23.コミュ障と商人
「いや、お恥ずかしい。
素晴らしい布を見るとつい…」
「いやぁ…予想以上だったな。
イオリの布で大興奮してたから相談にのってもらえるとは思ったけど。
大丈夫?」
「…はい」
全然大丈夫じゃないが、大丈夫と頷いてしまう日本人は少なくないはずだ。なんというか、条件反射で言ってしまう。少なくとも、依織はそういうタイプだった。
「全然大丈夫じゃないね」
「申し訳ない。何か飲むものを持ってこさせましょう」
目の前で申し訳なさそうに恐縮する彼は、服飾店「ナーシィ」の店主グルヤさんと言う。あの怒濤の話の中で、なんとかそれだけは聞き取って覚えることができた。
(進歩した。進歩したよね、私…)
人の顔と名前を覚える。これは前世からも大分苦手としていた分野だ。
だが、これだけ一方的にべらべらと話されればインパクトも絶大。そして奇跡的にも名前も聞き取ることができた。これで以降名前をど忘れするという失礼はしないですむだろう。多分。
グルヤの合図で控えていた人達がすぐに動き出す。すぐに冷えた茶が出された。何か事前に準備していたのかもしれない。
「まぁこの分だと、彼女が布を売りたいと言ったらここでは買い取って貰えそうだな」
「もちろんですとも! うちの店はどのような布であってもきちんと鑑定を行い、適正価格で買い取らせていただいておりますからね。
いやぁ、それにしてもあの布は久々に見て興奮いたしました。
…ところで、イオリ様、でよろしいですかな? イオリ様は服には興味ありませんか? よろしければコチラで何点か…」
ギラリとグルヤの目が光った。確かにイオリはあまり服には頓着しない。王宮の一室に居たときは侍女の着せ替え人形。今は離れの中に用意された服から適当に引っ張り出して着ているだけだ。服飾のプロから見ると、大分間違った着用方法をしているのかもしれない。
が、このまま行けば王宮の二の舞。着せ替え人形再び、というフラグが立っている気がする。オシャレは嫌いではないが、オシャレのためにたくさんの会話をこなすのはちょっと無理だ。
どうやって乗り切ろうかと考えるも、良い案は浮かばず目だけをジャバジャバと泳がせる。勢い的には素潜りだ。今すぐ存在感を消し去りたい。
「グルヤ…」
「…うぉっほん。
本日は顔見せだけ、でしたな」
依織がオロオロしていると、イザークの鋭い声が響いた。そちらを見れば、ギロリと厳しい視線をグルヤに向けている。威圧するような雰囲気は、流石王族と言ったところだろうか。隣にいる依織も叱責された気になってビクリと震え上がってしまった。
だが、その効果はテキメンだ。
しまった、という顔をしたグルヤが服オタクからデキる商人の顔に戻る。
「全く…着飾らせたい気持ちはわかるが、彼女はかなりの人見知りなんだ。
こうして突然来てくれただけでも有り難いと思ってくれ」
「え、あ…え?」
困惑してイザークとグルヤの二人を交互に見つめる。
依織はごく普通の一般人である。何の因果か生まれ変わったり、神様から様々な恩恵を貰ったりはしたが、気持ちの上ではごく普通だ。有り難がられる要素は皆無なのだが。
フッとイザークが依織を安心させるように微笑んで、説明を加えてくれた。
「依織は正直あまり会話が得意ではないだろう?
でも、作品を作って売る、ということは意外と食いついてくれたから。それに、あの布は本当に素晴らしかった。だから、とりあえず店舗を持たず、此処に卸してみるのはどうか、と思ったんだ」
にっこりと微笑むイザークの顔は、有無を言わせないアレではなく、いつも通りのものだった。
グルヤもこの好機を逃してなるものか、と言葉を付け足す。
「勿論イオリ様もお忙しいでしょうから、ノルマなどは一切ありません。
むしろ、制限がない方があの布のような素晴らしいものが生み出せそうですからな」
話ぶりから察するに、グルヤの店は布に困っているわけではないのだろう。チラリと店内を見ただけだが、様々な布で作られた服がディスプレイしてあった。その中でも依織が作ったアレは今まで流通してきたものとはかなり毛色が違うのだろう。
依織だってそうなるように作ったのだ。
イザークが驚いて、そして喜んで使ってくれるような布を目指した。
その結果がこの評価であるのならばとても嬉しいことだ。
イザークが保証してくれるのであれば、条件が悪いというわけでもないだろう。そう考えて、一つ頷いて見せた。
「量産は、できないですが…私の布、完成したら……また、見て下さい」
(失礼はない? この言い方で合ってる? 大丈夫? 機嫌損ねたりしない?)
心の中では不安でいっぱいだ。それでも、久しぶりにかなり長いセンテンスをイザーク以外に話すことができた気がする。
考えすぎて頭痛はするし、なんなら動悸息切れめまいも起こしそうだ。それでも、自分の作品を評価してくれた人には、ちゃんと礼を尽くしたい。
「布、褒めて貰えて、嬉しいです。
ありがとうございます」
酸欠になりそう。それでも深々と頭を下げる。
それでも、言うべきことはきちんと言えたと思う。
「イオリがこんなにがっつり話すの珍しい…。良かったなーグルヤそこまで引かれてないみたいだぞ」
「はっはっは。布好き同士通じ合うモノがあった、ということで」
「…えっと…はぁ」
気の抜けた声が唇からつい漏れ出てしまった。
別に布好きだから通じ合ったか、と言われればそうでもない。そうでもないのだけど、今わざわざ訂正したら角が立ちそうなので黙っておく。
「むーん、それは妬けちゃうなぁ。
ま、いいか。イオリは他に要望ない? あるなら今のうちだよ。
グルヤはもしイオリに注文あるなら書面の方がいいってアドバイスしておくぞ」
「ふむ…なるほど。ですが、あまり注文をつけてしまうと自由さがなくなってしまいますからな。イオリ様のお手並みを知るためにもしばらくは自由に時間があるときに完成品を見せて貰う方がよろしいでしょう。
幸い、うちの店は完成品を気長に待つだけの余裕はありますから」
イザークがグルヤと交渉を進めている一方で、依織は要望を考えて見る。
普段だったら人様に何かお願いするなんて考えもしないところだ。けれど、ここは服飾店。たくさんの服や布、そして服を引き立てる装飾品の数々がある。
ハンドメイド作家の創作意欲がうずいた、とでも言うのだろうか。
「あの…端切れって…どうしてますか?」
「端切れですか? 大体は廃棄しておりますが…」
「! も、貰ってもいい…ですか?」
「え? はぁ、構いませんよ」
端切れが欲しいというのは、余程素っ頓狂なお願いだったのだろう。そこはしかしデキる商人。さっと傍に控えていた人に命じていた。
程なくして、様々な布が依織の目の前に積まれる。色も形もバラバラ。中には端切れと呼ぶには大きいのではないかと思うようなモノまで。
「持ってこさせはしましたが…このようなモノで構わないのですか?」
「あ、はい。十分です」
久々に見た大量の布に依織の目が輝いていく。
これだけあればパッチワークだってし放題だしつまみ細工やコースターやシュシュまで作り放題ではないか。大きな端切れからはポーチだって作れてしまう。
(…暮らしてはいけなかったけど、私やっぱりハンドメイド好きなんだなぁ)
しみじみとそう感じながら、高鳴る心臓を押さえつけつつ、言葉を探した。
「私、小物作りも、好きで…作ったら見て貰えますか…?」
恐る恐る言葉にした問いの返事は、満面の笑みで返された。
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