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19.コミュ障と過去の夢


 イザークに初めて怒られた日。そして、自分の作品を宝物のように扱って貰えた日。

 ドクドクとうるさい心臓をよそに、依織はなんとか頷いてその場を終わらせたのは覚えている。話の内容などは記憶の彼方にサヨウナラしてしまったけれど。


(だって…あんなのキャパオーバーするに決まってる。

 顔面が眩しい上に、王族ということを鼻にかけずむしろ気さくでそれなのにちゃんと誇り持ってて…

 私の作品の工夫とか色々、ちゃんと見つけて褒めてくれて…)


 依織は褒められ慣れていない。

 どうして受け答えすらまともにできないんだ、という台詞を代表に人を不愉快にした記憶ならたくさんある。

 それでも、作品を褒められたことは何度かあった。だからこそ、生きる術としてハンドメイド作家を選んだところが大きい。それでも、生き抜くことはできなかった。世界はコミュ障に厳しい。だから、人間関係を構築することを諦めて一人で生きていけるようにと神様に願ったのに。

 結果として、今依織はほんの少しだけ会話が出来るようになっている。

 本人の気質はあのときと変わることはない。用意しておいた言葉でなければスムーズに喋ることは難しいし、NOと言えない日本人の代表例みたいな部分も健在だ。人と居れば疲れるし、どうすれば人を不愉快にさせず会話できるのかなんていうこともわかっていない。

 にも関わらず、昔よりも息がしやすかった。


(環境が変わったから…?

 あ、でも神様から色々貰ったからそれのお陰、かぁ…。

 危ない危ない、勘違いするところだった)


 今此処で依織が必要とされているのは、神様から与えて貰った錬金術があるからだ。もしもそれがなかったらここまで手厚く保護されることはなかったはずだ。

 その一方で、それだけではないことも依織は気付いている。

 ただ、それから目を背けているだけだ。


 イザークは、依織の技術を褒めてくれた。勿論、布自体も。

 ちゃんとした値段をつけて買い取りたいと言ってくれた。あのあとも、依織の技術にはそれだけの価値があるのだと再三言っていた気がする。

 褒められ慣れしていない依織は言葉の大半を受け止めきれなかったが。


(自信って…そんなのどうやって持てば…)


 布を織ることは好きだ。

 それ以外の、小物を作ることだって。

 たくさん布を織ったら今度は違うモノを作ってみたいとは思っていた。それこそ、試作品の紙を完成まで持って行ったり、布から装飾品を作ったり、色々。

 そういう、モノ作りが出来る自分は、あまり嫌いではない。

 それが無ければ生きてこられなかった。もっと早くにのたれ死んでた可能性の方が高い。だからといってそれが自信に繋がるかと言えばNOだ。必要に迫られたからやっているだけのことが、どうすれば自信に繋がるのかわからない。


「おーい、イオリさーん?」


「ひゃああい!?」


 グルグルと考え込んでいた間に、イザークが来ていたらしい。ノックの音や呼びかけに全く気付けず、彼は屋敷の中に入ってきていた。


「す、すみません、すみません!」


「返事ないからビックリしちゃったよ。中で倒れてるのか、とかねー。

 でも元気なら問題ないよ。

 何か考え事?」


 今日は昼食を持ってきてくれたようだ。

 いつもの場所に、二人分の食事がコトンと音を立てて置かれる。今日は前世でいうとカレーのようなスパイスを効かせた料理のようだ。食欲をくすぐる香りが屋敷の中に充満していることに今頃になって気付いた。

 いつのまにか、いつもの場所と言っても違和感がなくなってしまった、日当たりの良い二人がけのテーブル。


(ここにきて、どのくらい経ったんだっけ?

 オアシスにいた時間よりずっと短いのに、いつのまにかこれが普通になってる…)


「イオリさーん? 具合悪い?

 出直すかい?」


「あ、いえ…大丈夫です!」


 目の前で手をヒラヒラと振られ、慌てて返事をする。


「何か心配事? 相談にならのれるよ?

