16.コミュ障の王宮暮らし
あの顔のキラキラしい軍団がオアシスに来て数日。
それからずっと、依織は心安まる日がなかった。
そもそも依織は一人の時間が必要なタイプだ。
例えば「休日の予定は? え? 家にいる? ってことはヒマじゃん? どっか行こうよ」なんてタイプとは根本的に合わない。理解し合えないのだ。
そして、どちらかというとこの国の人間はこのタイプが多い。他人との距離感がかなり近い、というよりあまり気にしない感じだ。
男性陣の中で一人だけ女性だった道中の方が、まだ気遣われていたかもしれない。
王宮での挨拶からこちら、依織は王宮内の一室で世話になっている。そして、その間ずっと侍女が傍にいる状況だったのだ。
(寝込むかと思った…。
いや、有り難いんだよ?
有り難いけど四六時中ずっと見張られてるの無理!
あくびをすれば仮眠いたしますか? お茶を飲めばすぐさまおかわりが持ってこられる。
この状況でくつろげるタイプじゃないんですよ私は!)
侍女達は自分の職務を全うしているだけなので、責めることも許されない。そもそもなんて言葉をかけていいかわからない。
一応依織も努力をしなかったわけではないのだ。一生懸命言葉を選んで
「一人になりたい」
と、告げてみたのだ。大分つっかえたけど。
そんな一世一代の勇気を振り絞った結果何が起きたかと言うと
「ですがその…イオリ様は奥ゆかしい方ですから、何かあってもこちらに声をかけてはいただけないでしょう?」
やんわりと、ではあるがコミュ障を指摘されて撃沈した。
確かに何かあっても依織は言わないだろう。流石に襲われでもしたら悲鳴をあげるはず。しかし、そこは依織だ。もしかしたら悲鳴をあげるのではなく、息を飲んで固まるかもしれない。侍女の懸念も尤もであった。
依織自身はまだ気付いていないが、周囲からは「あの死のオアシスで暮らしていた、砂漠の救世主」のように見られている。その依織に万一の事があれば、この侍女の首は比喩でなく飛びかねないのだ。自分の担当時間中は目を離せないと思うのは当然の心理だろう。
それはわかる。事情がわかっていない依織も、仕事上仕方が無いと言われれば受け入れざるを得ない。
だが、一方で否応なく依織のストレスはたまっていくのだ。
徐々に神経が磨り減らされ、ぐったりとしていく。
そんな依織を見かねたのか、イザークが一足早く王に打診してくれたらしい。
数度目の塩抜き応急処置のあと、突然イザークに連れられてきたのがこの場所だった。
「とりあえず、この建物全部使って構わないよ。織機と…あと、糸はある程度持ってくるよう頼んだよ。もし、追加で欲しいものがあったらこの紙に書いてね。
申し訳ないけど、護衛は必要だから建物の外に数人待機してる。
そこは目を瞑って欲しいかな」
「あ、いえ、あの…」
イザークに案内されて到着したのは、周囲の建物と比べればこぢんまりとした一軒家。日本人感覚で言うと、それでも十分な広さがある。大人4,5人で住んでも大丈夫そうな感じだ。
一階中央には大きな織機が1つ、我が物顔で居座っている。その周囲には小さめの織機が2つ。パッと見ただけだが、恐らく織り方が違うものだというのがわかる。別室には急遽揃えてくれたらしい、色とりどりの糸があった。
趣味に没頭するスペースだけでなく、寝るスペースも完備。
ここは、王宮の離れのうちの一つなのだ、と説明された。
「小さい上に、なんか軟禁状態っぽくてホント申し訳ない」
イザークはそう眉を下げて謝ってくれる。
だが、依織にとってはこれ以上ない環境だった。胸がつまって上手く言葉を発せない。
「あの、嬉しい、です。ありがとうございます!」
思わず目が潤むほどに嬉しい。
この国にきて一番嬉しい対応だった。
趣味に没頭できる一人きりのスペース。依織にとってこれ以上のものはないといっても過言ではない。パーソナルスペースが狭そうなこの国の人間が、まさかここまでピッタリの贈り物をしてくれるとは思わなかった。ほんの少しだけ、イザークへの評価が上向きになる。
一番の望みは依織の存在ごと死のオアシスの存在を忘れてくれることだが、そうはいかないのは依織だってわかっている。国にとって有用であるのならば、魔女だろうがなんだろうが使わなければ為政者としてはよろしくない。その辺りへの理解があるから、依織だってなんだかんだで逃げだそうとはしなかったのだ。
