11.コミュ障と王都
「よっかかっても大丈夫だよ?」
「いえ、あの。はい、平気で…うわ」
「半病人みたいなモノなんだから甘えればいいのにー」
ラクダの上で、依織はイザークとそんなやりとりをしていた。
依織が意識を飛ばしたあと、予定通り砂嵐はあの地点を通過した。塩のドームは壊れることなく耐えきり、誰一人失うことなく乗り切ることができた。
ちなみに、ドームはあとで使えるかもしれないから、ということでそのままにしてある。ならず者が住み着く可能性もあるがそこはそれだ。その場合は破壊してしまえば良い。それなりに丈夫に作ったが所詮は塩なのだ。
砂嵐で足止めを食らった分、ラクダも人もきちんと休憩をとれた。依織以外は体力満タン、と言った具合だ。依織はといえば、初めて魔力を使い切ってしまったせいか、全身疲労が酷かった。ラクダの後ろに乗ってしがみつく体力も残っておらず、むしろ立ち上がることも大変な始末。そこで、後ろから抱きかかえるような二人乗りにチェンジとなった。
コミュ障にとっては地獄である。
世のイケメン好きは役得かと思うかもしれない。しかしながら依織は「どうすれば気絶出来るか」を真剣に考えていたりする。それはそれで迷惑がかかってしまうため絶対にやらないけれども。
「結構とばすから無茶はしないでね?」
都まで、ラクダを走らせてあと丸1日くらい。
依織の体調を見ながらになるが、恐らく予定通りに着くことができるだろう。
「落とさないから眠ってもいいよ。交代のときには起きて貰うけどね」
そんな言葉に甘えて依織は目を閉じる。
乾いた砂の匂いが物凄い速さで抜けていった。
そんな経験をした次の日、ようやく依織たちは都へ着くことが出来た。
王都、というだけあって人が多く賑やかだ。まだ彼らは任務中なので大通りなどには行っていない。それでもこれだけの人がいるというのは栄えている証拠と言えるだろう。
建物は全体的に白っぽい石造り、もしくはレンガ系のものがほとんどだ。太陽を眩しく反射している。
街の中を行き交う人々は全員頭部を隠していた。それは何もハゲているとか宗教上の理由とかではなく、単に直射日光が熱いからだ。特にこの国の人は黒髪が多い。ただ、前世よりもやや青や緑がかった黒の人が多いのが印象的だ。深緑や紺と言って差し支えない人も少なくない。
そのような髪をターバンやシェーラ、クゥトラなどで覆っている。前世の朧気な記憶では、女性は黒一色のイメージが強いがこちらは白や生成りが多い印象だ。たまに鮮やかな赤やオレンジの人も居るので多分オシャレなのだと思う。
待ち合わせのときにああいう派手目な色は便利だろうな、とぼんやり思いながら町並みを眺めていた。
予定通りであれば王城へ行く前に観光でも、と言う話になっていた(依織は勿論心の中で反対した)のだが、依織の体調が戻らなかったため急遽近くの宿屋を借りることになった。
魔力切れは安静にしていれば治るものだが、終始誰かと密着している状況では依織の精神は全く休まらなかったのだ。
王城には隊長が事情説明をしにいき、王城近くに宿をとってもらう。
小さな個室に一人きりになったときに、やっと心から落ち着けた気がした。
「…むりおぶむり」
ここ数日で3年分くらいの人付き合いをした気がする。少なくとも依織にとってはそうだ。
室内ではシロが物珍しそうにポヨポヨと跳ねて動いている。それだけが依織にとって現実感のある光景だ。
壁も床も白っぽい土で作られた部屋。少し狭いけれどベッドはフカフカでとてもいいものだとわかる。洒落たタペストリーなんかもかけてあって、とてもオシャレだ。
普段ならそのタペストリーを見ながら「どう作ってるんだろう」なんて考えたのに、その気力すらわかない。
砂漠は乾いていたからベトベトはしないけれどほこりっぽい。少しはたいて落としたけれど、本当なら水浴びをしたかった。勿論、そんな贅沢はここでは言えないけれど。
「つかれた…」
ただただ、疲れた。
魔力が回復していないから疲れているのか、疲れているから魔力が回復しないのか。どっちかはわからない。
わかるのは、誰かと四六時中一緒に居たから回復しなくて、疲れているのだということ。
この平穏な時間はいつまで続くんだろうか。
「王城…やだなぁ」
ぐったりしながらも、隊長やイザークの話は聞いていた。
依織の体調にもよるが、数日中には謁見する、という。そして都の外れの方から塩を除去する作業に入る。
正直に言えば、謁見とかいいから作業してさっさと帰らせて欲しい。
暫く打ち上げられたクラゲのようにベッドに身を横たえていた。そんな体勢でどのくらいの時間が経ったろうか。
コンコン、というノックの音でぼんやりとしていた意識が覚醒した。
「はい?」
「イザークです。お加減いかが?
