31.名誉魔導士と王族と先のこと
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(どうしようどうしようどうしよう……)
依織は与えられた部屋の中で、グルグルグルグルと歩き回っていた。まるで檻に入れられた小動物のようである。
そんな依織をシロはベッドの上で呆れたように見ている、気がする。
ちなみに、依織の修行に散々付き合ってくれたトリさんは、建物に入りきらず外の一角で今は羽を休めている。イザークからお礼とばかりにたっぷりお肉を貰っており、ちょっとお腹がまあるくなった気も。
閑話休題。
そう、イザークだ。
今から、恐らくイザークが部屋に来る。多分、聞き間違いや幻聴でなければ。
確かに彼は依織にそう宣言したのだ。
「な、なにを、はなすの?」
このトナンの町で彼の姿を見たときには、泣きつきたい気持ちでいっぱいだった。
シロがどうにかなってしまうかもしれない、どうしよう、と。だが、今はその件は解決へと向かっている。
まだ不安はあるものの、トリさんの魔力を無効化することに成功したのだ。
個人的にはまだまだ練習したいところだが、日も暮れ、お腹もグゥと鳴き声をあげたので引き上げた次第だ。夜が明ければまたトリさんを拝み倒して練習したいところである。
だから、泣きつきたい気持ちは今はもうほとんどない。というか、泣きつきたいと思ったあの時が依織的にはどうかしていたと思うのだ。
と、回想をしているうちに時間は過ぎる。
話題が思い当たらないまま、部屋にノックの音が響いた。
「ひゃい!」
反射的に返事をすると、キラキラと共にイザークが登場する。
ま、まぶしすぎる!
「やぁ、お邪魔するよ」
そう言われてコクコクと頷く。喋るべき言葉がわからないときは頑張って相槌を打てば上手くいくこともある。
すると、イザークがプッと軽く噴き出した。
「ごめんごめん。いつも通りだな、と思って」
そのまま流れるような動作で奥側の椅子を引く。
いつもながら、スマートなエスコートぶりだ。
流れに引き込まれて座ってみれば、身長差分の距離が縮まり、とても良い顔面が更によく見える。心臓に悪い。
「なんて言えばいいかな。シロの一大事だから、もっと頼って貰えるかなって実はちょっぴり期待してたんだ」
「きたい……?」
頼られると期待する、という思考回路がさっぱりわからない。聞きなれない異国の言葉を復唱するように口に出してしまう。
だが、そんな不審な依織にもすっかり慣れてしまったらしいイザークは、構うことなく言葉を続けてきた。
「そう、期待。やっぱり好きな子には頼られたいモノでしょ」
「っっすっっっ――!?」
聞きなれない異国の言葉その2、と誤魔化したいところだが、流石に依織でも「好き」の二文字はわかる。
というか、イザークからことあるごとに言われ続けているのだ。
だがしかし、その言葉は未だに慣れることができない。落ち着かなくて、背中がむずむずして逃げ出したくなる。表情だってどうすればいいのかわからない。勝手に顔は赤くなるし、唇は変に歪みそうになるのを抑えるために力が入ってより一層変な形になっている気がする。
「依織は流石だよね。自分できちんと解決方法を見つけて、努力してる。そういうところ、いいなぁって思うよ」
更に追撃を仕掛けられる。
これにはもう依織も降参、と言いたいところだが、考えるより先に声が出た。
「わたっ、わたしも……」
「ん?」
優しく微笑みながら先を促され、まだまとまらない思考を言葉にする。
普段なら練習するとか、一度文字にして書きだすとかしたいところだけれど、何故か今はそうしてしまうのはもどかしく感じた。
だから、思い浮かんだままの、拙い言葉をそのまま形にする。
「私も、イザーク、すごいって、思う。あの、突然で、責任とか……お仕事頑張ってるところ、その……かっこいい、な、とか……」
もう砂漠は涼しい時間帯。というか、ここらの鉱山一帯はそもそもが涼しいのに、汗は吹き出しまくりだし、顔も熱い。
何より、自分の言葉がきちんと整合性があるか不安でたまらない。
(勢いに任せて言っちゃったけど、あと何を伝えれば……えっと、えっと……)
焦って挙動不審な動きをする依織とは対象的に、イザークはそっと額に手を添えていた。
意味不明な言葉の羅列すぎて頭痛でもしているのだろうか、と依織が心配になったところ――。