だが、それはそれとして四六時中誰かの気配を感じるというのは依織にとって最大のストレスだった。
王宮にいれば侍女に張り付かれ、移動中はイザークとともにラクダの上、外出先ではシロとともに塩抜き応急処置を現地の人間とナーシルに見守られながらこなす。
いつでもどこでも誰かが必ず傍に居たのだ。
それと比べればこの環境は天国だった。
「良かった。普通に宝石だのお家だのあげても喜んでくれなさそうだからさ。
基本的に人がくるのは食事を運ぶ人と、俺とかあと王の使者とかかな?」
日に何回かは人と接触しなければならない。それはまぁ、生きる上で仕方が無いことだ。というか、食事まで運んで貰って上げ膳据え膳なのだから文句は言えない。
「それにしても…そんなに喜んで貰えるとはね。俺も嬉しいよ」
「あの、凄い、嬉しいです。本当に」
自分の貧相な語彙力と、コミュ障を本当に嘆きたくなってしまう。
この国に来て一番嬉しい出来事なのに、その感情を伝えることが出来ない。ただ、嬉しいと繰り返すだけだ。
しかしながら、聡いイザーク相手だと、この少ない語彙でもそれなりには伝わったらしい。
ふわり、とあのキラキラしい顔面でこれでもかという笑顔を見せてくれた。うお、眩しい。
「いやぁ、こんなに喜んで貰えるとこっちとしても嬉しくなっちゃうよ。
だって初めて見たもの、イオリさんのそんなに嬉しそうな顔」
言われて、ペタリと自分の頬に触れる。日本では「辛気くさい」「覇気がない」と言われていた顔面。そういえば、今世ではどうなっているのだろうか。水面に映したときはそんなに変わらないような気がしたが、そもそも前世の自分の顔をあまり覚えていない。そういえば化粧をする職についていなかったため、マジマジと自分の顔を見つめたことがなかった。
触れたって自分の顔の造形はわからない。精々、王宮の食事によって栄養状態が改善されて肌触りが良くなったことが分かるくらいだ。
「はは、別に何もついてないよ。
ただ可愛い子の喜ぶ顔は何度見ても良いね、とは思うけど」
イザークの言葉に心臓がビックリして跳ねる。
心を許して、頑張ってお礼を伝えた途端にまたコレだ。
イザークという人はどうやら依織をからかうのが趣味なようで。
おそらくは誰にでも言っているのだろうけれど、可愛いだとか何かと依織を褒めてくれる。好意を向けられるような人間じゃないのはキチンと理解しているはずなのに、勘違いしてしまいそうになるじゃないか。
(王様の女タラシ…ううん、人タラシって遺伝するのね…。イザークは甥っ子だけど。
そうじゃなきゃわざわざこんなコミュ障にまで優しい言葉かけないもの)
「あーまたなんか不穏なこと考えてない?
まぁ…うん、信頼は徐々に勝ち取るモノだとわかってはいるけどさぁ…。
ともかく、新作の布楽しみにしてるね。
一番切羽詰まってるところの塩抜きは終わったから、今後は少しスケジュールに余裕できるんじゃないかな? 毎日塩抜き行脚は疲れるよねー」
「えぇと…」
ここでハッキリ肯定してしまって良いものか悩む。実際問題として協力する代わりに衣食住を全て面倒見て貰っているのだ。実質これは仕事なのではないだろうか。依織本人の希望は丸無視されている部分はあるが、世話になっていることに変わりはない。その状況でなんと返事して良いかがわからず、依織は曖昧に微笑んだ。
「あっはっは。ハッキリ言っちゃってもいいのにー。
でも協力してもらって凄く助かってるんだよねこっちは。だからこっちこそありがとう。
で、お願いついでに…と言ったらヘンかもしれないんだけど、一個リクエストしてもいいかな?」
「えと…何、ですか?」
こういう場合の、ついでのお願いというのは、依織にとって難関であることが多い。恐らく他の人間であればついでに頼むような用事であっても、コミュ障にはしんどいのだ。例えば「ついでに伝言お願い」とか。
どんな無茶振りをされるのかと身構えてしまったのが伝わったのだろう。
それでも、イザークは苦笑しながら続けた。
「布、織ったら見せて貰ってもいい?
ほんとに興味だけだから、期限とかないから」
「え? あ、はい」
想像していた無理難題よりずっと軽いもので、思わず返事をしてしまった依織だった。
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