 解決するかはわかんないけどね」


「いえ、大丈夫です」


 先程から同じ台詞しか言っていない。

 けれど、これは相談したところでどうにかなるものでもないのは分かっている。ただのとりとめも無い考え事なのだから。


「イオリさんは口数少ないからちょっと心配だなぁ。

 具合悪くても自己申告しなさそう」


「そんなことは…」


 ない、とは言い切れない。わざわざ他人に迷惑をかけるくらいなら具合悪いのを我慢する気がしてきた。バツが悪くて顔を背けながら、椅子に腰掛ける。


「うんうん、最近行動パターンがわかってきた。

 今図星さされたーって思ったでしょ」


「……」


 この場合の無言は肯定と同義だ。

 いたたまれない依織とは対照的に、イザークはまるで隠されていた宝物を発見した子供のように上機嫌だ。

 二人で食前の祈りを捧げ、食事を始める。日本で食事の前にいただきます、と言うように、この国では食事の前に祈るらしい。と言っても大仰なモノではなく、祈るように手を組んで今日も食事が出来ることを神に感謝するポーズをとるだけだ。教会の食事ではそれに聖職者の言葉が加わったりもするらしい。

 依織は神様がいる、と知ってはいる。けれど、無理矢理転生させられたため、素直にあの神様に祈る気にはなれなかった。だからポーズだけは彼らの習慣に合わせて、誰にともなく食事が出来ることを感謝している。


「そうそう、昨日預かった布なんだけどね」


 食事の合間に上機嫌なイザークの声が響く。

 王族らしくマナーはきちんとしている。最初の頃は彼と比較して作法がなってないのではないかと不安になっていた依織だが、最近は少し吹っ切れた。異国どころか異世界人なのだし、あまりにも酷かったらきっと指摘してくれるだろうと思い直したのだ。


「布の目利きができる人に渡したら腰抜かしてたよ。

 『この通気性で、透けないとはどういう技術なんですか!?』ってね」


 その言葉を聞いて、依織は少しうつむいてしまう。あまりの嬉しさに、だらしない顔をしてしまいそうだったから。

 イザークの言う目利きが出来る人、というからには信頼できる腕があるプロなのだろうと推測できる。そんな人に認めて貰えたのは素直に嬉しい。


「んー…これは照れてるときの反応?

 ま、そんなわけでこれくらいの値がついたから、宣言通り買わせて貰いました。

 こっちがお代ね」


 イザークの懐から握りこぶしサイズの革袋が出てくる。テーブルの上に置いたときに、重そうな音が響いた。依織はこの国の通貨のことはさっぱりわからないけれど、あの量は多いのではないだろうか。


「あ、知り合い割り増しとかそういうの一切加えていないお値段だからね。

 ていうか、その値段の三割増しで売ってくれってソイツに言われちゃってさぁ。ちょっと困っちゃったよ。

 加工したあとの端切れで手を打ったけど」


「あ、ありがとう、ございます…?」


 なんの手心も加えていないのに、その革袋の中身になる。自分の技術が認められた証だが、依織にはイマイチ現実感がなかった。


「もっとないのか、隠してないかって胸ぐら掴まれちゃったよ。俺王族なんだけどねぇ、全く困ったヤツだ。

 ちゃんと作成者である依織さんのことはヒミツにしておいたから安心して。

 でも、依織さんこのまま布作り職人としても立派にやっていけるんじゃないかなぁ…。国内のオアシス浸食問題一段落ついたら店でも開いちゃう?」


「店…私が?」


 それは思ってもみなかった言葉だった。

 前世で失敗した、ハンドメイド作家としての道。就職できなくて仕方なしに選んだ職ではあったけれど、喜びも大きかった職業だ。

 それを、異世界でもう一度チャレンジできるかもしれない。

 大きな期待と不安が、振り子のようにユラユラと依織の胸中で揺れていた。


【お願い】


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