閑話 王様と王族
「以上が、孤児院での報告になります」
「なるほど、大義であった。
彼女にもそう伝えてくれ」
「えぇ」
豪華だが実用性のある調度品ばかりが揃えられた室内で、ルフル国の現国王ファハドは甥であるイザークと会話をしていた。
内容は「死のオアシスの魔女」を伴って訪れた孤児院での出来事だ。
つまり、依織のこと。
「彼女が使う魔法に関してはナーシルから報告書があがっています」
「それは後で読むとして…再現は可能か?」
「結論から言えば現時点では不可能、と」
「あいわかった」
返事を予測していたのか、王は眉一つ動かさずに言う。それは期待していないという意味ではない。イザークはわざわざ「現時点で」という文句を一つ付け足している。であれば、いつかは実現できる技術である、と言ったも同然だからだ。
その技術があれば、この国の民は渇いて死なずにすむ可能性があがる。
「魔法の究明も急務ではありますが、即効性があるのは従魔術師を雇うことかと」
「ほう?」
「彼女のペットのスライムは、砂漠でも良く見かける白いヤツなんですが…彼女曰くあれは『ソルトスライム』という種らしいです。
そして、その主食は塩。オアシスの水から塩を抜いてくれます。
こちらも何度か実験して、塩を分離させるだけであればこのスライムさえいれば大丈夫かと」
報告書の該当部分を指差しながらイザークは説明を続ける。
「スライムにそのような用途があったとはな」
「本当に。弱すぎて自然界で生き残るのも難しいようで大繁殖することもない。
軍としても弱すぎて訓練にならないため討伐対象ですらないですからね」
「…逆に言えば、このスライムが大繁殖すれば砂漠の浸食問題は解決するんじゃないか?」
「どうでしょう? 正直弱すぎて繁殖させるまえに保護の手間やコストがかかりすぎそうな気がします。そもそもあいつらどう繁殖しているのかさっぱりわからないので」
スライムの生態は未だに謎が多い。どこかの物好きが個人的に研究しているらしいが、ともかく弱くてすぐ死んでしまうのだ。繁殖の仕方、成長の仕方などまるで謎なのだ。
「まぁ良い。至急従魔術が使える者を集めよう」
「えぇお願いします。
あ、それから彼女の報告書に面白いものがありましたよ。
他国に『スライム塩』ということで塩を売ってみてはどうか、と」
「どういうことだ?」
イザークは依織から受け取った報告書にもう一度目を向ける。これは彼女が作った紙ではなく、王宮で使われるごく一般的なものだ。彼女が作ったものより多少薄いが、折ると千切れてしまうのは一緒。手触りもゴワゴワしている。品質としては同じようなものだとイザークは思う。
彼女はこれと同等程度のものを自分で作り、試作品と言っていた。彼女なら改良した、さらに品質の良いものを作り上げてくれそうな気がする。
その場合、彼女にとって最適な環境を作り上げるのが必須になりそうだけれど。
人や会話が苦手で、いつもビクビクプルプルしている彼女の姿を思い出して、自然と唇が笑みの形になった。
が、今はそんな場合ではない。一度わざとらしく咳払いをして、気を取り直す。
「彼女は国の情勢など全く分かってないようなので、なんとも言えませんが。
人体にとって塩は不可欠なもの、海のない内陸では塩は自然にとれるものではない、とのことです」
「ふむ…だが、運搬が大変だろう」
他国に持って行く、ということはそれだけで運搬コストがかさむ。宝石の様に少量で高値がつくのであればともかく、塩であれば原価割れするのではないだろうか。
「そこでスライムなのですよ」
丁寧な文字で書かれた報告書に書かれたものを、かいつまんで説明する。
「スライムは巨大化縮小化など、体の大きさを自在に変えられる能力があるようです。
そしてどれだけ中に塩をため込もうとも重さも変わらないようです」
「つまり、商隊に一人従魔術師を入れればそれで事足りる、ということか」
イザークは頷いて見せる。今までの人員に人一人をプラスするだけでさらなる利益が生まれるのだ。細かい試算を専門のものにやらせるが、現時点でプラスになりそうであることはわかる。
