイオリの塩抜きの魔法なんだけど、あれは神様から貰った、んだよね?」
「…はい」
「でも、イオリはその力を隠すこともできたし、使わないことも出来た。
もっと言うなら、魔法を使ってあげるから一回につき宝石を一つ寄越せ、とかもできたよね」
「へ? あ…」
そんなこと、考えてもみなかった。
考えたのは、何度も何度も呼ばれたら会話する機会が増えて面倒だな、くらいで。出来れば何回も呼ばれたくないし、人と関わる回数が増えるのは億劫だった。
でも、それだけだ。
実際はイザークがほとんどの対話をしてくれたし、ナーシルは質問攻めにはしてきたけど、それはそこまで不快ではない。ただ、上手く返答できなくて申し訳ない気持ちはあるけれど。
「ふふ、考えていなかったでしょ。
正直ね、王族と付き合いがあるとそういうこと言い出すヤツ多いんだ。
勿論、労働に対して正当な対価を払うのは当然のことなんだけどね。
でも、見返りを求めないイオリだからこそ、俺を含め皆が率先して何かしたいって思ったんだよ」
実際は、何かする度にイオリは恐縮して固まっちゃったけどね、と苦笑しながら続けられる。
まさか考えが及ばなかっただけなのに、そんな風に受け止められるとは思いもしなかった。
「そういうところが、いいなぁって思ったんだよね。
あと、何もかも能力を与えてくれた神様のお陰って思ってるのかもしれないけど、違うと思うよ」
「それは…」
思わず首を振る。
だって、実際何もかもあの神様からもらったものだ。シロやトリさんと共存できたのも、錬金術を使えるのも、布を織ることだって、神様がお膳立てしてくれたからだ。
「道具や一番最初のやり方をくれたのはその神様かもしれない。
でも、俺に布を織って、プレゼントしてくれたのは?
この国のあちこちに足を運んで、救ってくれたのは誰だと思う?」
「…」
「字をわかるようにしてくれたのは神様かもしれないけれど、こうやって自分の事を正直に伝えようと手紙を書いてくれたのは…。
俺と、ずっと文通を続けてくれた、ちょっと喋るのが苦手な人は、紛れもなくイオリだよね」
「…はい」
それはそうだ。布を織ったのも、足を運んだのも…今こうして手紙を書いたのも、それは全て依織がしたことだ。
その言葉が、ストンと収まりよく胃の腑に落ちていく。
「…私、ですね、それは…」
ぶわり、と何かがこみ上げてくる。
感情がうまく制御できない。
恥ずかしいのか、嬉しいのか。ツン、と鼻の奥が痛い。
「うんそう。神様が手段を与えてくれたのは、きっとそうなんだと思う。
死のオアシスに突然人が住み着いた、なんて事柄そうでもしないと辻褄合わないしね。
でも、その手段を行使したのは、他でもないイオリなんだよ」
優しい声が、依織の耳に届く。普段だったら焦って上手く脳みそに染みこんでくれない言葉が、じんわりと沁みていった。
高ぶった感情が、頬を濡らしていく。
こんな年齢なのに自分の感情が制御出来ないのが恥ずかしくて、依織は俯いた。
「あの、ごめんなさい」
「謝ることないのに。
伝わったみたいで安心したよ」
触れてこようとして、止まって。それからもう一度、これ以上無く優しくイザークの手が依織の頭を撫でる。その手のぬくもりに、バカみたいに安心してしまって、こぼれ落ちる雫が止まらない。
恥ずかしさと申し訳なさで、止めなければと必死になる。けれど、泣いたのなんてどれくらいぶりかわからない。泣き方がわかっていなかった人間が、涙の止め方なんてわかるわけもなかった。
物理的に止めようと手の甲で目をこすろうとして、それを察知したイザークに止められた。
「こすったら傷になる。砂漠はどこでも砂が入り込んじゃうからさ…」
確かにどんなにキレイにしても、いつの間にか砂は生活に入り込んでいたりする。砂がついた手で目をこすれば最悪失明があるのはわかる。
(それでも、この離れはそういうことが少ないのに)
それくらい彼が自分に対して過保護なのだと思うと、顔に熱が昇った。そのショックで涙が止まってくれればいいのに、流石にそれはなかった。
いつも座る椅子に座らされ、暫く経ってから濡れた布を手渡された。
「目、冷やしながら聞いてくれる?」
今声を出せばみっともなくひっくり返りそうだから、大きく頷くことで返事をした。バカになった涙腺は、なかなか通常営業に戻ってくれない。
「こういう状況で口説くのなかなか卑怯な気がするんだけど…。
さっき言ったの同じ理由で、俺はイオリのことが好きだよ。
…全く国の思惑が絡まないって言ったら大嘘になるけど」
手紙には、国のための犠牲にならなくていい、みたいなことを書いた。
だって、こんなに優しい人が依織を口説くだなんて思っていなかったから。
けれど、それは違うと理解できてしまった。
イザークはたぶん、イオリ自身のことを好きだと思ってくれたようだ。
…では、依織自身は?
「今はまだ結構混乱してると思うから、改めて考えてみてほしいかな。
俺は国のことを切り離してもイオリのこと好きだなって思ってる。だから、イオリも役目とか立場とか、一度切り離して考えて見て欲しい。
…返事、待ってるからね」
そう言って、イザークは依織に考える時間をくれた。
暫く涙は止まりそうになかった。
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