20.コミュ障と手紙
「あ? まんざらでもない感じかな?
もしやるなら協力するから教えてね」
店を開くという話を聞いて、思わず依織は考え込んでしまった。
もしかしたら、ただのお世辞かもしれないのに。
(うわ、自意識過剰…恥ずかしい)
とりあえずフルフルと首を振って、目の前の食事を口に入れた。スパイスがきいたソレはちょっと刺激的で、勢いよく食べたせいか飲み込むときにむせそうになってしまった。
「うーん…まぁいいか。追々で」
挙動不審な依織を多少気にかけつつも、イザークは深くはつっこまないでくれる。本当に有り難い。だからこそ、いつの間にか甘えてしまい、いつのまにか親しいような雰囲気になってしまうのだけど。
(その辺りも含めてちゃんと気をつけなきゃ…。
イザークもナーシルも皆凄くいい人でよくしてくれるけど、皆他人!
頼ったら嫌われるんだから、自立できるところはちゃんとしないと…)
現状の依織は自立とは程遠い。
王宮の一角に住み着き、用意して貰った織機と糸で布を織って暮らす日々。たまに仕事に連れ出してはもらうが、移動も全てお任せだ。
どこからどう見ても立派なパラサイトにしか見えない。少なくとも、依織本人はそう思ってしまう。
(オアシスに居た頃の方がきちんとしてた…。
あ、きちんと、と言えば…)
最近ずっと続いているイザークとの手紙の交換。段々と長くなって、今は紙を二枚は消費するくらいになっている。
この手紙のやりとりも、イザークが親しいと勘違いする要因になっている気がした。この手紙を見ればイザークの趣味だとか、好きな食べ物まで書いてあるのだから。会話はやはり成立させるのが難しいけれど、イザークのことは結構知っている。なんなら彼の父である王弟や従兄弟である殿下のやらかしエピソードまで知ってしまった。ちょっと冷や汗ものだ。
話が逸れた。
ともかく、ずっと続けていた手紙のやりとりだが、今日はそれを渡すとともにきちんと謝罪しようと決めていたのだ。
(王族がどんなものかも知りもしないで、物語で読んだテンプレみたいなの当てはめてた、とかほんと失礼千万だよね。市中引き回しの上打ち首獄門さらし首でもおかしくないよ。この国にそういう刑罰あるか知らないけど。
手紙のやりとりもしてた癖にこれだもん…)
美味しい食事もなんとか食べきって、いつもなら布を織り出す時間。
緊張でダラダラと背中に冷や汗を流しながら、依織はイザークへいつもの手紙を差し出した。
「あの…昨日は、ごめんなさい」
「えっ何々? あ、とりあえず手紙ありがとうね。
俺も持ってきたよ。はい」
「あ、はい」
手紙の交換。
ちなみにイザークの方は王宮で使っている紙だが、依織は自作だ。紙作りの実験も細々と続いている。まだゴワゴワとした手触りだが、少なくとも折り曲げに耐えられるようになった。まだまだ不満はあるが一応及第点はつけられる一品だ。
受け取った手紙は夜読むので、とりあえずその辺りの棚に置いておく。
「で、えーと…謝罪して貰ったわけだけど…。
ごめん、さっぱり何に対するやつかわかんなくて。昨日俺何かされたっけ?