「問題は従魔術師の確保だな」
「王都内のオアシス巡回であれば民の安全・安心のためにも軍所属の者の方が良いでしょうね。商隊への参加であれば、適性がありさえすれば誰でも構わないかと」
誰でも構わない、つまり、現在職にあぶれている者でも従魔術さえ使えれば良い。これで働き口が増える。ひいては国の治安向上に繋がる。
「ちなみに、ナーシルは『自分に従魔術の才はない』と断言していましたが、それでも魔力さえ在れば使役することはできそうだ、とも言っていました。
スライムを従える程度であれば従魔術が使える、という程度で良さそうです。
大分門戸が広くなるかと」
「あいわかった」
門戸が広がればその分トラブルも増える。が、それを抑えてこその政治手腕というものだろう。
この国は砂漠にあるせいで国民全員が豊かとは言えない。この国でしか産出されない宝石や魔石があるお陰でなんとか成り立っている。
これで財源と働き口が確保できれば様々な面で楽になるだろう。
「それからもう一つ」
「まだあるのか」
文句のような口ぶりだが、その顔は思わずこぼれたような笑みが浮かんでいる。死のオアシスの魔女がもたらす様々な情報が、この国に利益をもたらすだろうことはもはや疑いようもない。ただ、新しい技術を取り入れるとなると、それに付随する法の整備などが手間なだけで。
「この図面をご覧下さい。
これは彼女の魔法も、スライムも使わずに飲み水を得られる方法です」
イザークが差し出した図面には、依織が現代日本で聞きかじったサバイバルでの蒸留水の作り方が図解されていた。
水分を含んだ砂地に穴を掘り、中央に水を受け止める器を置き、黒のビニールで覆う。ビニールの中央に重しを置いて凹ませ、その一点に太陽の熱で蒸発した水分を集める、というものだ。
ただし、この世界にビニールがあるかわからないため、説明書きには「水を弾く黒色の薄布」と記されている。
「ただ、これに関しては本人は試したことがなく、知識のみだそうです。
まず水を弾く黒色の薄布、というものの入手が困難かと」
「ふむ…水を弾くだけならあるがなぁ…。まぁその辺りも商人に探させれば良いだろう。
対処法はあって困ることはない。
…やることが増えたな」
そう呟くファハド王の顔はどことなく嬉しそうだ。民思いの施策が多いこの王は一部の民からは賢王と呼ばれている。政治の中枢に近づくにつれ、彼の女好きかつ優秀な人材好きという残念な部分が露呈していき、そうは呼ばれなくなるのだが。
ともあれ、やるべきことが増えたとしても、これで自国が潤うのであればやらない手はない。
「しかし…」
ふと、ファハド王が表情を変える。
「死のオアシスの魔女、などと言わずもう賢者でいいんじゃないか?」
「ですよねぇ」
一国の王と王族に名を連ねる者から、叔父と甥の顔に戻った二人が笑い合う。
「彼女への褒美を考えねばな。
何がいいか思いつくか?」
「それがサッパリ。普通の女性が喜びそうな宝石とかはあんまり…って感じでしょうか。
それよりは織物が趣味みたいだから織機付の郊外の家とかの方がいいんじゃないかなぁ」
「郊外? 一等地ではなくか」
「なんていうか…凄く人見知りするみたいで。
多分人付き合いが煩わしくてあそこに住んでたんじゃないかなぁ。出自わかんないですけど」
依織はこれまでの経歴が一切不明だ。
それもそのはず異世界から転生してきたので、この国だけでなく世界のどこにも戸籍はない。そもそも戸籍が整っている国の方が稀ではあるが。
「…確かに出自は気になるが…。
まぁそれよりも、この得がたい人材を他国に流出させない方が大事だ。
お前結婚しないのか?」
「伯父さんのせいで「女好き一族」って感じで警戒されちゃいましたよ」
「なんと…。
色恋でつなぎ止められるのであれば安上がりですむんだがな…」
国への貢献は多大なものである、と思われている依織。
本人の預かり知らぬところで様々な思惑が交錯していた。
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