14.コミュ障と王族
照りつける日光は相変わらず。今日も砂漠は埃っぽく、それはクウォルフ国の王都、ルフルでも変わらない。皆日差しを避けるための装飾品を身につけ、街を行き交っている。
依織はそんなルフルの町中をラクダに乗って歩いていた。
「だから、誤解なんだってー。
俺まで女好きみたいな目で見ないでー」
正確には、依織はラクダに乗る技術はないので、イザークに乗せて貰っている。そのせいでさっきからイザークの懇願のような台詞が大変うざい。
別に依織としては、イザークが女好きだろうがなんだろうが関係ないというのに。
(…誰でも口説くんですね、と思っただけですよ)
コミュ障であっても、これが言ってはいけない台詞なのは理解している。
何故なら彼は王族の一員だから。不用意な発言で首と胴体がバイバイしてしまっては洒落にならない。神様から生きるための様々な能力は貰っているけれど、咄嗟の時に発動できるかどうかはわからないのだ。
知らず、唇からため息が漏れそうになって、すんでのところで飲み込んだ。これだけ近くに居るのだから下手なことは出来ない。
死にたくないから、嫌われるようなことはしてはならないのだ。
「あの、イザークさんはほんと女好きではないですよ。
めちゃくちゃ言い寄られるだけで」
「はぁ」
イザークと依織が乗るラクダに併走しているのはナーシルだ。彼も後で聞いたところによると、国所属の魔法研究員の出世株だそうだ。ていうか、皆さんエリート。服の準備やら何やらを手伝ってくれた侍女さんたちがキャーキャー言っていた。
ナーシルはフォローしたつもりでそういった言葉を発したのだとは思うが、その言葉であまり印象回復はしない。ようするに、選び放題、よりどりみどりなのだな、と思うだけだ。
「あーー…えっと、そろそろ郊外になるから、少しスピードあげるね」
更に依織のテンションが下がったことを察したのか、イザークがラクダの速度を少し上げる。
今までは人が行き交う場所だったため人の歩みと変わらない速度だった。そのお陰で街並みなんかも見れてそこそこ楽しかったが、ここからは郊外。事前に貰った情報によると、やはり街の外側に行くにつれて治安が悪くなっていくのだとか。
イザーク達が一緒だから大丈夫だろうけども、物乞いやスリに注意、とのことだった。ちなみに教えてくれたのは隊長さんだ。
人々の熱気交じりだった場所から、人気がまばらなところへ。ラクダたちはやっと歩きやすくなったとでも言うようにリズミカルに歩き出す。
土作りの建物が減っていき、砂嵐が来たら飛んでいきそうなあばら屋が目につくようになった。
今回の目的地は王が福祉のために建てたという郊外の孤児院だ。
「やっぱどこでも孤児って生まれちゃうんだよね、悲しいことに。
生まれてきた子供に罪はないし、その子がどんな才を持ってるかわからないから出来るだけ生かしてあげたいんだけど…この国の気候は厳しいからさ」
子供好きなのだろうか。
イザークの言葉の響きは憐憫に溢れていた。それを恵まれた人間の傲慢ととるか、為政者の資質と見るかは人によって変わるだろう。
ただ、そこにどのような感情があれど、人を生かそうという思いと、それを実行しようとする部分は評価できると思う。
(……なんとか出来ればいいんだけどね)
シロは依織に抱えられて今は大人しくしている。といっても核の部分は左右へキョロキョロとせわしなく動いているので、彼(?)は彼で落ち着かないのだろうか。
今回の依頼は浸食されているオアシスをどうにかすることだ。
郊外になるほどやはり塩の被害は大きい。この灼熱の大地で水不足に喘ぐのは辛いだろう、ということは依織にだってわかる。
はぁ、と先程とは違い素直にため息を吐いた。
自分になんとかできるのだろうか、という不安が胸を占める。
「大丈夫?」
「…できるか、不安で」
問題が純粋に塩だけならば、シロと依織でなんとか対処できる。
だが、それも一時しのぎだ。
一番怖いのは、その場所の水問題が依織抜きでは解決できない、という結論になること。
そうなったら依織はずっとこの場所に縛り付けられることになる。
(街中とか王宮に住めって言われるより全然いいけどね!?
っていうか、なんかそう言いたそうな雰囲気じゃなかった? 絶対やだよ、そんなの!
私はぼっちで趣味に没頭してささやかに生きたいだけなのにー!)
ただ、生きていく上でそれが難しいことは依織だってわかっている。あのオアシスで生きていけたのは、神様から貰った能力とシロやトリさんの協力があったからにすぎない。
たった一人で誰の手も借りず生きていけるわけがないのだ。
「大丈夫大丈夫。無理でも処罰とかはしないからさ」
「そうですよー。あまり気合い入れすぎて魔法解明できなくなっても困りますし、リラックスしていつも通りやってくださいねー」
「…ナーシル、お前なぁ」
ニコニコと悪気なさそうに告げるナーシルにイザークは呆れた目線を向ける。
正直なところを言えば「お前の魔法にしか興味は無い」と言った感じのナーシルの方がまだわかりやすい。魔法に関する部分をきちんと見せれば彼は納得してくれるからだ。
他の人は真意が見えない。
イザークは訳の分からないことを言い出し真意が見えないから苦手だ。
「あ、あの建物ですよー」
何に呆れられたのかわからなかったらしいナーシルが、暢気な声で教えてくれた。
その声に合わせて目線をあげると、郊外には不釣り合いな立派な建物が見える。周りがほとんど小屋なのに対して、きちんと地に着いた土作りの建物。そこが、今回の目的地である孤児院のようだ。
近くの土が濡れているように見える、ということはあそこがオアシスの端っこなのだろう。
「孤児になってしまっても、物乞いにならなくてすむように。
ひいては、この国の貧困層をなくせるように…ってことで建てた肝いりプロジェクトなんだよね。この孤児院。でも水が手に入らなきゃどんなに建物を立派にしたって無意味なんだよ。
人が住めないから」
「そう、ですね」
そんなことを言われたら、プレッシャーになるに決まっているのに。
先程から手汗が止まらない。
けれど、ここにきて一番イヤなのは自分の心情だ。
(確かに、孤児も、孤児院の人も大変だろうけど…。
何よりもイヤなのは「ずっと頼られ続けるハメになるのはイヤだ」って思ってる自分なんだよね)
人道的には、自分に助ける力があるのであれば喜んで助けてやるのが普通なのだろう。
期待に応えられなかったときは「仕方が無い」という逃げ道がある。
けれど、期待に応えられるのに「人付き合いが怖いから」という理由で拒むのは、おかしいことなのだ。
(普通は、嫌がりもせず助けるんだろうな…。でも、私はそこから発生する人付き合いが怖い。
…見捨てたいわけじゃないけど。
助けられるくせに出し惜しみするのか、とか。そうやって責められるのが怖い)
空は青く抜けるように晴れているのに、依織の心はどんよりと暗いままだ。
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