むしろ何かした方じゃないかって思ってるんだけど…。
ほら、怒鳴っちゃったじゃない?」
「怒鳴られるような、ことを、言いました。
…手紙、手紙に…書いたので」
詳しくは手紙に書いたから、それを読んで欲しい。
そのセンテンスを言うまでにこんなにも苦労する人間は他にいないだろう。いや、いるかもしれないけれど。いるなら今自分に力を貸して欲しい、コミュ障の同志よ、と真剣に思ってしまう。
どうして思ったことをスラッと言葉にして出せないのか。どこかの回路がおかしいんじゃないかと真剣に疑いたくなる。似たような事を前世の親も思ったらしく、様々な医療機関を受診した。結果、問題が無かったため、親からは「打つ手なし」と判断されたけれど。
「あ、なるほど。だから今渡してくれたんだね。了解。
えーと、どうしようかな。
気になるから今読んでもいい?」
「え、あ……はい」
目の前で直筆の手紙を読まれるとかどんな羞恥プレイだ、という抗議の言葉が依織の口から出てくるわけもなく。あうあう、と口を開閉させて地獄のような時間を待つ。
あとから思えば自分は布を織る作業でもすればよかったのだ。大分手順を間違えるだろうが、それでもずっと見つめ続けるよりは幾分マシだっただろう。ただ、残念なことにそのときは全く思いつけなかったので、じっくりと手紙を読まれるのを見つめるだけだった。
とても気まずい。
「うんうん、なるほど。
そんなに気にしてくれたのかー」
三年くらい経ったんじゃないかと思えるような待ち時間は、イザークの暢気な声で終わりを迎えた。刑期満了お疲れ様でした。
「えーと、とりあえず謝罪は受け取っておきます。
で、受け取った上で言うんだけど、そんなに気にしなくっていいよ。
よくある話ではあるんだ」
よくある話、と言ったところでイザークのキラキラしい顔が一瞬曇る。
どこからか仕入れてきたテンプレ王族像を押しつけられるのは、依織が思っている以上に多くあることが窺えた。
だからこそ、文通までしている自分がそんな扱いをしたのは、なんかもうダメを通り越した何かじゃないだろうか。コミュ障だからって人の心を思いやれないのはダメだ。というか、コミュ障は免罪符でもなんでもない。少なくとも依織自身はそう思っている。
ただ、悲しいかなそんな思いを言葉に出来ない。
歯がゆくて、ただフルフルと首を振った。
「あぁ、そんな顔しないで。
確かにね、よくあるからって辛くないわけでも寂しくないわけでもないよ」
今、自分はどんな顔をしているのだろうか。
イザークに指摘されたけれど、その辺りはよくわからなかった。眉間とかに力の入った、酷い顔をしていそうな気がする。
どう返事して良いかわからなくて、また首を振った。
駄々っ子かよ、と自分でも思う。
「でもね。ごく稀に、今みたいに謝ってくれる人が居るんだ。
そういう人とは得がたい友達になれた」
いや、あれは謝ったっていうのかな…などという小さな呟きも続いたけれど。イザークの表情は穏やかだ。その友人のことを思い出しているのかもしれない。
「で、わざわざ手紙までしたためてくれたイオリさんとも親しくなりたいなー、と思うワケなんだけどどうですか?
いやほんと、王族と普通に親しく話せる人貴重だから」
「…親しく、話せる」
果たして依織は話せるカウントに入るのだろうか、という疑問が湧く。
が、それはそれとして。
「親しくして、いい、のですか?」
「勿論。というわけで、名前呼び捨てにしてもいいかな?
俺の方も呼び捨てで構わないし」
「ソレハムリデス」
思わず秒で断ってしまった。物凄いカタコトだったけれど。
だが、親しい友人枠に入れば、ちょっとやそっとで無礼打ちはされないのではないだろうか、という打算が働く。
「そっかー残念」
「でも、あの…呼び捨ては、気にしないです。
…よろしくおねがいします」
「お? 親しくしてくれる感じ?
良かったー。実は今日、布のお礼持ってきたんだよね。
親しくなった記念に受け取ってくれる?」
「はぇ?」
突然、話が急展開を迎える。
親しくなるのは構わない。無礼打ちされなくなりそうなのは嬉しい。依織は今までの対人関係で何故か離れていかれることが多かったから。
恐らく普段から上手く話せないくせに、先程のようにキッパリ断るなど失礼な態度をとっていたからだと依織自身は推測している。けれど、親しくなった、と宣言してくれるのだから多少の無礼は流してくれるのではないか、なんていう打算だ。
だが、それと贈り物は話が違うだろう。
布は買い取って貰ったものだ。それなのに更にお礼とはどういうことなのだろうか。
…等という長文が依織に言えるわけもなく。
「これね、髪留めたり、シェーラ留めるときにも使えるみたいなんだ」
渡されたのはキラキラと輝くヘアピンのようなモノ。キラキラは、多分、恐らく宝石なのではないだろうか。キラキラの色合いは赤系統でまとめられている。
「え、あの、でも…」
「親しくなった記念に受け取ってくれると嬉しいな。
で、出来れば使っちゃって。モノは使われるためにあるんだからさ」
ニッコリとイザークは微笑む。その笑顔は貰ったヘアピンに負けないくらいキラキラしかった。
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