「ごめん、もう一回言ってもらっていい?」
そんな言葉が聞こえた。
「へ? えっ? えっと……」
(今の支離滅裂な羅列を再現って難易度高いよぉ……何言ったんだっけ……)
つい数秒前に言ったことすら思い出せない。
あわあわしていると、イザークからの追加注文が入った。
「最後のところだけ、もう一回」
「お仕事頑張ってるとこ、かっこいい、よ?」
霞がかる記憶を辿り、後半に言ったセリフを復唱する。
その言葉を聞いて、イザークは額に当てていた手を下げ、口元を隠した。その顔は若干赤い気もする。
「いやぁ……励まそうと思ってたんだけど、逆にやる気貰っちゃったな。ありがとうね、イオリ」
「ど、どう、いたしまして?」
話の流れがよくわからない。
けれど、イザークのやる気が出たのならば多分いいことなのだろう。何せこれからも彼は仕事に追われることになりそうだから。
せめて彼の仕事が増えないように、魔力の扱いを完璧にしたいところである。
「ねぇ、もし。本当にもしもの話なんだけど」
一回だけ成功した、トリさんの魔力の無効化。
その感覚を思い出そうとしたところで、イザークの声が聞こえた。
そうだ、今は二人でお話中だったんだ、と思い出して彼の方を見ると、思っていたよりもずっと真剣な瞳が向けられていた。
思わず背筋を伸ばして、しっかりと聞く体勢に入る。
「……俺が責任をとらなければならない事態になったとしたら、さ」
「う、うちくびごくもん!?」
責任、と聞くとどうしてもそんな言葉を連想してしまう。しかも、相手がイザークだからか、気を抜いて連想したままの言葉を口から出してしまった。
だが、それが功を奏したのか、素っ頓狂な依織の言葉に気が抜けたらしいイザークの目じりが下がる。
「打ち首? はは、それは流石にないと思うよ。王位継承権返上して市井へ下る、で責任はとれると思う。で、もしそうなったらさ」
それはそれで大変ではないだろうか。
今まで王族として責任を持って行動していた人がいきなり一般人になるなんて。
(王族っていう重圧がなくなるのはいいこと、なのかな? でも、でも……イザークって、大変そうにはしているけど、いっつもお仕事に対しては真面目、だよね。そういうところ尊敬してるし……。イザークにとってそういう王族のお仕事って、私にとってのハンドメイドみたいなものと思ってたんだけど……)
今回失敗したら、イザークの王族返上に繋がってしまうのか、とか。
イザークが真剣に打ち込んでいたお仕事を取り上げられてしまうのってなんか嫌だな、とか。
胸にモヤっとしたものが生まれていたのだが――。
「ごく普通の一市民として、一緒に暮らさない?」
このセリフで、全て吹き飛ばされてしまった。
いっしょに?
くらす?
「えっえっ!?」
この顔面が市井に居たら大混乱が起きるだろう、とかそういうツッコミは今はしないでおいた。最近、依織も空気が読めるようになってきたのかもしれない。
じゃなくて。
「そ、それって、あの」
世間一般でいう、プロポーズとやらではないだろうか。
「イオリって、本当にダメなときは謝ってでも即答するじゃない。で、今即答されなかったよね」
「あ、あう、う」
ものすごい良い笑顔で畳みかけられて、言葉に詰まる。確かに、それは自他共に認める依織のクセだ。
それに、即答できなかった以上、今から何を言おうともイザークに丸め込まれそうな気がする。
それに――――丸め込まれることすらコミで、嫌ではない自分にも気付いてしまった。
だが、だからといって、それを正面から肯定するのも如何なものかとアワアワしてしまう。
「今はそれだけで十分だよ。何より、成功するのが一番だしね」
「そ、そう。それ。私、頑張る、から」
とりあえず、プロポーズのようなものは一旦横に置いておく流れになったようだ。一人うろたえていた依織は必死でそのビッグウェーブに乗ることにした。
(それに、もしも、の話だしね。そんな、責任とるような事態にしなければいいんだから。び、び、びっくりした)
ゆでだこ、あるいは、トマトのようになった依織は自分の掌で頬の熱を冷ます。
その様子を、イザークは優しい眼差しで見つめているのだった。
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