15.塩抜きの魔法とコミュ障
「よく来て下さいました。
私はこの孤児院を預かるカーマラと申します」
柔和な笑みとともに挨拶してくれた女性は、髪をすっぽりとシェーラで覆い隠していた。年の頃は40代くらいだろうか。雰囲気としては大人しそうで、いかにも孤児院を預かっている子供好きで優しそうな人、という印象を受けた。
なんとなく安心感がある人で、依織も知らずに笑みを浮かべ会釈を返す。
「お疲れ様。ここのオアシスの様子はどう?」
「良くも悪くも、あまり変化はありませんね」
カーマラは苦笑して孤児院の裏手の方に視線を向ける。きっとあちらが水場になるはずだったオアシスなのだろう。今は塩に浸食されとても飲めたものではない、と聞く。
孤児院と言えばなんとなく修道院が併設しているようなイメージがあったがここは国営だそうだ。カーマラも国の職員のような位置づけだとか。ただ、個人経営でなかったことが幸いして、なんとかここの子供たちや職員が乾かないだけの水は支給して貰えているとのこと。
とは言っても水を運ぶという作業はなかなか大変だ。
まず、この砂漠では馬車を使うのが難しい。王都の中央部分は固い土も多いが、ここのような郊外は砂地の割合が多かった。もし馬車を使えばすぐに車輪が砂に捕まってしまうだろう。だからこそ、依織はイザークと相乗りしてきたのだ。
ほとんどの運搬をラクダに任せなければならないのは中々に不便だ。
「こちらが死のオアシスの魔女ことイオリ殿です」
「よろしくお願いします」
突然紹介されて、一瞬面食らってしまう。だがそこはなんとか耐えきって、当たり障りのない挨拶をなんとか絞り出した。なんとか咄嗟に対応出来たが、恐らく依織の笑みはひきつっていたはずだ。フェイスベールをつけてきて本当に良かった。
「まぁ…では、本当にあの死のオアシスに住んでいらっしゃったのですか?」
「えぇ。それは我々が保証いたします。
ですが、彼女が住んでいたオアシスとここではもしかしたら浸食の原因が違うかもしれません。ですので、過度の期待は…」
「えぇ、えぇ。わかっております。
改善しなければしないで、今までと変わらぬ暮らしですもの」
どうやら依織・イザーク・ナーシルの三人だと、交渉及び対話役はイザークになるようだった。
確かにナーシルも少し話した覚えがあるが、彼は彼でちょっと癖がある人物だったのを覚えている。
ナーシルは魔法に関してかなり饒舌だ。ちょっとその勢いに気圧される部分はあるものの、楽しそうに話すのでコチラもうんうんと聞いてやりたくなる。その反面、それ以外の会話がてんでダメなのだ。と、依織が言えることでもないけれども。
ともかく、依織もナーシルも人当たりという面ではイザークに遠く及ばないため、話すのはお任せ状態だ。
「ご承知いただけて何よりです。では、オアシスの方へ」
カーマラに先導されて、オアシスがある孤児院の裏手へ向う。
「……?」
歩いて行くと段々と土の色が変わっていく。
地面自体が湿っているようだ。前世でみた海沿いの砂浜のような印象を受ける。
「ふふ、水の無駄遣いをしているわけではないのですよ。
自然に水分が染み出てこういう風になっているのです」
不思議そうに地面を見ている依織に気付いたのか、カーマラがそう説明してくれた。
「…尤も、ここの水分を集めても飲めたものではありませんが」
そもそもここの砂は塩混じりだ。砂漠と言えば、砂で濾過装置を作ることを真っ先に思い浮かべる人もいるだろう。だが、ここではそれは通用しない。濾過しても砂の中の塩分が追加されてしまうからだ。
(確かサバイバルで太陽の熱を使った水分を集める方法があったはずなんだけど…。
あ、でもこの世界に黒のゴミ袋なんてないから無理よね。
…水を弾く糸とかあれば織れるんだけど)
前世の頼りない知識をどうにか引っ張り出す。もしその方法が使えるのであれば、皆自力で水を確保出来るようになるはずだ。
自分を頼らなくても水を確保出来るようになって欲しい、というのが本音である。そのための協力ならできる限りしたい。
永続的に付き合うよりも、一回だけ頑張る方がまだなんとかなる気がする。
(ホント、こういう人間だから好かれないんだよね、私)
自分の利己的な部分に辟易して、自然と眉間に皺が寄った。
「あそこの池のようなところがそうです。
よろしくお願いします」
カーマラの声でハッと我に返った。
今やるべきは自己嫌悪に浸ることじゃない。フルフルと首をふって嫌な考えを払い、水たまり近くまで歩いて行く。もちろんシロも一緒だ。
地面に触れる。そこは見た目の色でも分かるようにしっとりと湿っていた。ただ、少し指でほじくったぐらいでは水は染み出てこなかった。
池にも触れてみる。淵の部分はそうでもないが、中央部分はそこそこに深い。
(まず染み出てこないように土の壁を作った方がいいかな…。
あ、でもその前に塩除去しただけで飲めるのかどうか確認しなきゃ)
「あ、あの…」
「ん? どうした?」
何か、水を汲むモノが欲しい。
頭の中で数度その台詞を繰り返してから、やっと決心して言葉を発する。ぎゅう、と握りこんだ手がちょっとだけ痛い。そのお陰で現実感があるけれど。
「何か、水を汲むモノが欲しい、です」
「あぁなるほど。いきなり全部やってしまうと悪影響があった場合に大変ですものね」
依織的必死の訴えを、ナーシルが上手く解説してくれた。なるほど、そういう風に言えばいいのかと納得する一方で、そんな長台詞を言えば噛んでしまうな、と場違いなことを考えてしまった。
すぐにカーマラがコップを持ってきてくれる。
池の水を汲んで、錬金術を施す。砂の上に簡単な魔法陣を二つ書いて、片方にコップを置く。魔力を流すともう一つの魔法陣の上に分解された塩分が移動する、というものだ。仕組みはわからないが、そうすればオッケーだよーと軽く神様が言っていたので、そういうものなのだろうと納得している。
いつもと同じ手順ではあるのだが、人目があるとまた違うようだ。緊張で手が震える。別にやり方を隠し立てするつもりは毛頭ないが、やはり見られているというのは居心地が悪かった。特にナーシルは依織の使う錬金術に興味津々らしく、聞きたそうな気配を道中ずっと感じていた。今も絶対に見逃さないようにとガン見してくる気配がする。
震える手で魔法陣に触れ、魔力を通す。
たぶん、おそらく、成功。
「あの、塩分は抜けた、と、思います」
錬金術を施した水を差し出す。
すると、ナーシルが受け取りなにやら魔力を流したようだ。
「…ちゃんと飲めそう、ですね」
今の魔力は鑑定だったらしい。こちらも仕組みはわからないが、どうやら目的は達成出来たらしい。とりあえずこれで、第一段階はクリアだ。
万が一、このオアシスが塩以外の何かに汚染されて飲めない、というのであれば別の手段を考えなければならないところだった。
その後、シロの能力でも問題なく水を確保できることが確認された。どことなくシロは得意げにポヨポヨと跳ねていた。
ホッと安堵のため息を吐くが、まだ問題は残っている。
今はこうして飲み水を確保できたが、それでは毎度依織が出向しなければならなくなるのだ。それを避けるためにどうにか自力で水を確保して貰う必要がある。
そのためにはまず、依織がどうにかしてイザーク達に必要なものを伝えなければならない。
伝えるだけ。
だが、それこそが依織にとって最大の難関であった。
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