25.寝不足のコミュ障
自意識過剰でなければ、多分依織はイザークに口説かれている。
イザークの事情もわからなくはない。
神様に貰った錬金術ありきではあるが、依織は今この国になくてはならない存在らしい。だからこそ、人材コレクターと噂される国王がこの国につなぎ止めるために色々画策してくれているのである。この離れの環境なんてその最たる例だろう。ただの小娘にここまでの厚遇をしてくれるほど、王というのはお人好しではないはずだ。
「…逆にその方が安心する」
利害関係の一致と言われる方が気持ちが楽だ。
それこそ仕事として塩抜きを請け負えば良い。けれど、今この国は少しずつソルトスライムを使役できる人材を増やしているのだそうだ。それから、ナーシルが頑張って依織の錬金術を解明しようとしている。
そのうち、依織は要らなくなるはずだ。依織がいなくても、国は国としてやっていける。そうなってくれるように依織が仕向けたからだ。
だが、狙い通り依織がいちいち出向かなくてもやっていける風に動いてはくれている。だが、人材コレクターの王様は依織を手放すつもりはない。そこまでの事情は理解した。
「人と関わるのがしんどいのは、何一つ、全く、これっぽっちも変わってない。
変わってない、けど…少しくらいは許容できる気が、する…。
いや、許容するのって私じゃなく相手なんだけど。
…許容してくれそうな、気がする」
今、依織は周りにかなり恵まれている。
ナーシルはたまに暴走するけれど、魔法に関して真摯で一途。本人が変人だからかはわからないが、依織が話せなくても気にしない人だ。
他にも、王都までの道中で世話になったメンバーはいずれも話すのが下手くそな依織のことをあまり気にしないでいてくれる。これが、どれだけ恵まれているかを依織は知っている。涙が出るほど有り難いことだ。そこに胡座をかいてはいけないと自分を戒めなければと思うほどに。
だから、この環境であればなんとかやっていけそうな気はする。
そうなると、今度は依織がどうやって働くか、だ。
流石に何もしないまま国におんぶに抱っこという気持ちにはなれない。少なくとも依織は。
「すごく良いタイミングでグルヤさんと会えたと思う」
依織唯一の特技と言っても良い手先の器用さが発揮できる分野。とりあえず、布を完成させれば適正価格で買って貰える。お値段としてはかなり破格なはずだ。
ただし、それもこれもイザークに揃えて貰った道具と糸あってのこと。
もしその道で食べていくとしたら、それらを揃えるところから始めなければならない。が、それも恐らくなんとかなる。既に色々前払いして貰っているから。
国王がOKを出してくれるなら、オアシスに戻るのが一番良い。ラクダにのれるようになればなんとかなるだろう。
「だから、イザークが国の犠牲になることはない…」
もしかしたら、少しはイザークも好意を持っていてくれたのかもしれない。
けれど、それは依織の表面だけを見てのことだ。国にとって有用な錬金術を使えるという部分が大きなアドバンテージになっていることは恐らく間違いない。
本当の依織は、重ねた年齢で言えば国王と釣り合うくらいで、何の力も持たないコミュ障だ。
「…私なんかに囚われることはない、よ」
なんとか暮らして行けそうだから。
依織を気遣って口説いたりしなくていい。
本当の依織はただの、少し手先が器用なだけのコミュ障だ。
「ちゃんと言おう…うん。いや、言えないけど」
言えないから、手紙で。
優しくしてくれたことはとても嬉しかった。
贈り物だって、凄く嬉しかった。
何よりも、依織の存在をきちんと受け止めようとしてくれたことが新鮮な驚きだった。
そういう、感謝の気持ちもきちんと添えて、本当の事を書く。
本当はもっとちっぽけで何の存在価値もない自分の事を。
きっとそれを伝えてしまえば、今まで通りの態度ではなくなってしまうだろうけど。
「…考えて見れば一国の王様に会ったり、王族に物凄く親切にして貰ったり、なんて…凄い体験したなぁ。流石異世界だ」
何度も書き損じながら、丁寧に言葉を選ぶ。
じわり、と視界が歪むのは多分気のせい。ジクジクとこの先のことを考えて胸が痛むのも、気のせい。
今まで騙しておいて、今更それを手放したくないだなんてそんな馬鹿なことはあり得ないのだ。
「大丈夫。大丈夫だし」
一人には慣れているし、ずっと望んでいたことだ。
誰とも関わらず、趣味だけして生きていく。残念ながら、誰とも関わらないというのは難しくなってしまったけれど。
それでも、今までだって一人だったから、今から一人になることだって絶対に大丈夫だ。
そんな気持ちをなんとか手紙にしたためて、就寝する。
徹夜をして心配をかけたばかりだから、眠らないという選択はとれない。もっとも、イザークが手紙を読んだ後の、本当のことを知った時の反応をグルグルと考えてしまい眠りは浅かったけれど。
考えられる限りの最悪の想像はした。
どんなに罵倒されようと、幻滅されようと、やっぱり手紙を渡さないという選択肢だけはとれなかった。
「…ねぇ、ちゃんと寝た!?」
余りきちんと眠れず、かといっていつも通りの時間に起床しないとこれまた心配をかけてしまう。そう思って出来るだけいつも通りの生活を続けていたが、やはり顔色の悪さだけはどうにもならなかった。
お昼過ぎに依織の元を訪れたイザークには開口一番でそう言われてしまった。
(やっぱり良く人のことを見てるよね。
人タラシは人の変化に敏感なんだなぁ…)
もしかしたら今日でその対象から外れるかもしれない。それに寂しさを覚えつつも、なんとなくその事実が面白かった。
「…手紙、を…書いた、ので…」
何枚も何枚も書き損じて、やっと書けたものを渡す。これだって十分に伝えられるかは自信が無い。
渡さなきゃ、ということで頭がいっぱいで、寝たか? という問いに答えられてないことに後から気付いた。
「あ、えーと…そういう顔になっちゃうくらい頑張って書いた手紙ってことかな?
んー、じゃあ今読んじゃうね。気になるし」
「…はい」
首はギロチンにセットされた。スタンバイオーケー。
あとは、勢いよくこの首を跳ね飛ばすだけだ。
勿論比喩ではあるけれど、依織はそういう心持ちだった。
ただ、ヤケクソもここまでくると一周回るのだろうか。泣きそうになったり、情緒が大分不安定だったのに、今は落ち着いてイザークの顔を見ることができた。
(あぁうん…馴染みがない褐色の肌だけど、本当にかっこいい人なんだよね。イザークって)
イザークが読み終わるまでのわずかな時間、依織は最後になるかもしれないとじっくりイザークの顔面を見ていた。
【お願い】
このお話が少しでもお気に召しましたら、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
作者のモチベに繋がります。
ブックマークも是非よろしくお願いします!





