22.コミュ障とデート?
「あの…」
この状況に対して、依織はどうやって言葉にしていいかわからなかった。
時刻は夕方近く。帰宅するには少し早いが、お茶をするには少し遅いという半端な時間。ただ、痛いほど照りつける砂漠の日光はほんの少しだけ和らいでいるので、外にいるのは昼間ほど苦ではない。街が段々とオレンジがかってくる。
ナーシルと別れ、街中をラクダに乗せられて散策する。当然、未だ一人でラクダに乗れない依織はイザークの前に座っている。二人乗りのラクダは悠々と人並みをかき分けて歩いていた。
有無を言わせぬ笑みで「これからデートだ」と言われた。
しかしながら、依織にはそんな記憶は全くない。だが、頭が真っ白になっている間に宣言されていた可能性はある。緊張しているとよく起こしてしまう現象だ。そのため、二人きりになってもどう訊いて良いか分からずここまで来てしまった。
(本当に約束してたなら「そんな約束してましたっけ?」っていうの失礼よね。
でも、約束を忘れてること自体が失礼?
どうしよう、なんて言えばいいんだろう…)
グルグルと悩んで出てきた言葉は、依織がすんなりと言える言葉ランキングトップ3に入るものだった。
「ごめんなさい」
悲しいかな、前世から謝罪だけはしなれてしまっている。
上手く話せなくてごめんなさい。気が利かなくてごめんなさい。その他諸々の謝罪を、ずっと続けてきたせいで、謝罪だけはあまりどもらない。ちなみに「すみません」や「申し訳ありません」などバリエーションも豊富である。全く自慢にならない。
「んー…そうきたか」
「すみません」
困り切った末に出てきた謝罪の言葉に対し、イザークは半ば感心したようなため息を漏らした。その呆れた様な空気に、また思わず謝罪してしまう。こうなるともうループだ。
今はお互いの顔が見えないため、恐らく気付かれてはいないとは思うが、依織の顔は泣きそうに歪んでいた。
(どうして人の意図がこうも掴めないのだろう…。
こんなにも良くして貰ってるのに…)
以心伝心なんて言葉があるけれど、そんな現象は依織にとって夢物語だ。
いつだって相手の意図するところを汲み取れず、謝罪して終わる。依織の知る人間関係というのはだいたいそんなものだった。
自分の不甲斐なさに溢れそうになる涙を、目にグッと力をいれて堪える。
「えーと、まずね。俺とデートなんて約束はしてないから謝らなくても大丈夫だよ。
…って今の謝罪そういう意味で合ってた?」
どういう意味の謝罪だったか、と問われると困ってしまう。確かに、もしデートという言葉を聞いていなかったのだとしたら謝罪しなければと思っていた。
「…それも、ある、あります。
でも…意図を、汲めない、から…私」
グルリグルリと胸中を回っていたふがいない自分に対する毒を吐き出すように、呟く。雑多な喧噪の中、まるで自分だけ浮いているような心持ちになった。意外と柔らかなラクダの毛を握りしめそうになって、自制する。折角乗せてくれているのに、痛い思いをしたら可哀想だ。
きっとイザークも呆れてイヤになっているだろう、と思っているところに焦ったような声が聞こえてきた。
「いやいやいや!
意図を汲めないなんて当然でしょ!
ていうか、俺としては「何勝手なこと言ってるんだ」ってお叱りをいただくかと思ってたんだけどなぁ…」
「そんな…」
予想外の言葉に、依織は目を見開く。先程溜まりそうになっていた涙は驚きのあまり引っ込んだ。
親しくなって構わないと言って貰えたけれど、それでも王族のイザークを叱り飛ばすような度胸は依織にはない。心の中で多少ひいたり罵倒したりすることはあるかもしれないが、その辺りもできるだけ表面に出さないよう気をつけていたはずだ。
「えーと、まずは事後承諾デートはごめんなさい。
あのまんまだとナーシルがまた暴走するかと思ってさ。嘘も方便、というか…。
あと、俺の計画としてはあの後誘おうかな、と思ってたからついでにね」
「そう、だったんですね」
「そうそう。だから意図なんて汲めないの当然なんだって。言ってないんだもん。
だから、気にしないでね?」
「…はい」
そう言って貰えて幾分気持ちが楽になる。なにより、約束を忘れていたわけじゃなくて本当に良かった。ホッと胸をなで下ろしていると、本日の突発デート予定が明かされる。
「で、今日のデートなんだけど、この前言ってた服屋に行こうと思って。
ほら、この前売って貰った布を加工してもらってるところなんだ。
もしイオリがお店というか、布を売るつもりがあるならそこに卸せばいいんじゃないかなーって思って」
砂の上をサクサクとラクダは進む。
ラクダに揺られながら、イザークの穏やかな声を聞く。
これから行く場所はイザークがよく服を仕立てて貰う服飾店なのだそうだ。
「王族御用達…」
「いや、そんなガチガチにならなくても…」
イザークが行くからには、きっとキラキラと眩しい店だろう、と身構える。そうして辿り着いたのは予想に反せず、高級そうなお店だった。
「いらっしゃいませイザーク様」
到着してすぐ、ラクダを預かって貰い、奥の部屋に通された。
ガチガチになっているところで、イザークと引き離される。なんでも、頼んでいたものが仕立て上がったそうでその試着だそうだ。
(そりゃ試着は本人がいないとダメだよね。わかるよ、わかります。
でも、知らない場所に一人はサイコーーーにキツイんですけれども!?)
王族とかいう太い客のお連れ様、ということで、受付担当らしき人がひっきりなしに世話を焼こうとしてくれる。王宮の侍女リターンズ、といった感じだろうか。
まともに受け答えもできず地蔵になっていたところ、やっとイザークが戻ってきてくれた。
彼の頭には見覚えのある布で作られたクトゥラがあった。
「どう、かな?」
少し照れくさそうなイザークを見ると、ほんのり緊張が和らいだ。
実際仕立てられたクトゥラは大変よく似合っている。依織はこの国の流行り廃りはさっぱりなので、純粋に好みの問題になってしまうが。
「…似合ってる、ます」
「そっか。ありがとう。
あ、店長。この人がこの布の製作者さんだよ」
「おぉ、あなたが!
素晴らしい技術をお持ちですね。あの布は本当に美しい」
「へ、あ、え?」
一目見てわかる。これは、ナーシルと同類だ。
好きなモノに対する情熱がすさまじい人。要するに、オタク。
「あのように薄く通気性が良いのにも関わらず、裏側を透けさせないという技術感服いたしました。また色味も単純な白ではなく、他の糸で複雑な模様を描いているように見えたのですがあっておりますでしょうか?」
立て板に水、ということわざがある。立てかけている板に水を流すと、重力も手伝ってスムーズに水が流れていくことから、よどみなくスラスラと喋る様、という意味になる。が、なんかもうこの目の前の男性といい、ナーシルといい、好きな分野になると立てた板ごと流す濁流のようだ。
(なんだろう…滝修行のイメージに近いかも知れない。
頭の上から大量の水を浴びせられて窒息しそうな感じ…)
まさに今依織は彼の弁舌という大量の水を浴びせかけられて、目を回しているところだった。
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