入っても大丈夫かい? 食べるもの持ってきたんだけど…」
「あ、はい」
急いで起き上がり、一度身だしなみを確認してからドアを開ける。
そこには相変わらずキラキラしい顔面をしたイザークがいた。室内だからか、それとも任務が終わったからか、今までつけていたクトゥラは外していた。艶やかな濃紺の髪がキラキラしい。この時点でキラキラしいがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「食欲無いかと思ってお腹に優しそうなの貰ってきたよ。
これ、豆のディップと山羊のチーズ。どっちも柔らかいからパンにつけて食べてね。
で、こっちが山羊乳ね」
小さなテーブルにお盆が置かれる。上に乗っている料理は日本ではあまり馴染みがなかったものだ。パンも食パンを思い浮かべそうになったが、そうではなく何やら丸くて平べったい。改めて異国、いや、異世界なのだなぁと思う。
ディップもチーズも香辛料が混ざっているらしく、食欲をそそる良い匂いがした。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。体調はどうかな?
明日には回復しそう?」
「えぇと…」
この質問にイエスと答えてしまえば即謁見なのだろうか。だが、いつか謁見をするのであれば、さっさと済ませてしまった方がいいのか。などグルグルと考えてしまい、即答できない。
その様子をどう勘違いしたのか、イザークは
「無理しなくていいからね。
あ、それと食べて食べて。食事終わったらお皿俺が下げとくから」
と労ってくれた。自分に都合の良いようにと計算していただけなのに心配されて申し訳なくなってしまう。
促されるまま一口食べてみる。
少し迷って選んだのは豆のディップの方。豆独特の匂いがあまりせず、口当たりがとてもいい。パンだけで食べると口の中の水分をすわれそうな感じだが、ディップをたっぷりつければそれも気にならなくなった。塩加減もちょうどよく、疲れた体に染み渡る気がする。
何より、久しぶりに食べる自分以外が作る料理らしい料理が嬉しい。
「美味しい、です」
「そりゃよかった。無理せず食べられるだけ食べてね」
素直に感想を述べれば、嬉しそうに微笑まれた。顔面が眩しい。
キラキラから逃げるように、今度は山羊のチーズをつけてパンを食べる。こちらはあっさりしているのに濃厚だった。牛乳よりクセはあるが、それが病み付きになりそうな味だ。
「明日の話ちょっとさせてね。食べながらで全然構わないから。
謁見なんだけど、そんなに堅苦しく考えなくて良いよ。
内外的に『死のオアシスに住んでいた魔女に知恵を借りる』って感じのことを示したいだけだからさ。
多分王がオアシスを頼む~っていうから『承りました』とでも言ってくれれば」
その一言だけですむならばなんとかなりそうだ。今夜一晩練習すれば多分言えるだろう。
「頑張ります」
「そんなに緊張しなくていいよー。
魔女殿はあんまり話すのが得意じゃないから正式には書面の方がいい、とかちゃんと言っといたから。パレードも断っといたし」
「っ!?」
パレードというあまりにも縁がない言葉に思わず立ち上がってしまう。
依織の頭の中に浮かぶのは夢の国の光り輝くアレだ。もしかしなくても、その隊列に自分に加われという案が出たのだろうか。
「あ、うん。落ち着いて。パレード断ったから。
俺らを守るために体調不良になっちゃったし、環境も変わって弱ってるって言っといたから」
イザークの言葉に、あからさまに安堵の表情を浮かべる。
一緒にいたのは3日程度の短い期間だが、彼らは依織の特性をかなり理解してくれたようだ。パレードなんかに担がれた日には、胃壁が貫通する。
「あ、それでね。もう一つ言っておかなきゃいけないことがあって」
「はい」
もうどうにでもしてくれ、というところだ。パレードだかなんだかを回避できれば今のところそれでいい。実際やれるかどうかもわからないのにそんなこと言われたって困る。
「大変申し訳ないんだけど、今君は俺の片思い相手ってことになってるからよろしくね」
カタオモイ。
その単語を理解するまでにたっぷり10秒程度の時間を要した。
「…………はい?」
やっと出てきたのは気の抜けた声。はぁ、と、はい、の間くらい。
食事の手を止めて、マジマジと相手の顔を見てしまう。
(この人何言ってんだ?)
そこには変わらずおキレイな顔で微笑んでいるイザークがいた。
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